最弱の災厄 ②
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――…
「……で、命からがらここまで逃げてきたってわけっす」
「あー、わかります。 師匠ってそういうところありますからね」
「おい……おいオタンコ……お前なんで馴染んでるんだ……」
「……はっ!? そうでしたこんなことしてる場合じゃなかった!」
急に現れたものだからつい意気投合してしまったけど、そんなことしている場合じゃない。
砂漠で助けてもらったときと顔も声も一致する、間違いなくこの子だ。 しかもなんだかすごく油断してくれている。
すかさず距離を詰めて後ろから羽交い絞めにし、その小さい身体を持ち上げる。 これで……
「――――ペストちゃんゲットー! ノアちゃん、家族と再会ですよ!」
「うわーっ!? しまった、知ってる顔見つけたから油断したっす!!」
「諦めろ、ペスト……このオタンコはそういうやつなんだ……」
「いや誰っすかあんた!?」
「…………!」
実の妹に誰だと言われて、ノアちゃんがあからさまにショックを受けた様子を見せる。
だけどのよく考えたらノアちゃんはつい最近まで幽霊船の中に囚われていたんだ、それもずっと昔から。
呪いから解放されたことを知らないペストちゃんたちが分からないのも無理はない。
「でもそういうことなら私の顔を覚えてやってきたんですよね? わあなんか嬉しいなあ!」
「いやそのピンク頭とバカ面は一度見たらなかなか忘れられないっす」
「どうして……」
「お前……このオタンコ……! 姉より先に、ペストに覚えられたからって調子に乗るなよ……!」
「あたたたた! ノアちゃん、脇腹つねらないでノアちゃん!」
「って、自分こんなことしてる場合じゃないんすよ! そろそろ仕事しないとまたあいつが……うわああああバックバックバック!!」
「へっ? ……うぎゃぁー!?」
空にキラリと何かが光った瞬間、上から降ってきたのは雨……ではなく氷柱だった。
ペストちゃんに言われた通り後ろへ飛びのいた瞬間、さっきまで私たちが立っていた場所にドスドスと氷柱が突き刺さる。
まるでペストちゃんだけを狙い撃ちするような氷柱だった、逃げ遅れたノアちゃんには一本も刺さっていない。 かなり紙一重のところを掠めたけど。
「こんなことするのは……師匠!」
「チッ、ちゃんと押さえておいてくれよモモ君」
「うわー!? 出たっす!!」
「お前……モドキお前……わざとだろお前……!!」
「もちろん」
「オタンコ、やれ……! いまこそ反逆の時だ……!!」
「仲良く! 仲よくしましょう2人とも!!」
空にはぷかぷか浮かびながらこちらを見下ろす師匠がいて、ノアちゃんを挑発してくる。
当てる気なんてなかったくせに、師匠は素直じゃないからどんどん話がこじれていくんだ。
……いや、それでもペストちゃんにはあの危険な氷柱を当てる気まんまんだった、やっぱり怒らなきゃだめだ。
「こらー、師匠! できるだけ穏便に済ませてって私頼みましたよね!?」
「あくまで努力目標だ、抵抗された以上は殺してもやむをえまい。 危ないからそこを退きなさいモモ君」
「よしペストちゃん、前後交代です! 私が人質になれば師匠も手出ししにくいはずです!!」
「ウワーッ!? なんなんすかこいつ!!」
「耐えろペスト……まだ序の口だぞ……」
羽交い絞めにしていたペストちゃんと前後を入れ替えて、今度は私がペストちゃんに捕らえられる恰好になる。
身長差があるからほとんどおんぶしているような状態だけど、むしろ大きい面積でペストちゃんを守れるから好都合だ。
「こ、これ以上近づいたらこいつの命はないっすよー!? いいんすかー!?」
「……いっそ厄介な連中をまとめて片付けられる好機か」
「オタンコ……人質作戦効いてないぞオタンコ……!」
「師匠!? 冗談ですよね師匠!?」
「君こそつまらない冗談はやめろ、そこの感染源を放置する限り人が死んでいくぞ」
「じ、自分を殺してもすでに広がった感染はどうにもならないっすよ!?」
「だがさらなる拡大は食い止められる、どのみち君を生かしておく理由がはない」
後ろを見なくてもペストちゃんの全身から冷汗が噴き出しているのが分かる。
すでに師匠の後ろには数えきれないほどの火球が構えられているのも見える、私が下手なことをすれば次の瞬間にでも撃ってくるはずだ。
「モモ君、何度も言うがペストはすでに何人もの人間を殺しているんだ。 君がかばう必要はどこにもない」
「だ、だけど私は……ペストちゃんにも、死んでほしくないです!」
「ダメだ、そいつは殺しすぎた。 だから殺さなくちゃいけない」
「理由があるはずです、私たちはまだなにも彼女たちのことを知らない!」
「君は犠牲者に“犯人にはこんな可哀そうな理由があったので黙って死んでくれ”とでもいうのか?」
「だとしても、殺されたから殺して終わりじゃなにも進まない! 罪は生きていないと償えないです!」
「……それは1000年生かされた僕への皮肉か?」
「そういうつもりは全然なかったです、ごめんなさい!!」
しまった、うっかり師匠の地雷を踏んでしまった。
気のせいかさっきより火球が増えている気がする、もう私ごと黒焦げにされても文句は言えない。
「最終警告だ、退けろ。 でなければ君もかなり痛い思いをすることになる」
「じゃあ私も最終手段を使わなきゃダメですね……」
「はっ、言っておくが君が息吹を吐きだすより僕の魔術の方が早」
「野口さあああああああああああん!!!! 急患でええええええええええす!!!!!! 助けてええええええええええ!!!!」
「お前!!! それはお前ダメだろうモモ君お前!!!」
腹の底から絞り出した大声は、病院どころか街全体まで響くボリュームだ。
野口さんはこの声が聞こえない医者じゃない、そんな人なら師匠を助けてはくれなかった。
だから私が叫んでからものの数秒で……窓を蹴破って現れてくれた。
「――――急患はどこだァ!? 診せろ!!」