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抜錨 ①

「海を渡る……だと?」


「ああ……可能だ、幽霊船の脅威は……なくなったから、な……」


 ノアは簡単に言ってのけるが、冗談ではない。

たしかに本人がこうして船から解放されている以上、海に蔓延る死の脅威はなくなったのだろう。

だがそれとこれとは話が別だ、理不尽な呪いが消えようとも今の人類に海を越えることなどできるものか。


「なるほど、早速出発しましょう師匠!!」


「無理だ、そもそも目的地がどこにあるのかわからないだろ。 それにおそらくこの時代には船も海路図もないぞ」


 道具というのは需要があるからこそ生まれる、誰も海を渡ろうなんて考えない世界で船を造る酔狂者はいない。

せいぜい川や湖を渡す小型船が関の山だ、空を飛ぶにしても聖女が扱っていた飛行艇なんて用意できるものじゃない。

おまけにノアが目指す目的地もフォーマルハウトからどれほど離れているやら、最悪海の上で干からびる。


「問題は……ない……場所は私が把握している……この距離なら、お前が死ぬより先にたどり着ける……」


「だからそのための乗り物はどうする気だ?」


「ふっ、発想が小さいな人類……そこのオタンコが……誰を下したのかわかっていないな……」


「なんだと? 待て、それってまさか」


「師匠、どういうことですか!?」


「君はちょっと黙ってろ、頭痛の種がまた増えそうなんだ。 クソッ、今は頭より腕が痛む……」


「ふん……軟弱だな、バベルの身体を借りておいて……少し、診せろ……」


 骨が焼けつくような苦痛が走る腕をノアが掴むと、心地よい冷たさを含んだ水を掛けられる。

呪いに反応してじゅうじゅうと音を立てる水は、この気が狂いそうになる痛みをわずかに和らげてくれた。


「これは……聖水か?」


「ふん……聖水もまた、“水”だ……私の権能なら……多少は精製できる……」


「なら師匠の腕も治せないんですか?」


「量と質の……問題だ……今の私じゃ……幽霊船の呪いは、癒せない……」


「そうみたいだな、多少は楽になったが」


 気のせいか腕を侵食する黒い痣は少し薄くなったが、痛みもまだまだ健在だ。

ないよりはマシだが継続して使用したところで根治するとは思えない。


「ダイゴロウ、背を借りるぞ。 さすがに起きていられなくなってきた」


『わぉーん』


「そうですね、ただでさえ体力がないんだから師匠は休んでいてください。 あとは私がなんとかするので!」


「そこが一番の不安要素なんだよ……」


 自分の命をモモ君に預けるしかないという状況は避けたいが、それ以上に僕の身体と意識が持たない 身体を蝕む激痛に耐えられず魔力が暴発しそうだ。

ダイゴロウの背中に突っ伏した僕は、呪詛の苦しみから逃げるように意識を手放した。


――――――――…………

――――……

――…


「……ではこれから師匠を治すために次の街を目指すんですよね?」


「そうだ……名は“ラサルハ”……そこに行けば、治療の見込みはある……」


 私たちの旅はずっと行き当たりばったりで綱渡りだ、今回だってノアちゃんがいなければどうしようもなかったかもしれない。

だから私は彼女を信じたい。 こんな状況で嘘をつく必要もなく、黙っていれば師匠を殺せる立場にいるノアちゃんの言葉を。


「うぅ゛ー……でっかいの」


「うん、そうですね。 コルヴァスちゃんとはここでお別れです」


 コルヴァスちゃんには帰りを待っているおじいちゃんががいる、一緒に海へ漕ぎ出そうなんて誘えない。

本当ならこんな呪われた土地じゃなく、もっと安全な街で過ごしてほしいけど……


「……ってそうだ! ちょうどいいのがあったんだ、大五郎! そこのバッグ取って!」


『わっふ?』


 師匠を乗せた大五郎から受け取ったバッグを開くと、目的のものはしっかりと入っていた。

よかった、いろいろバタバタしたけど無くしてはいない。 いざという時のために託されたのに、へんなことでなくしたら怒られてしまう。


