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見境なき医師団 ④

「うわー、すごいです! とてもすごい!!」


「君はもう少し語彙を増やせ……」


「おーおー喋んな喋んな、振動で舌噛んでも知らねえぞ」


「なんで……私が……こんなことまで……」


『わんわーん!!』


 ラサルハに到着し、みんなでストレッチャーに固定された師匠を運ぶ最中も私の興奮は冷めなかった。

幽霊船が乗り付けた船着き場には白衣を着た人たちが集まってすごい人だかりができ、寄ってたかって師匠の体温を測ったり血を採ったりてんやわんやだった。

なにより驚いたのは注射器や聴診器、それにこのストレッチャーだってかなり現代に近い造りだ。 港を抜けてラサルハの中に入ると、日本に戻ってきたと錯覚しそうになる街並みも広がっている。


「しかしいまさらだが港があるんだな、幽霊船によって海への進出は断たれたと思っていたが」


「調査船用の出入り口だな、海に出なきゃ元凶の解明も進まねえ。 まあまさか幽霊船そのものを引き込むとは思ってもいなかったが」


「私も……まさかこうなるなんて……思わなかったんだがな……」


「慣れろ、彼女と付き合うと想定外なことばかりだぞ」


「いやあそんな褒めないでくださいよえへへ」


「「誉めてない!!」」


「おう仲良いのは素晴らしいけどそこまでにしとけ、うちの医院が見えてきたぞ」


 そう言って野口さんが指し示した先には、立ち並ぶビルにも負けない大きさの病院が立っていた。

ポコっと突き出た部分にはこの世界の赤十字に似たものなのか、天秤のマークが刻まれている。


「中に入ったらこのまま呪創箇所の浄化オペに入る、そこのワンコともども2人は院内で待ってろ」


「オペ!? し、死なないでください師匠!!」


「誰が死ぬか、しかし浄化オペというのは……?」


「詳しい説明は後だ、ちんたらしてると本当にその腕まるっと切り落とさなきゃならなくなるぞ」


 医者である野口さんに言われては、無理に引き留めて足を引っ張る真似はできない。

病院の入り口で待機していた看護師の方々にストレッチャーを託し、ガラガラと運び込まれる師匠の姿を見送ることしかできなかった。

呪いを治すための手術……私には全く想像もつかないけど、たぶん簡単なオペじゃないはずだ。 でも浄化ってなんだろう?


「……あの、野口先生が話していたご家族の方ですか?」


「えっ? あっ、はいそうです! いや違いますね? 家族ではないけど師匠は大事な人です!」


「うるさいから落ち着け、オタンコ……私は無関係だぞ……」


「ノアちゃんも私たちの仲間です!」


「オタンコォ……!」


 呆然とする私たちにい話しかけてくれたのは、汚れ一つない白衣を纏った若い女性だった。

野口さんの名前が出てきたということは同僚か、それとも部下の人だろうか?


「それよりあの、師匠が受ける浄化オペってなんですか?」


「はい、強力な呪創……呪いによる悪影響を受けた人に対する治療方法です。 簡単に言えば皮下の呪創に直接聖水を注射します」


「聖水を注射」


 オペの内容としては私でもわかるぐらいシンプルだ、でもそれって人体には大丈夫なのだろうか?

となりのノアちゃんを知らっと見てみると、すごく怪訝な顔をしていた。


「ノアちゃんノアちゃん、聖水って注射しちゃダメなんですか? 私何本も飲んじゃいましたけど……」


「……飲用と注入では……話が違う……そもそも呪いに直接打ち込むということは、体内で呪詛と聖気の拮抗反応が……発生するということだぞ……」


「あー、なるほど……いやそれはまずくないですか?」


 そういえばコルヴァスちゃんも聖水を浴びた時、シュワシュワすると言って少し痛がっていた。

身体の中で炭酸水がはじけるような感覚だろうか? ……あまり想像したくはない。


「ご心配なく、野口さんの腕は確実ですから投与量を誤ることはありません。 麻酔も効いているため、患者に苦痛はないでしょう」


「そ、そうなんですか……それなら安心?ですね?」


「また、今回は呪創箇所のダメージが一部深刻な可能性もあります。 その場合は患部をデブリードマンしたのち、再建術を施しますので目立った傷跡は残らぬよう……」


「で、デブ肉まん……? サイの剣術……? ノアちゃーん!!」


「呪いに侵されて……腕の一部が壊死している場合がある……その部分を取り除き、周辺の皮膚を使って傷口を塞ぐ……ということだ……」


「な、なるほどぉー! わかりやすいです、ありがとうございます!」


「お前も……オタンコは頭がオタンコなんだぞ……不安なところに、専門用語をまくしたてるな……」


「も、申し訳ありません。 野口さんのお知り合いと聞いててっきり詳しいものかと……」


「そう考えるとノアちゃんはかなり詳しいですね? 心強いです!」


「…………ふん」


 褒めたつもりなのに怒らせてしまったのか、ノアちゃんは病院に背を向けて歩き出した。

なんとなく一人にしてはダメな気がする、追いかけたい……けど師匠の状態も気になる。 目を覚ました時に一人ぼっちじゃきっと不安だ。


『わんわんくぉーん!』


「大五郎? ……そっか、師匠のこと任せてもいい?」


『わんわん!』


「じゃあお願い! ノアちゃーん、待ってー!」


 元気よく返事をしてくれた大五郎に師匠のことを任せ、ノアちゃんの後を追いかける。

このラサルハに来てからどことなく調子が悪いようにも見える、悩みがあるなら聞き出せればいいんだけど……


――――――――…………

――――……

――…


 医術、というのは人の命を救うためにある。 つまりそれだけ躍起になって研究が進められる分野だ。

魔法も魔術も関わらない、人が人のために研ぎ澄ました術……■■と技術の最先端が詰め込まれているといってもいい。

医術が発展したこのラサルハは、人々の生活水準もかなり高いところにある。


「…………ビル……鉄筋……アスファルト……車両……動力は、まだ魔力か……」


 凹凸もなく塗装された路上では、車輪を生やしたゴーレムがその背に人や荷物を乗せながらあっちへこっちへと行き交っている。

幸いにもまだ“電気”に至ってはいない、とはいえそれも時間の問題だろう。 ラサルハは()()()()()()()

渡来人が持ち込んだ技術と幽霊船の弊害で閉鎖された環境のせいか、あまりにも歪んだスピードで発展したものだ。


「……問題は……“誰”が来るか、だな……」


 ここはもうダメだ、もうじき滅びるだろう。

問題はそのために訪れる終末が誰かという点だ。 テオならばまだ慈悲がある、一瞬ですべてが灰燼と化すのだから。

ただ医術の関わるこの街ならば……性格が悪い“やつ”が来てもおかしくはない


 神に祈れ、人類。 せめてその終わり方に苦痛が少ないことを――――1人の災厄としても祈っておこう。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白いです。息つく暇もない。 [一言] 医術に対するは……黒死病でしょうねえ。
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