平行線 ⑤
「ポコピン……お前ポコピンマジで……マジでふざけんなお前……」
「あっ、ペストちゃん! よかった、無事だったんですね頭下げてください!」
「お前のせいで割と無事じゃないんすけどあっぶなぁ!!?」
間一髪、下げた頭の上をビッカビカの電気が通り過ぎていく。 ちょっと髪の毛が焦げた。
師匠とラグナちゃんの戦いはさらに激しさを増し、もはや近づくことすら難しい。
ラグナちゃんが振り回すでっかいハンマーは何度も師匠を押しつぶそうとし、そのたびに風や水の魔術に阻まれて紙一重で届かない。
その隙を埋めるようにバチバチ光る電撃すら師匠は紙一重で回避し続ける、わずかな隙間を縫って飛び回す姿はハチドリみたいだ。 あの中に私が飛び込んだら一瞬で黒焦げになってしまう。
「ウワーッ!? 怪物大決戦!! 下がれっすポコピン、いつこっちに飛び火するか分かったもんじゃないっすよ!!」
「いえ、ここがギリギリの距離なんです! この間合いならなんとか流れ弾ぐらいは躱せます!」
「だから何だってんだ、ここにいたってできることはないっすよ!! 命あっての物種!! さっさと逃げろぉ!!」
「ダメです、ここで逃げるといざという時師匠を助けられない」
「はぁ!?」
呆れるペストちゃんの気持ちもわかる、正直ここに残って何ができるか私もわからない。
だけどこれから先は分からない、2人の戦いを止めるチャンスはきっとある。 私はただ師匠を信じて待つだけだ。
決して邪魔はしない、それでも万が一が起きた時に間に合わないのはもっとダメだ。 師匠ならきっと――――
――――――――…………
――――……
――…
――――後ろを振り返る余裕はない、だけどモモ君ならきっと逃げてはいないはずだ。
僕の後ろでチョロチョロと動き回って機会をうかがっている、賭けてもいい。 危険を弁えて逃げるほど彼女は利口ではない。
だからといって今は怒る隙すら惜しい状況だ、いっそ何かに利用できればいいがさてどうするか。
「おいおい、上の空たぁずいぶん余裕だなオイ!!」
「心外だな、君をどう倒そうか考えていたところだぞ」
「そうか、そりゃ期待してる……ぜッ!!」
身体を目いっぱい使った上段からの大振り――――に見せかけたフェイント、本命はハンマーの後ろに追従するように走る雷撃の束。
一見大雑把に見えるが戦いの端々に見える技巧は小賢しい付け焼刃ではない、鍛錬と研鑽を重ねてたどり着ける強かさだ。 抜け目のなさは前回と変わっていない。
攻撃の予兆として漏れる魔力の流れを捉えることでどうにか動きを先読みできているが、カトンボより脆弱な僕の体力ではいずれ限界が来る。
「はっ、さっきから紙一重で上手くしのぐじゃねえか! 雷の発生を潰すその技、これほど続けばまぐれじゃねえ! 人の身でありながらそれほどの研鑽、どこで積んできた!!」
「そっくりそのまま返すよ、たかだか電撃と怪力の組み合わせだけでここまで戦闘に幅を作るか。 一朝一夕で見に着くものではあるまい、誰に教わった?」
「ハッハッハッ、そんな大層なものじゃねえよ。 時間かけて鍛えたら誰でもこれぐらいできらぁ」
「はっはっはっ、僕も時間をかけて腕を磨いただけだよ奇遇だな」
「「あっはっはっはっは」」
……本当にやりにくい相手だ、たしかにラグナは強い。 だが彼女の力はほかの姉妹たちに比べ、まだ魔法の領域から逸脱してはいない。
実力ならあるいは聖人をしのぐかもしれない、彼女が暴れれば街の1つや2つは軽く滅びるだろう。 だがそれだけだ。
テオたちのような理不尽で理解不能な能力ではない、神に仕える魔法遣いとして真っ当に“強い”のだ。
「……なんだか似てますね、師匠とラグナちゃんって」
「「聞こえてるぞモモ君、二度とふざけたことを抜かすな」」
「ごめんなさぁい!!」
何をやっているんだ僕は、戦闘中だというのについ手を止めるなど。 おかげでモモ君の戯言もしっかり聞こえてしまった。
