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師匠、死す ①

「う、ぐ……!」


「でっかいの!?」


『死んだぞ……間違いなく死んだ……』


 握った手をほどき、苦しみながらオタンコピンクが二歩三歩と後退する。

一瞬で致死量を超える呪詛を流し込まれたんだ、バカでもその身をもって理解するだろう。

ただでさえ幽霊船の中では魂がむき出しになるというのに、今に肉体が爆散してもおかしくはないぞ。


「う、ぐ、ぐ…………ふぅ、なんとかなったぁ」


「おお、なんとかなったかでっかいの!」


『…………?』


 おかしいな、無防備な魂に熟成された濃厚な呪詛をこれでもかと浴びたはずなのに。

パーンってなるはずだぞパーンって、何とかなるはずがないだろ人間が。


『化け……物……?』


「違いますよ!? とりあえず私の身体に移ってもらいました、ほら」


 これ見よがしにオタンコが口を開くと、でろりとスライム状に液化した呪いが顔を覗かせる。

気のせいか私の体内に凝縮された者よりさらに“濃い”気がする。 こんなものを腹で飼って顔色一つ変えていない、こいつは本当に一体何者なんだ?


『平気……なのか……?』


「平気じゃないです、頭の中でずっと声がグルグルしてます。 ただ皆さん一番の望みは“ここから出たい”らしいので、このまま外に連れて行こうかと」


 頭の中で声がする? 何人分の呪詛だと思っているんだ、即発狂してもおかしくはないほどの恨み辛みが渦巻いているんだぞ。

だというのに正気を保っているどころか対話までできているなんて……


「うわー、いっぱい喋ってて何の話か全然分かんない」


 いやこれバカだから呪言が理解できてないんだ、自分が聞き取れる内容だけしか聞いてない。

末恐ろしいぞこのオタンコピンク、いったいどいう環境で育てばこんな化け物が生まれるんだ。


「それよりノアちゃん、まだ居ますよね?」


『……もちろん……まだまだあるぞ……』


 摂食したのは一瞬、オタンコピンクに吸い取られたのはほんの1割にも満たない。

今は平気でもあと9割の呪詛を流し込めばどうなるか、私でもわからない領域だ。

七大厄災の力を持っても完全に御しきれない人の業、こんなピンクピンクしい阿呆に飼い慣らせるとは到底思えないが……


――――――――…………

――――……

――…


「なんとかなりました!!」


『化け物ぉー……!!』


「いや、でもさすがに満腹で……うぇっぷ」


『吐くな……絶対に吐くな……!』


 なんということだ、私に向けられていた呪詛のほぼすべてが目の前のピンクに吸い取られた。

もはや人間が許容できる量の呪いではないというのに、こいつの胃袋は竜かなにかか?


「うぐぐ……すごいなでっかいの、私なんて5人ぐらいでもう一杯だ」


「無理しなくていいですよコルヴァスちゃん、私がなんとかオロロロロロ」


『うわぁー!?? 出てけぇー!!』


 このヤロウとうとう人の中で吐きやがった。

幽霊船の中は私にとって服の中みたいなものなんだぞ、どうやって掃除しろって言うんだ。


「うぶぶべべべ……で、でもこれでノアちゃんも一緒に脱出できるのでは……?」


『脱出できるというか……するしかなくなった……!』


「たしかにこの中に住みたくは無くなったぞ……」


「じゃあ出ましょう、呪いは全部私たちが請け負ってます。 今ならノアちゃんの足を引く人はいないはずです!」


『……脱出……』


 本当にできるのか、こんな荒唐無稽な方法で?

実際にこの魂に向けられた何千何万という呪詛はかなり薄くなっている、今なら私と幽霊船の接続も切断できるかもしれない。 


『……だけど……まだ……オタンコピンク、こっちにこい……』


「へっ? は、はい」


 馬鹿正直についてくるオタンコピンクを連れ、この船の外……ではなく、さらに最深部へ進む。

思ったとおりだ、呪縛さえなければこの身体が自由に動かせる。 今ならこの足でたどり着けるはずだ。

私という核と連動し、この船に備え付けられたもう一つの心臓部。 決して私が立ち入れなかった場所へ。


『……ここだ』


 やがて闇の中に見えた木製の扉に手をかけ、開く。

その先にあるのは床にびっちりと魔法陣が書き込まれた、何千何億年過ぎようと忘れることがない因縁の場所。

私が幽霊船と結びつけられた、忌々しい儀式が行われた部屋だ。


「……これ、知ってる」


『なら……話が早いな……オタンコピンク、この床を食え……』


「えっ」


『お前ならできる……引っぺがして、食え……それで、私を縛るものはすべてなくなる……』


「う、うーん……食べられるかな、木材」


「でっかいの、いまさらすぎるぞ」


 呪いなんてゲテモノをたらふく喰らっておいて何を躊躇うことがあるのか。

それにこいつが食らうのは床の木材ではなく、その上に描かれた魔法陣だ。 これさえなくなれば()()()()()は完了する。


「よし、それなら頑張ります。 固めのメンマだと思えば何とか!」


『……その前に……聞いておけ……オタンコピンク……』


「ん、なんですか?」


『幽霊船を生み出した……この魔法陣が無くなれば……私は自由になる……が、幽霊船がなくなるわけじゃない……』


 魔法陣の効力を無理やりかき消すのは難しい、これほど強力複雑に入り組んだ代物なら暴走してしまうのが目に見えている。

最悪リンクがつながっている私にすべての負荷が戻って来る、そんな壮絶な最期はごめんだ。

だから魔法陣を消すのではなく、誰かに押し付けることで解決しよう。


『だからオタンコ……()()()()()()()()()()()()()()()……』


 どうせ幽霊船を倒すというのも口だけ、呪いを摂取できたのも偶然に過ぎない。

私を本気で助けるつもりなら当然これくらいの覚悟はできていたはずだ、まあ所詮人間のほざく偽善で


「わかりました!」


『ふん……所詮その程度の覚悟……えっ』


 ………………えっ??? うん???

さてはこいつ……バカだな????

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