はんにんさがし ④
「えっ……えっ!? コウテイさん!?」
『如何にも! 多勢に無勢故助太刀に参った!』
腐るナイフをものともせず、私を拘束する子供たちを引っぺがす武者ロボは知る顔だった。
ロッシュさんのボディーガードを務めているはずのコウテイさんだ、でもなんでこんな所にいるのだろうか?
『ロッシュ殿の指示通り、護衛していたのは正解でござるなぁ! しかしオーカス信者とはまた……』
「あらぁ~ゴーレムさん? 邪魔しないでもらえるかしら」
『断る、ご婦人こそ投降なされよ。 そちらにもはや勝ち目はありますまい』
「そうねぇ、“全員舌を噛み切って死になさい”」
「っ――――! コウテイさん、子供たちを止めて!!」
ミーティアさんはナイフで素早く空中にサインを描き、あまりにも容赦のない自殺の命令を下す
お化けに操られた子供たちはきっとためらうことなく実行してしまう、早く止めないと……
「…………? あ、あらぁ……? どうしてみんな死んでくれないのかしら?」
『心配為されるなモモ殿、幸いにもあやつと某の相性は最悪でござる』
コウテイさんの言う通り、子供たちは舌を噛むよりも早くその場で倒れてしまった。
呼吸はしっかりしている、顔色も悪くない、一人残らずただ気絶しているだけだ。
『いやー某は訳ありな体質で大抵の不浄は触れるだけで浄化してしまうゆえ。 人質は無駄でござるよ』
「うわー! コウテイさんすごい!」
倒れた子供たちの顔はどこか憑き物が落ちたかのように安らかに見える。
とにかくこれで操られる心配はなくなった、あとはミーティアさんを止めるだけだ。
「ミーティアさん、武器を捨ててください! もう終わりにしましょうよ!」
「あらぁ、いやよそんなの」
しかし子供たちが倒れてもミーティアさんは諦めることもなく、握りしめたナイフを床に突き刺す。
孤児院の壁を一瞬で腐らせた毒液だ、そんなものを木製の床に突き刺せばどうなるかなんて嫌でもわかる。
そして、あの床の下にはきっと……
「コウテイさん、子供たちをお願いします!」
「ぬっ、モモ殿!?」
さっきまでローファーでウロウロ歩き回っていたとき、足音がやけに響いていた部分があった。
たぶん床下に隠された空間があって、彼女はそこに逃げ込もうとしている。
コウテイさんの大きさじゃ追う事は出来ない、ミーティアさんを止めるのは私の仕事だ。
「ミーティアさん、待ってください!!」
「ふふ、追って来るんですねぇモモセさん。 いいですよ、あなたを啓蒙しましょう」
一瞬にして腐り切った床板が崩れ、その下に隠れていた空間に2人揃って落っこちた。
ぞっとするほどの暗闇と深さ、そして言葉にできないほどの悪臭に息が詰まる。
「うぇっ……ゲホッ! うぅえぇ……!」
朝ご飯を食べていたら全部吐いていた、涙があふれて目も開けていられない。
そのまま着地も出来ず地面にベシャリと叩きつけられる、それでも怪我一つないのは神の恩寵のおかげだ。
「ゲホッ、ゲホッ……み、ミーティアさん……大丈夫ですか……!?」
「あらぁ、この期に及んで私の心配をしてくれるなんて優しいのね」
「あっ、良かった。 無事だったんですね!」
前が見えないけど声の感じからしてケガも特にないらしい。
そして一瞬いやな予感がして後ろに避けると、目の前の空間に風を切ってナイフが通り過ぎる音がした。
「ねぇ、お願いだから避けないで? あなたが良い人なのはわかるわ、だから一緒に永遠に生きましょう」
「いやです! どうしてあなたはそんな物騒な神様を信仰しちゃったんですか!?」
「あらあら、なんて生っちょろい台詞かしら。 ねぇ、あなたは実の親に殴られたことはある?」
「……えっ?」
「私はあるわ、酷い父親だった。 酒に酔って、機嫌が悪くて、偉ぶりたくて、難癖付けて、とにかく私を殴る人だった」
振り回されるナイフを勘で躱し続ける中、まるで世間話をするような気軽さでミーティアさんが話し続ける。
「だけどね、ある時我慢できなくなって寝ているお父さんの頭を酒瓶で殴ったの。 何度も、何度も、何度も!」
「そんな……っ!」
「頭がグシャグシャに潰れて動かなくなった時、あんなに怖かったお父さんがただの肉でしかなかった! 不思議よね、人間死んじゃったらどれも同じなの!」
目も開けられないまま躱し続けるには限界が来て、とうとうナイフの一振りが二の腕を掠める。
熱い痛みの後、傷口からジュクジュクと泡立つものが広がっていく不快感。 ああ、自分の腕が腐るってこんな感覚なのか。
「素敵じゃない、死は平等よ? だからね、死んじゃった後も生き続ければみんな仲良くできるじゃない!」
「む、無茶苦茶ですよ……」
「どうして? 分かってよ、ねえ私を分かって。 私の神様を理解して、どうしてみんな虐めるの!?」
話せば話すほどミーティアさんはヒートアップしていく、疲れなんて忘れてしまっているように。
地下空間だって無限に広いわけじゃないからジリ貧だ、どんどん壁の方に追い詰められていくのが分かる。
……こうなったらもう、覚悟を決めるしかないかもしれない。
「人は、死んだらそこで終わりなんですよ……続きなんてない、あんなお化けになってまで生きたいなんて思わない!!」
「あらぁ、なら身体で分からせてあげるわ!!」
来る、目が見えなくてもなんとなくわかる。
背中は壁だ、これ以上はもう躱せない。 せめて急所を守る様に両手で正面をガードする。
そして濁った空気をかき分けて真正面から突き出されたナイフが腕に触れた……その瞬間、身を捻って目の前を思いっきり蹴り上げた。
「…………あら?」
「っ……ごめんなさい、ごめんなさい……!」
この世界に来て初めて全力で人を傷つけた感覚は、とてもじゃないが気分のいいものじゃなかった。
自分の反射神経だけを頼りに振り上げた足には、骨をへし折る感触がしっかりと残っている。
見えない以上ちゃんとした加減が出来なかった、あらためて自分に与えられた力の大きさに血の気が引く。
「あら、あらぁ……なんて、ひどいこと……」
「もうやめてください、これ以上は骨折じゃすまないですよ! 後遺症だって残るかも……!」
「いいえ、いいえぇ……私はこんな所で終わらないわ。 もっと、もっと死体を作らなきゃ……」
「――――“疾風の一番”」
真上から聞こえて来た声とともに、強い風が吹き込んで濁った空気を吹き飛ばす。
甘いと感じるほどに新鮮な空気を目一杯吸い込み、涙を拭って目を開いた。
私とミーティアさんを遮るように立っていたのは、この世界で何度も私を助けてくれた―――
「……おい、僕はくれぐれも勝手な行動は慎めと言ったよな?」
「し、師匠ぉ……!」