迷うな、ラグナは敵だ。 そのうえ生け捕りにしなきゃいけないというのに余計な感情で手元を狂わせるわけにはいかない。
常に死ぬ気で齧りついて行かなければ死ぬだけだ、たった独りで。 1000年前とやることは変わらない、使えるものはすべて使って喉笛に噛みつけ。
「……止めた、どうも萎える」
「――――はぁ?」
しかし闘志を掻き立てる僕とは対照的に、相対するラグナは電圧も殺気も引っ込めてハンマーを下ろしてしまった。
モモ君の横やりがそこまで癇に障ったか? 冗談じゃない、重要な情報源にこんなで逃げられてたまるか。
「おいラグナ、戯けたことを言うなよ。 君にはどうしても喋ってもらわないと困ることがある」
「先走るなよ、最後まで聞け。 このままじゃあのバカが茶々入れに来るのは目に見えてる、だからその前に終わらせることにするよ」
「……なに?」
「お前ならわかるだろ、上を見ろ」
ラグナが上空を指すと同時に、幾千もの針に貫かれたような魔力の圧を感じ、思わず天を見上げる。
今まで晴天だった空には影が差し、黒ずんだ雲が重くのしかかっている。 濃密な魔力の圧を感じるのは間違いなくあの雲の中だ。
「わかったよ、お前はオレから漏れる魔力の発生を見て先読みしてんだろ? だが魔法と魔術の違いはこれだ」
「……体内の魔力ではなく、神に願い奉ることで外部から魔力を持ってくる」
それは以前にモモ君へ再三説明した、魔術と魔法の根本的な相違点。
だがトゥールー信者は戦闘行為を儀式と見なし、自らの身体を媒体として魔法を扱うからまだ先読みが使えた。 だからこそ油断していた。
これではモモ君を笑えない、目の前の相手に集中するあまり魔法の基礎を忘れてしまうなど。
「正解だぜ魔術師。 こいつは今の俺が作れる最高電力、今からテメェが俺の喉笛を搔っ切ろうが雷を落とす方が早い」
「……しのげば僕の勝ち、しのげなければ君の勝ちか」
「さすが頭いいな、じゃあそういうわけで――――死ね」
長い前置きは蛇足とばかりに、ラグナが掲げた腕を振り下ろす。
魔法発動の合図――――回避は到底間に合わない、あの雷雲は少なくとも1㎞はある。 それにとてもじゃないが僕の出力ではあの魔力量に耐えられる防御壁は作り出せない。
まもなく雷撃が落ちる、辺り一帯は飲みこまれる、僕だけではなくモモ君やペストも巻き込んで――――
「――――“頭上の雷雲”は“誰”も“傷つけること”は“ない”」
「…………あ?」
だから僕も切り札を使うしかなかった。
まもなく耳が千切れるほどの轟音をがなり立てながら幾千もの雷撃が降り注ぐ……が、そのすべては僕らの身体を掠りすらしない。
固有魔術ですらない、見様見真似の一か八かでしかない切り札だがどうやら上手くできたらしい。
雨の如く振り続けた雷は生きるすべてを避けながら、音と光をまき散らすだけの結果に終わったのだ。
「て、めぇ……テメェ!! 今何をしやがった!?」
「ぐ、ふ゜……や、あ……これは、なかなかきづいな゛……」
瞬間、僕の口からバシャバシャとこぼれたのは鮮血。 頭は割れるように痛く、目も赤く霞んで見える景色がすべてぼやける。
だが、生きている。 身の丈に余る権能の行使は死ぬほど苦しいが、まだ死んではいない。
「はは、は……耐えたぞ、ラグナ゛……クソッ゛、何もかもが痛い゛……」
「ッ……! 見事だ、ああ見事だよ魔術師!! 恐れ入った、よくもバベルの力を奪ってくれたな!!」
青筋を立てて怒りをあらわにするラグナは手にしたハンマーを全力で振りかぶる。
耳鳴りがひどい、怒るか讃えるかどちらかにしてくれ。 こちらはもうただの打撃を逸らす気力すら残っていないんだぞ。
ああ、だがやはりこうなったか。 裏切り者とはいえ姉妹の力を模倣されるのは心中穏やかではいられまい。 ラグナに直接手を掛けられない以上、僕ができるのはここまでだ。
「……だから、あとは任せたぞ」
「――――はい、任されました師匠!!」
まことに不本意だが、ここから先は世界一信用できない大バカ娘に頼むしかなさそうだ。