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見境なき医師団 ⑤

「あっ、いたいた! ノアちゃーん!」


「うわっ……オタンコだ……」


「なんですかその反応!? ……って、大丈夫ですか?」


 街中でやっと見つけたノアちゃんは、どことなく顔色が悪そうに見えた。

顔は前髪で隠れてよく見えないけど、それでもどこか調子が悪い気がする。 もしかして風邪でも引いたのだろうか?


「デコを近づけるな……デコを……! 鬱陶しい……!」


「うーん、でも熱があると大変でうわっちゃぁー!?」


 おでこをくっつけて熱を測ろうとした額に熱湯が浴びせかけられる。

さすがノアちゃん、水なら温度も関係なく出せるようだ。 とても便利。


「ふん、私がこの程度で……調子を崩すわけがないだろ……オタンコめ……」


「そんなの分からないですよ、人間いつどこで風邪をひくかなんてわからないものです!」


「……お前は風邪引かないだろ」


「どういう意味ですかノアちゃん」


 ノアちゃんが何を言いたいのかはなんとなくわかる、だけど私はこの世界に来てから一度風邪を引いたという最強のカードがある。

つまりバカは風邪をひかないというのは嘘っぱちだ、誰も彼もみな平等に体調が悪くなる可能性はある。


「……それで、お前は私を……連れ戻しに来たのか……?」


「はい! 一緒に戻りましょう、具合が悪いなら一緒に見てもらった方がいいかもしれないです」


「別に、医者に掛かるほどじゃない……ただすこし、めまいがしただけだ……」


「めまい? ああ、たしかにこれはすごいですよね」


 ビルを見上げるノアちゃんの視線を追うと、竹藪のように空へ空へ伸びるビルの大群だけが目に入る。

こちらの世界に来てからあまり背の高い建物を見た覚えがなかった、久しぶりに見上げているとたしかに頭がクラクラしてきた。


「すごいなぁ、どうやってこんなに高いビルを建てたんだろう」


「ふん……こんなもの、地震一つで崩れるだけだ……」


「ああ、こっちでもやっぱり地震はあるんですね。 大丈夫ですよ、私の世界と同じ造りなら耐震設計はバッチリです!」


「耐えられるのか……?」


「はい! ……ああでも、あまり大きい地震はダメですね。 津波は壁があるから大丈夫だけど」


「ダメなのか……」


「はい、ダメでした」


 地震は怖い、そして津波はもっと怖い。 あれはなんでも攫っていく。

だけどここは地球じゃないし、日本でもない。 なんとかプレートが密集している地震大国じゃないはずだ、だからきっと大丈夫。


「……おい、オタンコ……お前の方が悪い気がするぞ、顔色……」


「へっ? そうですか? うーん、師匠のこと心配で最近あまり寝てなかったからかな」


「…………ふん、人のことを言う権利など……お前にはなかったな……」


 ノアちゃんは鼻で笑うと、私の手を引いて元来た道を戻り始める。

顔色が悪く見えたのは私の気のせいだったのか、腕を引く力は元気いっぱいだ。 師匠の何倍も強い。


「お前が倒れると……それはそれで煩そうだ……しかたないから、あの病院まで送ってやる……」


「わぁー、ありがとうございます! なんだかこうやって一緒に歩くと姉妹みたいですね!」


「やめろ」


「力強い否定だぁ」


「私の姉妹は……あいつらだけだ……お前じゃつま先の先ほども代わりにならない……」


「無慈悲な追撃だぁ」


 だけど今のは私が悪かった、血の繋がった家族に変わりはいない。

ノアちゃんの姉妹はテオちゃんやラグナちゃんだけで……彼女たちに出会ったら、もしかしたらノアちゃんとはお別れしなくちゃいけないのかな。

なんだか胸の中がキュッと締め付けられて、少しだけノアちゃんとつないだ手に力がこもってしまう。


「オタンコ……オタンコ……! 痛い、痛い……!!」


「えっ? あっ、わわわごめんなさい! 折れてないですか!?」


「折るつもりで握ったのか……お前……!?」


「違うんです違うんです! ほんとごめんなさいうっかりなんです!」


 ちょっとだけ歩み寄ってくれたノアちゃんの心がすごい勢いで離れていくのが分かる。

やってしまった、最近は上手くパワーを制御できていたからつい油断してしまった。


「おーい!! 誰か手伝ってくれ、追突事故だ!! 車体の中にまだ人が残っている!!」


「えっ!? 大変だ、助けましょうノアちゃん!」


 2人の間に流れた気まずい空気を蹴散らすように交差点の向こうから助っ人を求める声が聞こえてきた。

私たちの位置からでもビルの隙間から黒い煙が立ち上っているのが見える、このままじゃ炎上するかもしれない。


「なぜ私が……人類が一人でも減るなら……それに越したことはない……」


「でも私は助けたいです、ノアちゃんがいればきっと消火もできるはずです! お願いします!」


「…………クソっ……少しだけだぞ……」


「ありがとうございます! それじゃ行きましょう、人助け!」


「…………ええい、なんでこんなことに……」


――――――――…………

――――……

――…


『わぉーん』


「……ダイゴロウか、僕はどうなった?」


 目を覚ますと、知らない天井と知っている顔が僕を覗き込んでいた。

身体を起こそうと身じろぎするが腕の感覚がない。 見れば呪いに侵された腕には包帯が巻かれ、さらに吊るされた袋から細い管を通して透明な液体が流し込まれている。


「野口さん、西区の交差点で車両事故です! 30代男性、腹部出血、右肩から背中にかけて熱傷、意識レベルは3桁!」


「受け入れる、オペの支度頼む! 竹田ァ、午後からの虫垂炎手術いけるよな!?」


「うっす、こっちは俺が引き受けるんで野口さんは重傷優先で頼んます!」


「東門前住宅地で患者二名! 痴情のもつれから女性が男性を巻き込み心中を図った模様!」


「受け入れろ、絶対死なせて帰すな! 竹田ァ!!」


「輸血手配しときます! ってかそっちも受け入れると手たりないんすけど!?」


「バカヤロウ忙しいから死んでくれって患者に言う気かテメェはァ!! 口より手動かしやがれ!!」


「……なんだか忙しそうだな」


「おう、目ぇ覚ましたかヒョロガリ! 悪いが今取り込み中でなぁ!!」


 ベッドを仕切るカーテンをめくると、そこはまるで戦場のような修羅場が広がっていた。

よく分からない機具や血まみれの包帯を乗せたトレイを抱えて走り回る者、魔術を用いてどこかと連絡を取り続ける者、僕と同じようにベッドへ寝かせられた患者の世話を続ける者。 誰一人とて根を上げる人間はいない。


「やあ、大変そうだな。 何か手伝うことはあるか?」


「あぁん!? バカ言え、その身体で何が手伝えるってんだ!」


「なに、身体を動かさずともできることはある。 それにおそらく僕の予想通りだと……」


「師匠ぉー!! 野口さーん!! 急患連れてきました、助けてくださーい!!」


「……この通り、モモ君が余計な仕事を引っ張ってくるからな。 尻ぬぐいをしなきゃいけないんだ」


「……なるほどな、苦労してんだなあんたも」


 院内に響き渡るその大声は、間違いなくあのピンク頭の声だった。

急患の知らせを聞いてからなんとなく嫌な予感がしていたが、本当に期待を裏切ってくれないやつめ。

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