姉の怒り ①
「――――バ・カ・ピ・ン・クゥッ!!」
「ラグナちゃん!!」
「うぎゃあああああああああうわああああああああああああ!!!!!?!?」
ラグナちゃんが全力で振り下ろしたハンマーを、潰れそうになりながら受け止める。
後ろで泣き叫ぶペストちゃんには申し訳ないけどガチガチに結んだおんぶ紐をほどく余裕がなかった、許してほしい。
ここで私が逃げると師匠はあっという間にペシャンコだ、絶対に引けない。
「ふ、はは……どうだラグナ……君の天敵を用意したぞ……」
「喋らないでください師匠! というか余裕あるなら逃げられません!?」
「無理だ……全身が千切れそうなほど痛い……甘いものが食べたい……」
「じゃああとで美味しいもの一緒に食べましょう! それまでなんとか頑張ってください!!」
「テメェ! オレを前に世間話とはいい度胸じゃねえか、ぶっ殺す!!」
「ウワーッ!? 落ち着いてほしいっす姐御、愛する妹がポコピンの背中にいるんすよ!?」
「そうか、成仏しろよ!」
「ウワーッ!!!! ヤダー!!!!」
ラグナちゃんは今までにないくらい怒っている、姉妹の愛や絆も山の向こうに飛んで行ってしまった。
師匠とラグナちゃんは仲良くケンカしているように見えたけど、これはさすがに尋常じゃない怒り方だ。
「ラグナちゃん、どうしたんですか急に! 最後の勝負だってさっき言ってませんでした!?」
「うるせえ、オレもそのつもりだったよ! 絶対にぶち殺したつもりだった、だがこいつはしのぎ切りやがった!!」
「も、もしかして逆切れですか!?」
「違うっすよポコピン! お前の師匠が使った権能に姐御はブチギレているんすよ!!」
「け、権能? 魔術じゃなくて?」
たしかにラグナちゃんがとんでもない雷を落としたのに、不思議なくらい私たちは無事だった。
てっきり師匠が魔術でかばってくれたと思ったけど、権能というのは初耳だ。
「バベルの権能は“統一言語”、話した言葉通りに現実をゆがめることができるっす! ただ効果範囲がやばいんで取扱注意!!」
「いやとんでもなくすごいじゃないですかそれ!? 師匠そんなことできたんですか!?」
「できねえっすよ普通! けどバベルの身体を乗っ取ったくせに権能までマネされたらどう思うっすか!?」
「……そりゃ怒りますね!!」
「そういう事だよわかったらとっとと死ねッ!!」
頑張って踏ん張ってなかなか押しつぶされない私にしびれを切らしたラグナちゃんは、一度ハンマーを振り上げて野球みたいに真横からのスイングに切り替えてきた。
まずい、ガードしたとしてもあれじゃ弾き飛ばされる。 そうなったら取り残された師匠がハンマーの餌食だ。
「ウワーッ!? くそっ、放せっす! なんで自分の毒で溶けないんすかこの包帯!?」
「……! ペストちゃん、それです!!」
「どれ!?」
お腹の底からこみ上げてくる熱に任せ、自分の手に息を吹きかける。
出てきたのは今までため込んでいた黒い呪いの煙ではなく、なんだか紫と緑が入り混じったような炎だ。
炎は腕に引火しても熱くないけど、ちょっと皮膚がヒリヒリする。 これまで通り私が食べたものが反映されているなら……
「ラグナちゃん、ごめん! ちょっとだけそのハンマー壊すかも!!」
「やってみろバカが!!」
うなりを上げて振るわれるハンマーに対し、私も真っ正面から紫の炎を纏った拳を叩きつける。
ここでちょっとでも怖がってしまったらだめだ、ぶつかった衝撃で骨が折れるくらい痛いけどなんとか我慢しなきゃいけない。
すると私の狙い通り、ペストちゃんの毒が反映された紫色の炎はハンマーの表面を少しだけ溶かし、ズボっと拳を突き刺すだけの穴を作ってくれた。
「ンだとぉ!? テメェ、オレのお気にに何しやがっ……」
「どっこい……しょぉー!!」
「ハアァ!?」
もちろん拳が食い込んだだけでハンマーにぶん殴られた衝撃が相殺できたわけじゃない。
だから威力に逆らうんじゃなく、一緒に跳んだ。 拳を刺したハンマーとラグナちゃんを道連れにしながら。
運動のエネルギーがあれこれする法則とか力学とかよくわからないけど、ラグナちゃんを巻き込めたから上手くいったんだと思う。 すごく飛んだ。
病気のせいでみんな避難していたのはよかった、3人でもみくちゃになりながら1つ2つ建物を貫通しても誰も巻き込まなかったから。
私たちがようやく止まったのには3つの建物にぶつかった時だ、とても目が回る。
「ポコピンお前……お前ぇ……!!」
「ぐ、ぐおおお……! 朝食べたご飯が全部出る……!」
「チッ、クソがぁ……! 魔法が使えねえ、さっきの反動か……!」
散々転げまわったせいで3人そろってのたうち回って苦しんでいる、私も口から竜の息吹じゃないものが飛び出しそうだ。
だけどおかげで師匠からラグナちゃんを引きはがすことができた、これで後ろを気にせず戦える。
「ぽ、ポコピン……どうやら今の姐御は魔法が使えないっす……確実に殺すと誓った魔法で仕留め損ねたせいで、天罰中の今がチャンスっすよ……!」
「テメェペストぉ、裏切るたぁいい度胸じゃねえか……!!」
「だってこのままじゃ自分ごと殺す気じゃないっすか! ポコピンに姐御殺す気はないからちょっとボコられて冷静になってほしいっす!」
「うるせえ、こいつに負けるくらいならオレは死を選ぶ!!」
「それはまあ……ちょっとわかるっす」
「ペストちゃん!?」
「だぁーもう!! やっぱこのバカと話してると調子が狂う、やってらんねえ!!」
「ほう……だからペストごと、オタンコを殺そうとしたのだな……お前は」
「ア゛ァ!? 誰だテ……メ、ェ……?」
後ろを振り返ったラグナちゃんの動きが石になったかのように固まる。
それもそのはずだ、彼女からすれば幽霊と出会ったようなものなのだから。
「末妹を……ずいぶん可愛がってくれたじゃないか、ラグナ……それにオタンコォ……!」
両手を組んで崩れた瓦礫の上に立ちながら、私たちを見下ろすノアちゃんの顔にははっきりと青筋が浮かび上がっていた。