最弱の災厄 ③
「……あァん? どういう状況だァこれ」
「まーたややこしい奴を呼んでくれたな……」
耳も痛いが、頭が痛い。 モモ君の声に駆け付けてきたのは、見たこともない機具で武装したノグチだ。
救命のために使うものだとは思うが、馴染みのある道具は注射器や刃物ぐらいでほとんどの機具は用途の健闘がつかない。
「で、急患はどこだ!?」
「ごめんなさい、嘘です! でもこの子が感染源なんですよ!」
「ンだとォ……?」
「ちょっ、裏切ったんすか桃色ピンク!?」
「ペスト……別にこいつは私たちの味方じゃないぞ……ただのオタンコだ……」
「ノグチ、モモ君の言うことは本当だぞー。 ここで仕留めておけばこれ以上の感染は防げる」
「アホタレ、医者が人殺すかよ」
「チッ、やっぱりこうなるか」
こうなることは分かっていた、たとえ黒幕を引っ張り出そうとノグチが殺すことはないと。
だから誰にも気づかれないうちに片付けるつもりだったが、面倒なことになった。
モモ君は見るからに敵対、ノアもペストの味方をするだろう。 状況は4対1だ。
「う、動くなっすー! 動いたらこの女に骨をも溶かす猛毒を食らわせ……」
「んー、メロンジュースっぽいけどちょっとぱちぱちして酸っぱい」
「うわあああああああああ!!!!!?!?!」
「「飲むなぁ!!」」
ペストは背中にしがみついたまま、見るからに有害そうな緑色の粘液を滴らせる腕をモモ君の首元へ近づける。
しかしこの世のものとは思えない気の狂い方をしているモモ君は、迷わず差し出された手に咥えこんですべて舐めとってしまった。 これには思わず僕とノアの声も声を揃えてしまう。
「おま……オタン……おま……バカか……!? バカなのか……!?」
「いやー、幽霊船の呪いが食べられるならこっちも行けるかと……美味しかったです!」
「医者ァ! そこの頭をなんとかしてくれ!!」
「バカにつける薬はねえ」
「なんなんすかこいつー!! もうヤダぁー!!!」
阿鼻叫喚だ、モモ君がこの場の主導権を握っているせいでまったく話が進まない。
この阿鼻叫喚を治めるには一度全員の興奮を鎮める必要がある、なんとも癪だがここは一度火球を収めなければダメか。
「……わかった、こちらの戦闘意思はもうない。 だからそっちもそこの馬鹿を何とかしてくれ」
「ほ、本当っすか? じゃあ自分はこれで失礼するっすね……」
「ただし君が背中を見せた場合はやむなくモモ君ごと撃ち抜く」
「はいっす……」
「ノグチ、君にも説明するから少し付き合え。 患者を救うための話だ」
「お、おう。 よくわからねえけど苦労してんなァあんた」
「ははは、同情するなら胃薬でもくれ」
――――――――…………
――――……
――…
「我が名はペスト、司る厄災は“疫病”……人類みなを症毒に侵す最低最悪の感染者っす……」
「そんで、このガキが今回黒死病をバラ撒いた犯人と」
「くっ、生かせ!」
「往生際の悪いネズミだな」
「師匠、どうどう」
ひとまずロープで簀巻きにしたペストを運び込んだ僕らは、病院から離れた一軒家へと場所を移す。
院内に感染源を連れ込むわけにもいかないというわけで移動したが、室内は最低限の家具しか置いてないためひどく殺風景なものだ。 この大人数を収めるスペースがあると言えば助かる話だが。
「何もなくて悪ィな、茶でも出せりゃよかったんだけどよ」
「えっ、じゃあここって野口さんのお家ですか?」
「そんなことはどうでもいい、問題はこいつの処遇だ」
「じ、自分を殺したらペストちゃんスペシャルの治し方もわからなくなるっすよ!?」
「ペストがいれば……抗体や拮抗薬の生成も思うままだ……でなければ、自分が感染してしまうからな……」
「ほーう、そいつァ便利だな。 うちで働かねえか?」
「正気か? ラサルハを滅ぼそうとしたやつだぞ」
「そうです、そこが一番気になるところなんですよ。 ペストちゃん、なんであなたはこんなひどいことを?」
「なんでって、そりゃ……」
ペストは何かを言いかけるが、もごもごと口を動かすばかりで要領を得る言葉が出てくることはない。
この期に及んでまだ黙秘を貫くか、良い度胸だ。
「誰か針は持っていないか? それとこいつの腕を固定してくれ、答えは身体に聞こう」
「はい!!! なんでもかんでも喋らせていただくっす!!!」
「ノアちゃん、どうします? 止めよっか?」
「いや……話が進まないからそのままでいい……本人も“禁忌”の領域は弁えているはずだ……」
「えーっと、それでラサルハを狙った理由っすよね! それはもちろん、ここの人間たちが進歩しすぎたせいっす!!」
少し脅しただけでペストは媚びるような笑みを浮かべながらペラペラと話し出してくれた、とてもラグナやテオたちの同類とは思えない。
気のせいか、ヌルたちもこの映像をどこかで見ているのなら頭を抱えている気がする。
「進歩しすぎだァ?」
「この世界に医学はいらないんす、そりゃ多少の知識は黙認するっすけど。 さすがに外科手術やこんな医者が蔓延る様になったら許されないっすねぇ」
「ずいぶん上から目線な話だ、いちいち君たちに許可を取る必要があるのか?」
「そりゃそうっすよ、いわば自分たちは神の使いなので」
「……神だと?」
「そこから先は……私が話すべき、だな……ペストは、口が滑る……」
縛られたまま胸を張るペストの代わりを名乗り出たのはノアだ。
「このまま放っておけば……人類はさらなる発展を遂げるだろう……そしてやがて、魔法は忘れ去られ……過去の遺物となり果てる……」
「別に魔力は廃れねえだろ、俺らも魔術にゃ頼ってんだ。 科学とは共存できるはずだぜ」
「ああ、そうして生まれたのが魔導技術だ……だが、魔法は違う……オタンコ、お前は魔術と魔法の違いが分かるか……?」
「はい、魔術は私でも頑張ったら使えました! けど魔法は信仰心が必要だから簡単なのしか使えません!」
「そうだ、お前たちは……魔法を、ただの技術で扱えるように引きずりおろした……神の神秘を、自らの力だと驕って……そして……」
ノアの身体から黒ずんだ水……いや、呪いのモヤはじわりと漏れ出す。
幽霊船の名残か、しかしペストすら避ける素振りを見せない当たりそこまで強力な呪いではない。
それでも身体から呪いが染み出すほどの強い負の感情が、今のノアからは発せられている。
「――――お前たちは……神を殺したんだ」