はんにんさがし ③
「はい、我らが神の名のもとに浄化は完了いたしました」
「秒殺だな」
毒液とナイフを沈めた鍋に向かい、両手を組んで祈る所作を見せただけで浄化は終わった。
その証拠にドブのように濁っていた水は澄み、腐った死肉を煮詰めたような悪臭も消えている。
そこらの魔法遣いが小一時間はかかる作業がまるで片手間だ、聖女の名は伊達ではない。
「ええ、不浄に対して治癒の力はよく効きますから。 これが問題のナイフですね」
なべ底に沈んだナイフをつまみ上げ、聖女はまじまじと眺める。
煤を塗ったのか、黒く染められた刀身はよく闇に紛れるだろう。 これで殺意はなかったとはとても言えない。
「……そんなに睨まなくとも、取って食べたりしませんよ?」
「どうだか、あの村の出来事は忘れていないぞ」
「何のことでしょうか、皆目見当もつきませんね」
白々しくすっとぼけてくれる、だが証拠もない以上なにを言おうと僕の言いがかりでしかない。
自分の立場と権力をよく理解している、本当に信用のできない女狐だ。
「おや、お二人は知り合いで?」
「知り合いではないぞ支部長、ただ顔を知っている程度の間柄だ」
「ふふ、ライカさんと百瀬さんとはお友達ですよ」
……なぜ彼女が聖女と呼ばれているのか、人の神経を逆撫でする悪女の間違いではないのか?
「ゴホンッ! そんなことよりも何か手掛かりは見つかったのか?」
「いいえ、まったく。 古びたナイフを研ぎ直したものですね、購入した店を辿ることすら難しいかと」
手に取ったナイフをテーブルに置き、聖女様はお手上げとばかりに両手を上げて見せる。
魔力の痕跡でも残っていれば幸いだったが、そんなうまい話もない。
毒液のせいで下手に手に取って調べることすらも難しく、一晩過ぎれば僅かな痕跡なんてものはすぐに風化してしまうものだ。
「だがまあ予想通りだな、行くぞ」
「そうですね、行きましょうか」
「えっ!? ちょちょちょっと待ってください、手掛かりはなかったのでは!?」
ナイフから犯人を辿れないのは想定内だ、出来れば慎重に事を進めたかったが、横に腕の立つ魔法遣いがいるのだから躊躇う理由もない。
それに、今となっては迅速に行動しなければならなくなった。
ああ嫌な予感がする、「すぐに戻る」と言いながらなかなか合流しないあのバカが何をしているのやら。
「あれだけ大事にしていたお弟子さんですものね、共に行動していないのはそういうことでしょう?」
「どうやら聖女様は読解力が欠如しているらしいな、誰がいつ誰を大事にしたと?」
「……あらあらうふふふ」
なんだこのやろう、聖女相手だからと我慢するにも限度というもんがあるんだぞ。
――――――――…………
――――……
――…
「…………あら~? どういうことです?」
「昨日の夜、師匠を襲ったのってミーティアさんですよね?」
私の頭じゃ探偵みたいなことは出来ない、だから率直に答えだけを話す。
聞こえなかったなんてことはないはずだ、それでもミーティアさんは薄く微笑みながら首を傾げるばかりだった。
「えっとぉ、よく分からないんですけどなんで私なんですか?」
「臭いです、宿の屋根を腐した毒とおんなじ臭いがしました」
はじめにこの孤児院にやって来た時、かすかに何かが腐ったような
失礼な話ではあるけどそういうものかと思っていた、腐葉土やお風呂に入ってない子供たちの臭いかと。
だけどあのナイフの臭いを嗅いだ時、それは違うと気づいてしまった。
「それで確認のために今日もお邪魔しに来ました、それで分かったんです。 ミーティアさんから同じような臭いがすると」
「あらあら、つまり証拠はないんですよね? 犯人のナイフと同じ匂いがするからというだけでぇ」
