師匠、死す ③
「…………」
もはや原形をとどめていないほどに砕けてしまった2号さんは、もう喋ることはない。
上半身と下半身が千切れても最後まで動いていたけど、これが2号さんにとっての“死”なんだろう。
彼は私たちを騙して利用していた、魂を移し替える方法を知っていながら隠したうえで。
いったい何が彼をそこまで突き動かしたんだろう。 完全に砕ける瞬間まで吐き続けた呪詛には、強い憎しみが込められていた。
どんな思いで何年もこのフォーマルハウトの地下に身を潜み続けていたのか、私たちにはわからない。
「…………おい、オタンコ……いつまでボーっとしてる……」
「ああ、ごめんなさいノアちゃん。 でももうちょっとだけ時間をください」
散らばってしまった2号さんだったものの破片をできるだけかき集める。
幸いにもそこまでひどく飛び散ってはいない、両手を伸ばせば十分かき集められる範囲だ。
「うぅ゛ー……でっかいの、そこまでする必要があるのか?」
「たしかに2号さんは私たちにひどいことをしました、だけどそれは弔わない理由にはならないです」
「……理解できないな……オタンコピンク……」
できるだけ2号さんの欠片を集めて……集めて、どうしよう。 しまった、集めた後のこと何も考えてなかった。
両手で抱えるには量が多すぎるし、てごろな袋も持ってないしそもそも詰め込むのはあまりにもあんまりだしうーん……
「ノアちゃん、コルヴァスちゃん、3人で運びましょう。 服をこう、ビローンってしてください」
「「やだ!」」
「そんなぁ!」
――――――――…………
――――……
――…
「うぅ……2号さん、安らかに眠ってください」
結局2人の協力は得られず、2号さんの葬儀は私だけで頑張った。
カンガルーみたいに広げた服を袋代わりにして欠片を集め、どうにか埋葬することができた。
埋めた場所は共同墓地の近く、もうかなり朽ち果てているけどここならきっと寂しくはないはずだ。
「ふん……そんなやつ……その辺にでも投げ捨てればいいだろうに……」
「ダメですよ、どんな人でも死んでしまえば同じだから礼儀を払えとおばあちゃんに教わりました」
「オタンコにも……まともな倫理を教えるやつがいたのか……」
「思えば今回はおばあちゃんに助けられてばかりですね、あの言葉を思い出さなければ呪いを飲みこむなんて発想も出てきませんでした」
「すべての……元凶……!!」
「うぅ゛ーん、複雑だけど命の恩人だな」
「さ、2号さんの弔いはこれで終わりです。 切り替えましょう」
いつまでも2号さんの死を引きずってはいられない、私たちにはまだやることがある。
とりあえずノアちゃんを幽霊船から引きはがすことで目の前の危機は何とかなった、その証拠に脱出してから黒い生物たちは一度も見ていない。
探索の時間は十分にある。 問題は何から手を付けようか……
「うーん……ノアちゃん、どうしましょう」
「なぜ……私に聞く……?」
「たぶんこの中で一番詳しいのがノアちゃんです。 教えてください、私たちが知りたいことはどこに隠されてますか?」
「……正直に……答えるとでも……?」
「思いませんけど答えてもらえると助かります!」
「…………」
ノアちゃんは師匠もよく見せる苦いものを噛んだような顔で、たっぷり沈黙する。
長い髪を掻き揚げてちゃんと整えればきっと美人さんだ、なんてついつい余計なことを考えてしまう。
「……知らない……私は分からない……それが答えだ……」
「うーん、そっかぁ。 じゃあ頑張って歩き回って探すしかないですね、コルヴァスちゃんは平気ですか?」
「大丈夫だ、ピンピンしてる! 呪いももう怖くないし、見つかるまで付き合うぞ!」
「…………私は、知らない……それが答えだ……」
「うん、わかってますよノアちゃん。 私たちは敵同士なんですよね? だからちょっと悲しいけどわかってますから」
「だからぁ……!」
「……?」
「私はこの街を……隅々まで把握している……なのにお前たちが地下を開くまで、その存在を知らなかったんだ……!」
「……おお、なるほど! でっかいの、つまりそういうことだ!」
「どういうことですか!?」
「このオタンコピンク!!」
ノアちゃんのツッコミが私の頭をスパーンと引っ叩く、良い音だけど全然痛くない。 これはプロのツッコミだ。
「だから……私が見つけて都合の悪いものは、全部処分するだろ……! だから……何かあるなら私が知らない場所に隠されている……!」
「………………あぁー、なるほど!!」
「理解するまで少し時間がかかったな、でっかいの!」
言われてみればその通りだ、先に気づけたコルヴァスちゃんは賢い。 きっと将来は博士か大統領になれる。
でもそれならどうしてノアちゃんはわざわざ私たちに教えてくれるような真似を?
「首をかしげるな首を……お前の察しが悪すぎるせいだぞ……」
「こいつずっとヒントくれてたぞ、素直じゃないな!」
「ノアちゃん、ありがとう!!」
「抱き着くな!!」
「うわーっ! 水鉄砲!」
ノアちゃんの口から蛇口を全開まで捻ったような水流が放たれ、ハグしようと両手を広げる私の顔面に直撃した。
これもまた魔術なのだろうか、力が削がれているとは言っていたけど思わず怯んでしまう水圧は出ている。
「これっきりだからな……これっきりだからな……! 次に会ったら、命はないと思え……!」
「えっ!? ちょっと待ってくださいノアちゃん、どこに行くんですか!?」
「お前たちと一緒に行動できるか……! とくに! オタンコピンク!!」
「ど う し て ! ?」
「うぅ゛ー……」
コルヴァスちゃん、どうして目を逸らすの。 困った、ここまで嫌われる心当たりが全くない。
たしかにノアちゃんは人間を憎んでいるけど、今の彼女を一人で行かせるのはあまりにも危険な気がする。
ただでさえノアちゃんは着の身着のままだ、このままじゃ野垂れ死んでしまう。 こういう時は……
――――――――…………
――――……
――…
「……というわけで一緒に帰ってきました、アドバイスをください師匠!」
「離せ……離せぇ……このオタンコォ……!!」
「うぅーん」
「うわー! ちっこいのが倒れた!!」
「師匠ぉー!!?」
私だけじゃどうにも説得できる気がしない、自分にできないことは他人に頼るのが一番だ。
なのでノアちゃんを連れて一度師匠の元まで帰ると、師匠は泡を吹きながら倒れてしまった。 どうしてぇ……?