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ネズミは死んでいた ⑤

「ノアちゃーん、待ってー!」


「ついてくるな……オタンコォ……!」


「むぅ、そう言われると着いて行きたくなりますね」


「オタンコォ……!!」


 駄目だ、私の脚じゃどこまでもついてくる忌々しいピンクを振り切れない。

そもそもいくら院内を歩き回ったところで無駄な労力だ、あのバベルもどきと一緒にいるのが嫌で離れたが、行く当てなどどこにもない。


「くそ……お前のせいだぞ……オタンコ……!」


「へっ? ご、ごめんなさい? ああ近づいちゃダメです、感染が!」


「気にするな……今さらお前が近くにいたところで、誤差だ……周りを見てみろ……」


 院内のエントランスには、どう考えても医者のキャパシティを超えた患者たちが我先にと詰めかけている。

なんともあさましい光景だが、奴らはまだ自分で動ける元気が残っているだけましだ。 十中八九この建物の外はさらなる地獄絵図が広がっている。

感染速度と殺傷力から見て偶然生まれた病ではない、ペストがラサルハを滅ぼすために調整した特製のウイルスに違いない。

禁忌に触れた人間だけを消し、死体に残るウイルスは自然と時間が浄化してくれる。 大雑把に吹き飛ばす我々と違い、このあたりの微調整が上手いのがペストの長所だ。


「お前はあれに、近づくなよ……医学知識のないやつが手を出したところで、邪魔になるだけだ……」


「すみませーん! 何か手伝えることありますかー!?」


「人の話を……聞け、オタンコォ……!!」


「でも薬や包帯を運ぶぐらいはできます、ノアちゃんも聖水を分けてください!」


「お前の馬鹿力で……この狭い通路を走り回ってみろ……それこそ死人が出るぞ……」


「うぐぅ、痛いところ」


「水なら、いくらでも出すから大人しくしておけ……適当な入れ物を借りてこい……」


「はい! すみませーん、目いっぱい水が入る桶か何かありませんか!?」


 オタンコの膂力はここに来るまでの旅路で十分知っている、こんな人がてんやわんやと行き交う場所で走らせれば私にも余計な火の粉が飛びかねない。

なみなみと水の入った容器を慎重に運ばせれば多少は大人しくなるだろう、加えて私がこっそり抜け出せる隙も作れる。

……いや、私は助かるけどこんな隙だらけで大丈夫なのかこいつ。


「ふっ……全人類、お前みたいな頭なら助かるのにな……オタンコ」


「なんだかとんでもない悪口を言われている気がします。 それと裏庭の桶なら使っていいそうですよ」


「気のせいだ、気にするな……行くぞ裏庭」


 オタンコに引っ張られるまま病院の裏手に回ると、洗濯用の巨大な桶が物干し竿とともに置かれていた。

バベルもどきなら10人はすっぽり収まりそうな口径だ、誰がここまで大きな入れ物を用意しろといった。


「ノアちゃん、どうぞ!」


「そうだった……こいつオタンコだった……」


 こいつ、私の能力をどこまで過信しているんだ。 ただでさえ弱体化しているというのに。

とはいえ自分で用意しろと命じた以上は文句も言えない、オタンコのオタンコっぷりを予想していなかった私の落ち度だ。

こいつから逃げるための隙を作ればいいのだ、とにもかくにも聖水を満たせばいい。 そのためにもまず私は権能を行使し、手のひらから溢れさせた熱湯を桶へと注ぐ。


「ノアちゃん、これ聖水ですか? なんで沸騰しているんです?」


「オタンコめ、これはただの熱湯だ……治療に使うなら、まず煮沸消毒しなければならないだろ……」


 この桶がどれほど手入れされているのか知らないが、外に置いてある時点で衛生面は喜ばしくない状態だろう。

どうせ聖水で満たせば不浄はすべて雪がれるはずだが、ペストを相手にするなら念には念を入れて損はない


「あぁー、そっか。 ノアちゃんってば賢い、そしてまじめですね!」


「………………」


 真面目……真面目に私は人類を救うための手助けをしているのか?

いや違う、これはあくまでオタンコから逃れるための手段に過ぎない。 たとえこの聖水で人が救われてもどうせ全員感染してしまえば意味のないことだ。


「ところでノアちゃん、さっきの話ですが“全人類が私みたいならよかった”ってどういう意味です?」


「蒸し返すな……お前そういうところだけ覚えてるのな……」


「いえ、ちゃんとした話です。 ノアちゃんたちの目的って人類の絶滅なんですよね? だけど私みたいな人は殺さないってことですか?」


「…………だとしたら、なんだ?」


「ノアちゃんたちが人を殺す理由や条件があるなら、お互い納得できる落としどころがあるかと思いました! そこのあたりどうですか?」


「お前…………考える脳みそがあったんだな……」


「ひどい」


 だが珍しくオタンコが突いてきた論点は悪くない、変なところで鋭い奴だ。

たしかに私たちはがむしゃらに人類を滅ぼしたいわけじゃない、そのつもりならとっくにテオが地表すべてを焼野原にしている。

だがその条件に付いて、この三歩歩けば忘れそうなピンク頭に話す義理もないが……


「ねえねえ話してくださいよぉ~! テオちゃんもラグナちゃんもウォーちゃんもなーんにも話してくれないんです、ノアちゃんだけが頼りなんです!」


「ええい引っ付くなこの……クソッ、無駄に力が強い……! 暑苦しいし、鬱陶しい……!」


 いくら私が気にするなと言ったとはいえ遠慮というものを知らないのか、これで発症したら一生恨んでやる。

いっそ頭から熱湯を浴びせかけてやりたいが、こいつだとまた飲み干して妙な耐性を身につけそうで困る。


「このオタンコ……わかった、わかったから離れろ……理由くらい、話してやる……」


「本当ですか!? ヤッター!」


「言っておくが……そこまで私の口は軽くないからな、少しだけだ……いいか、私たちは……」



「――――なーんか面白そうな話してるっすね? 自分も混ぜてほしいっす!」

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