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ネズミは死んでいた ①

「うわー! 師匠が起きてる!!」


「人を寝たきりみたいに言うな、それよりまた厄介ごとを持ち込んできたな」


 息を切らせながら戻ってきたモモ君は、血と煤にまみれていたた。

有り余っている元気からして本人の出血ではないことは瞭然だ、おそらくほぼすべてが背負っている男から流れた体液だろう。


「捨て猫じゃないんだぞ、なんだそのずぶ濡れの男はどこから拾ってきた」


「ここからすぐそこの交差点で! 車が事故を起こして火災が起きてました!」


「火傷が……ひどいからな……服は剥がさず、水で冷やした……」


「そりゃいい判断だぜ。 魔導車両の蒸気エンジンを直に浴びた上に火災まで起きたってところか、無理に服を脱がせば皮膚ごと捲れただろうよ」


 僕の横からぬるりと顔を出した医者は、運んできた担架の上に火傷を負った男を乗せると、手に持った金属製の筒からドロリとした液体を垂らす。

薬草の匂いがきついその液体は男の身体に触れると、意思があるのかうぞうぞとうごめきながらその表面積を広げていった。


「の、野口さん? なんですかそれ……?」


「服だけ溶かすスライムだ、ついでに表皮を保護して体液の損失を応急的に抑えてくれる」


「なんだその都合の良すぎる生き物は……」


「都合が良い様に品種改良したんだよ。 よし、このまま輸液維持して皮膚移植だ。 ちいせえの、お前も手伝え」


「「おい、呼ばれてるぞ」」


「あーすまん、性格悪い方だ」


「「だから呼ばれてるぞ」」


 僕とノアのセリフは一言一句違わず被り、周囲の看護師からも失笑が零れる。

この災厄娘……こともあろうに僕のことを性根のねじ曲がったチビだとでも言いたいのか。


「めんどうくせえな。 おい弟子ちゃん、あんたんとこの性格悪いチビ2人連れてきてくれ」


「はい! 行きますよ2人とも、人の命がかかっているのでまじめにやってください!」


「「離せー! こいつよりはマシなんだー!!」」


――――――――…………

――――……

――…


「……っし、ひとまずこれで命は繋いだ。 あとは患者の体力次第だな」


「よくもまああの重傷から持ち直したな……今でも信じられない」


 清潔な衣装に着替えさせられ、手術室と呼ばれた場所で行われたのは、僕の理解を超える延命術だった。

高熱によって壊死してしまった肉を削ぎ取り、失った血を注ぎ直し、別の部位からはぎ取った皮膚を貼りつけていく。

その間に僕とノアがやったことといえば、血で見えなくなった傷口の洗浄や流血部を焼き塞ぎ、必要な器具を適宜受け渡したぐらいだ。


「助かったぜ、人手が足りなかった。 おかげさんで一山超えたよ、病み上がりで無理させちまったな」


「これぐらいなら構わないさ、しかしこれで本当に大丈夫なのか?」


「心配すんな、こっちの技術でできる限り再現した術式だが間違いはねえ。 魔術ってのは便利なもんだな」


 小さな医師は血で汚れた衣装を脱ぎ捨てて手指の消毒を終えると、酷使した身体をバキバキ鳴らしてほぐしながら、タバコを模した菓子を取り出して齧り始める。

彼にとってはここまでが一つのルーティンなのだろう、物足りなさそうに菓子を齧る顔にはどこかやり遂げた後の心地よい疲労感が滲んでいた。

しかし見たことがない菓子だ、美味いのか? 仕事を手伝った以上、報酬として僕にも分配されるべきだと考えるが……


「ふん……一仕事終えたような面をしているが……あんな怪我、魔法に頼ればいいんじゃないのか……?」


「そうだな、そこは気になっていた。 病はともかくアスクレスの魔法遣いなら治療ももっと簡単に済むと思うが」


「ラサルハに魔法遣いはいねえよ、医術と魔法は相性が悪いんだ」


「相性が悪い?」


「ああ、この世界じゃ人の中身ってのは神聖なもんって扱いだからな。 だから腹を掻っ捌いて内臓を切り刻むような真似は禁忌とされてきた」


「……お前たちの世界は……違うとでも、言いたいのか……?」


「いいや、まだまだ人体なんて神秘だらけだよ。 だがそれでも俺たちは神に祈らず、自分たちの手で死を克服してきた」


「だから神に祈り、傷を癒す魔法遣いとは相性が悪いという事か」


「俺も理屈は知らねえけどな、魔法遣いが医術を知ると魔法の出力が弱くなるのは本当だ」


 神の御業で救われていた命が、人の手で届くところまで落とされる。 それは信仰と神秘の簒奪に他ならない。

魔法遣いからすれば青天の霹靂だろう、神を信じることができなければ魔法の力が弱くなっても仕方がない。


「俺としちゃ魔法と協力して治療出来りゃそれが一番なんだがな、裂傷や出血の対応は俺たちがチンタラ糸で縫うよりずっと早ぇ。 消毒や滅菌技術もまだまだ足りねえんだ、使えるもんはなんでも使うぜ」


「野口さん、ちょっといいっすか?」


「ん? どうした竹田ァ、まさか虫垂炎のオペしくじったわけじゃねえだろうな」


「いや、そっちは問題なく終わったんすけど……」


 大手術を終えて一息ついている子ども医者に話かけてきたのは、先ほども指示を仰いでいた部下の一人だ。

手にはモモ君が持っていたものと似た小さな金属製の板切れを持ち、どこか気まずそうな顔をしている。


「色恋沙汰で刺されたって患者も入って来たじゃないっすか、自分そっちに助っ人入ったんすよ」


「輸血が足りなかったか? 何型だ」


「いえ、今はバイタルも安定してるんすけど……その時腕に気になる病変が見つかって、この写真見てほしいっす」


「ンだァ? 俺ぁこういうちんまい携帯ってのはよくわからな―――――」


 差し出された金属板を覗き込んだ子供医者の動きが硬直し、みるみる目が見開かれていく。

そのまま何事も言わず咥えていた菓子をかみ砕くと、先ほど治療を終えた火傷患者の元へ駆け出して行った。


「…………そうか…………“おまえ”か……」


 その時、ノアが納得したように小さく言葉を漏らしていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] これわんちゃんオタンコピンクにも疫病的なやつが感染してる?耐性で大丈夫だけどみたいな
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