平行線 ③
「ひえっ……き、来たっす……!」
「……モモ君、君はペストとともに隠れていろ。 絶対に顔を出すなよ」
「で、でも師匠はどうするんですか!?」
「僕はやつを止めてくる、十中八九ただの雷ではないだろ」
空は雲一つない晴天だ、とても雷が落ちるような天気ではない。
それに何が起きたのかはペストの表情がすべて物語っている、まったく妹思いの姉ばかりで面倒なことだ。
「――――ラサルハの全人民に告ぐ!! この中で一番強い奴をオレのところまで連れてこい!!!」
「うるさっ……魔術なしでここまでの声量出せるのか、怪物め」
「今の声……やっぱりラグナちゃんですか!」
「ああ、というわけで僕は行くぞ。 モタモタしていると八つ当たりを始めかねない」
ラグナ、災厄を名乗る連中の中で僕らが初めに出会った雷の少女。
アルデバランで邂逅し、あわや殺されかけたある意味因縁の相手だ。 できれば二度と会いたくはなかった。
狙いはなかなか帰ってこないペストの様子見とラサルハの破壊だろう。 この近辺にどれほど強い人間がいるかは知らないが、まずは足止めでも僕が出て行かなければ時間稼ぎもできない。
「ペストとラグナを引き合わせるのは危険だ、監視は君に任せるぞ。 口を酸っぱくして言うが君は絶対にでしゃばるな、ラグナ相手に君を守るほどの余裕はない」
「そうっすよ、姉御は一番ヤベェっす! ここで大人しく自分を守ってほしいっすよ!!」
「君は君でいっそ清々しいな……とにかくペストは絶対に逃がすな、任せたぞモモ君」
再三釘を刺してから窓から身を乗り出し、風に乗せて身体を運ぶ。
元から風魔術は得意だったが、この軽く重苦しい身体を運ぶために扱いにも慣れてしまったものだ。
「まったく、頼むから大人しくしていてくれよどいつもこいつも……」
――――――――…………
――――……
――…
「――――ア゛ァ゛? なんだテメーかよ、行く先々で合うな」
「こっちのセリフだ。 どこで合おうとその粗暴な態度は変わらないな、ラグナ」
身の丈をはるかに超える巨槌を担いだラグナが待ち構えていたのは、元々は人々の憩いの場だったであろう大広場だ。
中央に坐した噴水は無惨にも破壊されて水を噴き出し続け、広間のあちこちに見える出店はことごとくがなぎ倒されている。
大通りを十字に繋ぐこの場所は普段なら活気で満ち溢れていたことだろう、病と天災が蔓延する今となっては見る影もないが。
「悪いな、戦り合うには邪魔くさかったから全部ぶっ壊した」
「謝るなら出店の主や噴水の管理者たちに言え、賠償金を持ってくるというのなら見逃すのもやぶさかではないぞ」
「あのピンクじゃねえんだからバカ言うなよ、オレが敵に背中を見せると思うか?」
「爪の先ほどの可能性でも期待するのは自由だろ」
「そうかい、なら御託はこれ以上いらねえな。 ペストはどこだ」
「やはり狙いは彼女か、はいそうですかと渡すと思うか? 僕はモモ君ほど馬鹿正直じゃないぞ」
「そうだな、失礼した。 やっぱり俺たちが語り合うには闘争しかないよなァ?」
「ね゛え゛!! なんで二人ともちょくちょく私のことディスってくるんですか!?」
「うわっ、バカだ」
「僕は待ってろと言ったんだがな……」
明らかに顔をしかめたラグナの反応からしてどんなバカがやってきたのか後ろを見ずともわかる。
まあそれでも黙って待ってろと言って大人しく聞くようなバカじゃないとは覚悟していたが、いくら何でも出てくるのが早すぎる。
「モモ君、あれほどペストを監視しろと言ったのに君は」
「ご安心ください師匠、ちゃんとペストちゃんも連れてきました! 名付けておんぶ紐作戦!」
「あっ、どうもっす……」
「正気かこいつ」
あまり現実を直視したくない身体でゆっくり振り返ると、自信満々のモモ君と目が合った。
彼女の背中には気まずそうな顔をしたペストが背負われ、2人の身体は包帯を何重にも巻いて固定されている。 視覚情報としてなんとか理解することはできたが、どうしてそんな真似をしたのか動機については理解したくない。
「……ラグナ、たしか君はペストの返却がお望みだったな。 今ならモモ君もついてくるがどうだ?」
「じゃあなペスト、たとえ遠く離れていてもオレは妹の幸せを心から願っている」
「姐御ォ!?」
「お久しぶりですラグナちゃん、この通りペストちゃんは連れてきたのでまずは武器を収めてください!」
「クソッ、こいつが絡むとどうも調子が狂うんだよ!」
戦闘狂と名高いトゥールー信者でも本物の狂人には勝てまい、相手の出鼻は完全にくじいた。
余計な真似をするなと憤る気持ちもあるが、雷を振るうラグナの力は脅威だ。 多少なりとも戦意を削ぎ落せたのは大きい。
「あー……ラグナ、見ての通りこちらには君の天敵がいる。 気が変わったならいつでも帰ってくれていいぞ、テオとウォーにも二度と顔を見せるなと伝えておいてくれ」
「……いや、それは出来ねえ。 それは私たちの存在価値を否定することになる」
「君たちの価値、か」
ラグナは巨槌を木の枝のように振り回し、大気中に電気を迸らせ萎えかけた闘志を奮い立たせる。
アルデバランの時とは覚悟が違う、どうあがいてもこのラサルハを破壊したいらしい。
……別にこの土地への思い入れはない、逃げようと思えば逃げられる。 僕には命をかけてまで戦うほどの理由がないのだ。
「……モモ君、今なら君を連れて撤退することもできるぞ。 どうする?」
「嫌です」
「だよなぁ、君ならそういうと思ったよ。 ペスト、悪いが一緒に死んでくれ」
「ヤダー!! 姐御、ヘルプ!! 愛しの妹がここにいるっすよ!?」
「オレの姉妹にのこのこ掴まって捕虜として無様を晒す妹はいねえ」
「ポコピン、姉御の戦い方なら熟知してるっす!! 死ぬ気でサポートするからなんとか生き延びるっすよ!!!」
「掌返しが早いなこいつ……まあいい、3vs1になるが構わないか?」
「構わねえよ、後ろ2人は誤差みてえなもんだろ」
トゥールー信徒としての矜持か、こちらが喜劇を繰り広げている間もラグナは巨槌を振り回しながら待ってくれていた。
いや、あるいは彼女なりに準備を進めていたのか。 彼女の身体から迸る電撃の圧は出会ったときの比ではない。
掠るどころか近づくだけで危ういと本能が警告を鳴らす、前回はまるで本気ではなかったという事か。
「さあ我が父よ、我が神よ! とくと御覧じろ、あんたらに捧げる強者の血と戦をな!」