平行線 ②
「……で、まだ何か隠していることがあるだろ。 話せ」
「えっ、そうなんですかペストちゃん!?」
「ぐぬぅ、本っ当にいけ好かねえっすこいつ……!」
重い沈黙を突き破ったのは師匠のそんな言葉だった。
ペストちゃんも「やっぱり見抜かれたか」と言いたげな諦め顔をしているけど、もしかして私だけ2人のレベルに取り残されているのだろうか。
「はい! なんで師匠はペストちゃんの隠し事に気づいたんですか!?」
「君は……まあいい、学ぶ意欲があるのは良いことだ」
「こいつ自分の弟子に甘ぇっすね」
「まずこいつらの目的が矛盾している、神を信仰しない連中を滅ぼそうという話がな」
「ほうほうなるほどそういうことですか、具体的にはどういう風に?」
「君考えているふりだけして何も考えてないだろ」
師匠の鋭い指摘に私の視線がバッチャバッチャ泳ぐ。
でも心外だ、少しだけ考えて私の頭じゃ無理だと確信したからそれとなくパスを回しただけなのに……
「君は妙なところで察しが良いのにな……はぁ、そもそもペストによると神は人間の信仰によって生かされているという話だろ?」
「それはそうですね、だから魔術や魔導を知って祈らなくなった人たちを消してしまおうと」
「ならテオやラグナの力は過剰だ、局所的な異物の排除には向いていない。 モモ君も見ただろ?」
「た、たしかに……」
テオちゃん、ラグナちゃん、それにウォーちゃん、彼女たち3人は力こそとんでもないけどその分繊細なコントロールは苦手に思える。
死の恐怖で人に祈らせようにも強すぎる力では……あれ?
「……あの、もしかして“人の信仰を集める”と“信心がない人を消してしまう”って矛盾してません?」
「やっと気づいたな、その通りだ。 搾取の基本は適度な不自由で締め上げることにある、過度な暴力で抑圧しても逆効果だ。 おとぎ話に出てくる魔王と勇者のようにな」
「ほあー、こちらの世界でもそういうおとぎ話があるんですね」
ペストちゃんは言っていた、普段祈らない人が祈るのは死ぬ間際かトイレの中くらいだと。
なら死んでしまう危険な病を広げるのはちょっとやりすぎな気がする、結局死んでしまったら神に祈ることもできない。
食あたりのようなウイルスを作って、みんなをトイレにこもらせた方がよっぽど効率的だ。
「おっと話が逸れるところだったな。 君はこの矛盾をどう考えている、ペスト?」
「……ノーコメントっす」
「君はこうも言っていたな、人類は進みすぎたと。 医術や魔導の進歩によって人は神を信じなくなった、そうだな?」
「…………」
「理由としては一理ある、だが君の話し方は技術の進歩そのものを憎んでいるように思えた。 ……いや、もっと複雑な感情が絡んでいたか?」
「ポコピンク、この人いっつもこんな感じなんすか? 友達いなくなるっすよこんなの」
「はい、師匠の平常運転です。 なんだ名探偵みたいでカッコいいですね!」
「わー、この弟子も自分の師匠にゲロ甘ぇっす。 けどノーコメントっすよノーコメント、その先は口が裂けても喋らねえっす」
ペストちゃんはあっかんべーと舌を出して反抗する、師匠がちらつかせる裁縫針に怯えてたのが嘘のようだ。
だけどそれはまだ隠したい「何か」を握っていると言っているようなものだ、師匠がこのまま黙って引き下がるとは思えない。
「そうか、わかった」
「あ、あれ? あっさり引き下がるんですね師匠」
「答えられないという情報だけで十分だ、おそらくバベルが絡んでいるんだろう。 言葉にすれば探知網に引っかかると見た」
「うへぇ、察しが良すぎて気味悪いっす……そんなんだからそんなんなんすよ」
「こいつだんだん図太くなってきてないか?」
「まあまあ、話してくれるだけいいじゃないですか」
ずっと口を聞いてくれないよりこうして会話を交わしてくれる方が気が楽だ、師匠も乱暴な手段を使わなくて済む。
「でもペストちゃん、一つ質問いいですか?」
「むっ、なんすかポコピン」
「ポコピン……えーっと、ペストちゃんたちはバベルって塔のせいで重要なことを話せないんですよね? それってそもそも話すことが不可能なんですか?」
「いや、いくらバベルでも広範囲の言論を封殺できる力はねえっす。 ただ話せば誰彼構わずペナルティが飛んでくるっす」
「ペナルティ?」
「あの塔は制御する者がいない、だから一度懲罰動作が始まったら止められねえっす。 この世界のどこかで誰かが禁忌に触れれば、七日と持たず人類は滅亡っすね」
「それは……不可能じゃないか?」
「そう、ですよねぇ……」
私と師匠は眉をひそめて首をかしげる。 この星の人口は分からないけど、千や一万で数えられる人数ではないはずだ。
絶対に呟いてはいけない言葉があるとして、数えきれないほどの人々が一言も触れない……というのは難しいと思う。
「地中に住んで目が3つ、足は一本で玉虫色の肌をしたギャーと鳴く棒状の生き物の名前わかるっすか?」
「えっ、なんですかそれ?」
「そうっす、その反応っす。 存在しないものは言葉にできないんすよ、だから誰もバベルの怒りに触れないっす」
「……今の人類には想像もできないことが禁忌の言葉として設定されているのか? 何のために?」
「人類の発想が“そこ”へたどり着かないためにっすよ。 もう一度同じ過ちを犯さないために」
「もう一度、か。 やはり君たちは――――」
何かに気づいた師匠が口を開くけど、その先のセリフは何も聞こえなかった。
――――なぜなら、窓の外から聞こえてきた落雷の音が街から聞こえる悲鳴事すべての音をかき消してしまったのだから。