「……? なんだ、お前……その、趣味が悪い金貨は……?」


「レグルスの王様からもらったお金です! 困ったときにはこれで助けを呼べと」


「うむ、その通りである! 何用だ桃髪の!!」


「ウワーッ!? 本当に一瞬で来た!!」


 丁寧に梱包された箱からコインを取り出すと、ちょっと目を離した隙に王様が目の前に現れていた。

代わりに手に持っていたはずのコインは消えている。 これが王様が持つ「自分とレグルスのお金の位置を入れ替える」魔術の力だ。


「ふむ、空が昏い。 それに大気の呪詛が濃いな、こんな不敬極まる場所へ王を呼び出すとは面白い娘よ!」


「……おい、オタンコ……なんだこいつは……私が苦手な気配しか感じない……」


「レグルスを治める王様です! すごい人なんです!」


「ふはは、褒めてくれるな! そのために呼んだわけではないだろう、何があった?」


「はい、実は師匠が呪いにやられて大変なんです。 なのでコルヴァスちゃんたちを養ってください!」


「うむ、脈絡が全く分からん! 落ち着いて話すがよい!」


 しまった、つい焦る気持ちばかり先走っていた。 いったん深呼吸。

そして王様に今まで起きたこと、フォーマルハウトでノアちゃんと出会ったこと、そして師匠が呪われてしまったことを順を追って話す。


「……なるほど、流刑の民とフォーマルハウトの末裔か」


「はい、コルヴァスちゃんたちはずっとこの何もない場所で生きてきました。 なのでレグルスに移住できないかと」


「余はその者らの素性を知らぬ、しかし呪われた土地へ追いやられた罪人たちであろう?」


「ですけどもうお爺ちゃんばかりで悪さできる人じゃ……」


「なら余計に引き取る理由がない。 若い労働力ならまだしもな」


「う、うぅ……」


 私はバカだ、頼めばどうにかなるというのは甘い考えだった。

王様は当然のことを言っているだけだ、わざわざ犯罪者を迎え入れたい人たちはいない。

もしかしたらコルヴァスちゃんだけなら受け入れてもらえるかもしれないけど、それじゃダメだ。 彼女の育ての親はおじいちゃんたちなのだから。


「うぅ゛ー……でっかいの、無理しなくていいぞ。 私たちは今までここで暮らしてきた、何も変わらない」


「でも……」


「――――はっ、愚かな王だ。 強欲を名乗る君らしくもない大損だ」


「むっ? おお、目を覚ましていたのか白銀の!」


「君たちの話し声がうるさすぎて眠れやしないんだよ……モモ君、君の交渉は0点だ」


「し、師匠ぉ……!」


 大五郎の背で眠っていたはずの師匠が、ゆっくりと体を起こす。

いや、寝ているように見えたけどずっと話を聞いていたのか。 額には脂汗がびっしりだ。


「して、大損とは聞き捨てならぬな。 どういう意味だ?」


「フォーマルハウトは宝の山だよ、ほぼ手つかずの土地がまるまる残っている。 街も廃墟だが整備すれば使えなくもない」


「それは分かっている、しかし問題は呪詛だ」


「そんなものそこのバカが全部飲みこんでいったよ、幽霊船はもういない。 この地の呪いはいずれ希釈されて消え失せる」


「ほう?」


 王様の視線がぱっと私に向けられる。 

その目は面白い漫画を見つけたときのように爛々と輝いていた。


「ではその瞬間を見極められるのは誰だ? この呪われた地を庭のように歩けるものは? 生き残りの姫君もいるというのに、今のうちに恩を売らなくていいのか?」


「うぅ゛!? わ、私のことか!?」


「さて、賢き王よ。 取引と行こうじゃないか、長年の呪縛から解き放たれた街は欲しくはないか?」


「……フフフハハハハハ!! 惜しいな、そなたたちを逃したことが実に惜しい!」


 コルヴァスちゃんを巻き込んだ師匠のセールストークは、王様の心をがっちり掴んだらしい。

私じゃまるで説得できなかった王様が、交渉の卓に着いた瞬間がはっきりと分かった。

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