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師匠、死す ②

「…………なんだか寒いな」


 モモ君が出発してからどれだけ時間が経過しただろうか。

なんだか定期的に背筋へ氷柱を突っ込まれたような悪寒が走るのはなぜだろう、僕の中に眠る何かがとてつもない警鐘を鳴らしている気がする。


『わっふ?』


「風邪ではないぞ、断じて風邪ではない。 日が届かないから肌寒く感じるだけだぞこれは」


 くしゃみに続いて身震いし始めた僕を気遣ってか、ダイゴロウが荷物の中から毛布を引っ張り出してきた。

気が利くやつだ、モモ君の代わりに二人目のダイゴロウがほしいくらいには。


「焚き木を増やすか……しかしモモ君のやつも帰ってくるのが遅いぞ」


『わふん?』


「いや、別に心配してるわけじゃないさ。 別にフォーマルハウトで死ぬようなら所詮そこまでの人間だよ、僕が気にかける必要もない。 大体殺しても死なないような奴の何を心配しろというんだ君は」


『わっふぉん……』


 なぜだろう、ダイゴロウの目が「何を急に饒舌になってやがるんだこいつ」と語っている気がする。

だがきっと気のせいだろう、ゴーレムにそこまでの感情機能はないはずだ。 うん。

そもそも僕が気にかけているのは身の安全ではない、「モモ君が何をやらかすか」だ。


「……ま、さすがに彼女の荒唐無稽っぷりにも慣れてきたさ。 たとえフォーマルハウトでどんなバカをやらかしてこようが驚かない自信があるとも」


『わふぉんほぉーん?』


「なんだその顔は、信じていないなさては? いいだろう、ジャーキー一本かけてやろうじゃないか、僕の勝ちは揺ぎ無いだろうがな」


――――――――…………

――――……

――…


『よ、よし……出るぞ……』


「はい、大丈夫です……けふっ」


「なんだか緊張するぞ!」


『しなくていい……幽霊船との接続は剥がした……いくぞ』


 ノアちゃんの合図に合わせて、闇の中を一歩踏み出す。

見た目は何も変わらない地続きの暗がりが広がっているけども、足先から感じるのは水中から地上へ飛び出したような解放感。

そのまま目を瞑って闇の中へ踏み出せば、幽霊船の中では感じられなかった風が前髪をくすぐった。


 恐る恐る目を開けると、そこは絵の具をぐちゃぐちゃに混ぜたような黒い闇の中なんかじゃない。

ボロボロに朽ち果ててはいるけど、街としての風景が広がっている。 幽霊船に放り込まれる寸前に見た、フォーマルハウトの景色だ。


「……や、やった! ノアちゃんは!?」


「…………いる……ここにな……」


「わあ、声にエコー掛からなくなってる! そしてちゃんと実体がある!」


「うぉー!! やったぞでっかいの、ちゃんと戻ってきた!」


 繋いだ手はしっかりと繋がったまま、ちゃんと3人そろっている。

私とコルヴァスちゃんと……ノアちゃん、誰一人欠けることなく脱出することができた。


「やったやった、うまく行った! 美味しくない呪いをたらふく飲みこんだかいがありました!」


「こいつ……怖い……」


「なんでー!?」


「うぅ゛ー、しょうがないと思うぞ」


『なーにコントしとんねんおどれら』


「あっ、その声は2号さん……2号さん!?」


 喜びもつかの間、声が聞こえた方へ振り返ると、地面には無残な姿になった2号さんが転がっていた。

身体は真っ二つに千切れて下半身はどこにもない。 残った上半身もベコベコにへこんで、頭も右半分が割れてなくなっている。


「だ、大丈夫ですか!? 救急車……いやこういうのは魔導工房とかに駆け込めばいいんですかね!?」


『これが大丈夫に見えるかドアホウ、見ての通りズタボロや。 ワニやらヨリやら呪いの塊どもにやられてな』


「そんな……」


『で、ワイが機能停止する前に聞きたいのがなんで諸悪の根源と一緒に戻って来たかってことや』


 2号さんの残った左目がぎろりと動き、横たわったまま私をにらみつける。

その目からは人らしい感情……強い憎しみが感じ取れた。


「……ノアちゃんに聞きました、幽霊船は昔の人たちが実験に失敗して生まれた怪物だと」


『だからなんや、ワイたちは災厄を殺すために最善を尽くした。 なのにその仕打ちがこれか?』


「待て、白ゴーレム。 どういうことだ、お前がびしょ濡れをあの船に閉じ込めたのか?」


「……バカ2人は……黙ってろ……私が話す……」


「「…………」」


『いやバカ言われて素直に黙るんかい』


 私たちを手で牽制し、ノアちゃんが一歩前に出る。

私も2号さんには聞きたいことが山ほどあるけど、たぶん話せる時間はもう長くない。

なら言いたいことは幽霊船の被害者であるノアちゃんに任せた方が良いんだ。


「……世話になった、な……お前は……誰だ……?」


『ケッ、まあこの姿なら覚えてないのも無理ないわ。 お前を改造してやった人間の一人や』


「訛りがひどい……バベル対策のつもりか……無様だな……」


『ワイのことならなんとでも笑え、だがこの身体について笑うことは許さん。 無様だろうが醜かろうが、“これ”はワイたちが遺した意地と執念の果てや』


「意地と執念、か……そんな体に魂を転写してまで……お前たちは生きたかったのか……」


「魂の転写……? 待ってください2号さん、それって!」


『ああ、たぶん嬢ちゃんが知りたいことに関係するで? まあ教えてやらんけどな、ざまあみい』


 今にも壊れそうな身体で、それでも2号さんはケタケタと全身を震わせて笑う。

この人は最初から手掛かりを知っていたんだ、だけどそれを隠して私たちを幽霊船へ送り込んだ。


「こいつらは……手段を択ばない……おおかた呪いに耐性のある人間がいたから……私を殺すために、騙したんだ」


「……本当ですか、2号さん?」


『ああ、ほんまや。 嬢ちゃんの師匠とかフォーマルハウトとか実はどうでもええねん、ただそこのクソガキを殺せるなら何でも使ったるわ』


 口調も、声の調子も、雰囲気も、何も変わらない。 体大部分を失ってもなお、2号さんは初めて会ったときからずっと同じなんだ。

最初から今の今まで、ただノアちゃんを殺すことだけを考えて行動してきた。


『あーあ、耐性持ちの子ども作るとこまでは上手くいったんやけどな。 なにがどうして意気投合して帰って来るんやバカどもが、全部終いや』


「どうだろうな……あんがい痛み分けだ……私も権能の大部分を削がれた……」


『そうかい、ならええか……ってなるかアホ。 ああもう、さすがに限界か』


 2号さんの身体がひび割れていき、目からだんだん光が消えていく。


「……なにか、言い残すことは……あるか……?」


『死ね、お前ら全員死ね。 俺の家族を、友を、故郷を、時間を返せ。 血反吐吐いて死ね、泣きわめいて苦しんで死ね、死ね、死ね、死ね、死ね』


 吐き捨てるたびに、ノイズが混じっていく。 声が崩れてどんどん壊れて(終わって)いくのが分かる。

それでも2号さんは完全に壊れてしまうその瞬間まで、決して口を閉じることはなかった。


『――――死ね。 いつか必ず、地獄の底でお前を殺してやる』


 それは幽霊船の中で私が食らったどんな呪いよりも、心臓を締め付ける呪詛だった。

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