最弱の災厄 ①
「さて、ネズミ捕りの時間だな」
空から見下ろす街の景色は凄惨なものだ。 道のあちこちで車輪付きのゴーレムが煙を吹き、火の手も上がって二次災害が起きている。
ゴーレムの操縦中に発症し、痛みにもがきながら操作を誤ったのだろう。 おそらくモモ君が初めに運び込んできた男も原因は同じだ。
各地から上がる火の手はまるで狼煙だ、その地点にはすでに病が蔓延していると考えていいだろう。 問題なのはその“原点”が突き止められないことだ。
「さすがに相手もバカではない、か」
この死斑病が人為的にもたらされたものなら、必ず感染が始まった最初の地点が存在する。
そこから病をばらまいている犯人を探れないかと期待したが、どうやらノアの妹はモモ君よりずっと頭が回るようだ。
さてどうしたものか、と首をひねったところに懐へしまい込んでいた例の金属板が震えた。
「むっ? これが連絡の合図か……うん? どうやって起動するんだこれ、ボタンを押しても反応しないぞ? おい、おーい?」
側面のボタンを押したり叩いたり振ったりしてみるが、金属板の震えはとどまるところを知らない。
ノグチのやつめ、勘でどうにかなるといったがどうすればいいんだこれは? こんなことならモモ君を連れてくればよかったか?
しかし色々弄っているうちに偶然正しい操作に行きついたのか、金属板の振動は突然停止し、画面いっぱいにノグチの厳めしい面が表示された。
「うおっ、なんだびっくりするじゃないか。 どうしたそんな顔をして」
『悪かったなァテメェがなかなか出ねェからイライラしてたところだよ! まさかものの五分で死にかけってわけじゃねえだろうな?』
「御覧の通りピンピンしてるよ、それで用件は?」
『街の状況が聞きてェ、現場からしかわからんこともあるだろ』
「死屍累々だ、この金属板を通して見えるか?」
通信を繋いだまま、金属板に周囲の風景を見せるようにぐるりと一周する。
再び手元に戻した金属板の中では、より一層険しい顔をしたノグチが唸っていた。
『……覚悟してたが想像以上だな、治療薬が用意できても間に合うかわからねえ』
「治療薬? それがあれば治せるのか」
『いや、黒死病にゃワクチンが存在しねえから“効き目が期待できる”って程度だ。 それでも勝手が違うこの病に効くかわからねェけどよ』
「勝手が違うか、それならこの病に対する特効薬は作れないのか?」
『バカ言え、そんなカップ麺ほど気軽に作れるもんじゃねえよ。 そもそも病の媒介生物すらまだ見つけてねえ』
「媒介生物……ああ、死斑病ならネズミが感染の根元だな」
伝染病が流行るときには、その前兆としてネズミやハエなど不潔な生き物がどこからともなく現れる。
奴らが死の病を運んでくると判明し、淘汰することで伝染を抑えられると発覚したのもつい最近の話だ。
……いや、僕の感覚でつい最近だとこの時代なら1000年前の話か。
『ここは医療最先端のラサルハだぞ、ネズミが繁栄するような隙は作ってねえ』
「本当か? やつらは残飯の欠片でもあればどこからともなく現れるぞ」
『つまんねえ冗談は言わねえよ、そもそも死体の1つすら見つかってないのが気味悪ィ。 媒介する生き物もいねえのにどうやって感染が広がってる?』
「ふむ……なるほど、助かったよ。 今の話で少しアテができた」
――――――――…………
――――……
――…
「っすっすっすぅー、いやー待ってるだけで人が滅びていくなんてラクチンっすねえ。 思ったより感染が伸びてないっすけど」
我ながら完璧な仕事ぶりだが、こうしてヒマな時間が生まれてしまうのは玉に瑕だ。