「うーん、実はそうなんですよね。 ……あれ、でも私ナイフなんて言――――」
――――「言いましたっけ」と言い終わるより先に、私の目の前にまでナイフの切っ先が迫っていた。
「ほぎゃー!!!?」
「……あらあらあら、すばしっこいわぁ。 本当に面倒くさい」
間一髪で躱すと、私の顔すれすれにナイフが横切り、そのまま突き刺さった壁を一瞬で腐らせる。
間違いない、師匠を襲って宿の屋根を腐らせたものと同じ毒液だ。
「投擲の練習はそれなりに重ねて来たのだけど……二度も当たらないと流石にちょっと悲しいわねぇ」
「み、み、み、ミーティアさん……やっぱり、あなたが犯人だったんですか!?」
「あら~、そうだけどなにか? あの屋敷で死んでくれるのが一番手っ取り早かったのだけど~」
さきほどまでと変わらない朗らかな笑顔、だけど雰囲気はまるで違う。
片手には指の間に目一杯挟んだナイフの束、そして今までなんで隠れていたのか分からないほどの悪臭。
そしてはだけた衣服の隙間から覗くのは、ドクロとヘビが描かれた聖刻印のタトゥーだ。
「まさかスペクターを倒すなんて……はぁ、想定外だったわ。 あなたがやったの?」
「へっ? えーと……そ、そうですよ! 私強いんですよ、だから無駄な争いは止めましょう!!」
「なるほどねぇ、やっぱりあっちの小さい子が本命かしらぁ」
天才的なひらめきで放たれたハッタリは秒殺された、どうして。
……よく考えてみたら昨日の夜に師匠の実力は分かっていたはず、ハッタリ損だった。
「ど、どうしてあんな酷い事を!? もしかしたら誰か死んでいたかもしれないんですよ!」
「あらぁ~、殺すためだもの。 人はね、肉があるからいつか死んでしまうのよ?」
「……何を言ってるのかよく分からないです」
目の前にいる人は本当に昨日出会ったミーティアさんと同じ人なのだろうか。
ケタケタと笑う姿はとても不気味で、話が通じる気がしない。
どうしよう、私にこの人は止められるのだろうか……?
「それにしても、無防備すぎるわねぇ。 私にばっかり意識を向けちゃって、可愛い」
「えっ……わぁっ!?」
ミーティアさんがナイフの切っ先を走らせ、空中にサインのようなものを描く。
すると次の瞬間、腐って脆くなった背後の壁から無数の腕が飛び出して私の腕や足を引っ掴んだ。
反射的に振り払おうとして――――気づく。 これはすべて子供の腕だ。
「な、なんで……ミーティアさん……子供たちに何をしたんですか!?」
「あらあらぁ。 ごめんなさいね、悲しいけどその子たちはまだ生きてるのよ、ただ体の中に悪霊を差し込んだだけだから」
ボロボロと崩れた壁から這い出て来たのは、虚ろな顔をした子供たちだった。
さきほどまで楽しそうに洗濯物を掻きまわしてた子もいる、昨日一緒に遊んだ子もいる、美味しそうにご飯を食べていた子もいる。
ダメだ、振り解けない。 私の力じゃこの子たちをケガさせてしまう。
「ミー、ティア……さん……! この子たちを解放してください!!」
「大丈夫よ、すぐに解放してあげるわ。 あなたも一緒に、ねぇ?」
……駄目だ、いくら説得しても無駄なんだ。 この人と私じゃ価値観がまるで違う。
ミーティアさんにとっては死んでしまうことが一番の喜びで、皆に同じ喜びを押し付けようとしている。
「うふふ……このナイフでぐずぐずに溶かすとねぇ。 良い死体ができるの、知ってた?」
「っ……」
バカだ私は、あれだけ言われたのに単独行動してこんな結果になるなんて。
師匠は気づいてくれるだろうか、今度こそ見放されてしまうかもしれない。
今までいろんな幸運に助けられてきた命だけど、今度こそもう駄目かも―――
『――――いやはやいやはや、我らが聖女殿の読みは冴えているでござるな!』