感染が伸び悩んでいるのはたしかに懸念要素だが、今はその原因が突き止められない。
調査中の部下が結果を持ち帰るまで、何もできない時間を持て余してしまうのだ。
「でもそろそろチューチュー軍団も帰って来るころっすかね、ささっと人間どもの拠点を潰してカウチポテトとしゃれこむっすー」
「ほーう、ということはやはり君が犯人で間違いないんだな」
「…………へ?」
背筋にゾワゾワするものが走り、その場から飛びのいた途端、寄りかかっていた壁が爆散した。
危なかった、あのままなら巻き込まれて木っ端みじんになっていたところだ。 だけどもっと恐ろしいのはほかの点にある。
「ちょ……っとぉ……その壁どんだけ分厚いと思ってんすかねぇ!?」
「ふむ、僕の身長よりは厚いな。 誰がチビだ殺すぞ」
「理不尽!!」
もうもうと煙立つ壁の穴から這い出してきたのは、白雪のような長い髪を潮風に梳かす美少女だった。
さすが自分の姉だと感心するほど顔が良い、自分もそばかすと目つきの悪さが無ければあんな感じの顔になるのかな。
「……って、違う違う! お前は姉じゃねえっす、寄生虫!!」
「ひどい言われようだな、僕だってこの身体は不本意なんだぞ死ね」
「ウギャア流れるような殺意!!」
この姉ちゃんモドキ、ラグナの姉御が呼んでいた名前はたしか「ライカ」だったか。 とても手慣れた所作で殺しに来る。
ノーモーションノー詠唱から放たれた風の刃は、一瞬でも反応が送れていたら首を持っていかれていた。 折角の邂逅なんだからもっとこう、情緒とか大事にしてほしい。
「反応が良いな、逃げ隠れするのは得意か? まさか壁の外に隠れていたとは思わなかったぞ」
「しっかり見つけたくせにまさかとか言うんじゃねえっすよ! それと話してる間ぐらい攻撃止めてくれないっすか!?」
「ははは断る、まずは君を殺さないと何も始まらないからな」
そう、私は万が一ラサルハの人間に感づかれた時のため、見つからないためにとっておきの隠れ家を作っていたはずなんだ。
港と海を断絶する分厚い壁、その一部を融かしてくり貫いて作った私専用の秘密基地。 だというのに最初の奇襲で用意したお菓子も本も全部吹き飛んでしまったじゃないか。
文句の一つぐらい言い返したいが、面倒なことにこの姉ちゃんもどきは相当強い。
ほぼ無詠唱で魔術を飛ばしてくる上に組み立てがいちいち上手い、体勢が崩れたところや死角から執拗に致命傷を狙ってくる。
首を狙った初撃を回避し、体勢が崩れたところへ火球。 毒の粘液を吹き付けて相殺したと思ったら水蒸気の隙間から細かい水の弾丸を飛ばして牽制、怯んだところへまた風の刃が飛んでくる徹底ぶりだ。 殺意しか感じない。
そのうえ血も涙もない攻撃を仕掛けてくる相手が姉の顔をしているのだからとことんやりづらい。
おのれ人間、人の心とかもってないのか?
「うぎぎぎぎ……!! 話し合い、まずは話し合いを申し込むっす! 命だけはお助けを!!」
「断る、先に殺したのは君の方だ。 議論の余地はない」
「そうっすよねぇー! じゃあ逃げるっす!!」
「こいつ……」
どう頑張ったって分が悪い、この人の心がない化け物と正面戦闘できるのはほかの姉たちぐらいだ。
踵を返して海面ダイブ、念には念を入れて逃げ道をいくつも用意しておいてよかった。
時間稼ぎさえできればあとは私の可愛いウイルスとネズミたちが勝利条件を達成してくれる。 私はただ逃げればいい。
そうだ、街の中ならさすがにあの怪物も派手な真似はできまい。
できれば情報を集めている斥候部隊と合流し……敵拠点の心臓部で、人質を取れたなら最高だ。