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呪いと呪い ④

誤算だった、殺せるはずだった。

いくら呪いに耐性を持つと言えどしょせん後天的に得た免疫の延長。 幾百もの贄と時を掛け、蟲毒と化したこの船に適うものではない。

ゆえに核へと近づいたその瞬間、奴らの耐性を超える呪詛を与えて絶命させる……はずだった。


「か、確保ぉー!!」


『や、やめろ……離せぇ……このオタンコピンク……!』


 計算が狂ったのは、このアホ面ぶら下げたピンク頭のせいだ。

なんだこいつは、バカか? いやバカだ、イカれている。 呪いに耐性を付けるために私の呪詛を飲みこむとはどういうことだ。

しかも成功している、意味が分からない。 腹の内と腕に何かを宿している、こいつらのせいか。 だとしても飲むってなんだ飲むってふざけるなお前。


「えーとえーと、まずは名前! 名前教えてください!」


『誰が人間に……』


「うっぷ、また気分悪くなってきた……」


『ノア!! 我が名はノア!!! お前たち人類を滅ぼす災厄が一人!!!!』


「すごいぞでっかいの、掌でコロコロだ」


 目の前で吐き気をこみ上げるピンクの圧に負けて喋ってしまった、なんだこの新手の脅し方は。 

それで喋ってしまう自分も自分だ、不甲斐ない。 長い間呪いに漬け込まれて腑抜けてしまったのか。


『なんなんだお前……本当なんなんだお前ぇ……』


「私は百瀬かぐやといいます、こちらは友達のコルヴァスちゃんです。 ノアちゃん、幽霊船を止めてください!」


『できない……』


「そこをなんとかお願いします!」


『だから、できない……私の意思で……()()()()()()()()()……!』


「うぅ゛!? どういうことだ!?」


『お前たち……人間のせいだろう……』


 愚かしい、その愚かしさが恨めしい。 たかだか数度世代を渡っただけですべて忘れるか。

ならば教えてやろう、いや見せてやろう。 そちらのほうが手っ取り早い。

自分たちが何をしてきたか、その目でたしかめて後悔しろ。 ……するよな? さすがにこの阿呆でも……


――――――――…………

――――……

――…


「…………あれ?」


 ほんの一回まばたきしただけで、また目の前の景色が入れ替わった。

足元には先ほどと同じ床、だけど今度は女の子も軍服の人たちもいない。 どうやら同じ場面でも時間が違うらしい。


『ここは私の領域……お前たちに直接記憶を転写してやる……』


「何があったのか教えてくれるんですね、ありがとうございます!」


『オタンコピンク……』


「なんで悪口を言われたんだろう今!?」


『うるさっ……目の前でわめくなぁ……』


 ノアちゃんの声は聞こえるけど姿は見えない、けどこの手にはしっかりと彼女の肩を掴んでいる感触がある。

あくまでこの景色は幻覚みたいなもので、ノアちゃんは目の前にいるらしい。 逃げないようにしっかり捕まえてなくちゃ。


『――――例の鹵獲した個体の準備は?』


『はっ、B隊より報告! 志願者たちとともに現在下層に拘束中であります!!』


「わっ、誰か来た」


 ズカズカと部屋に入ってきたのは、あの軍服たちだ。 前回に比べると怒りや殺気は落ち着いているけど、なんだかピリピリとした緊張を感じる。

まるで職員室に呼ばれたときに感じるあの空気だ、偉そうな髭の人の顔色を周りの人たちがずっと窺っている。


『よろしい、鹵獲個体は殺していないな? ではこれより実験に入る』


「……お、恐れながら申し上げます! やはりあの少女は危険です、今からでも完全に無力化すべき――――」


 髭の人の後ろに立つまだ若い男性の言葉は、短い銃声と飛び散る鮮血で遮られた。


「ひっ……!? だ、大丈夫ですか!?」


『臆病者は先に逝け、もはや我々に安全策を取る余裕はないのだ。 作戦は続行する』


 胸から血を流し、倒れる軍服の男性。 支えようとして伸ばした腕はすり抜ける。

周りの人たちは顔色一つ変えず、助けることもない。 もうこの人は動かないことをわかっているから。


『……我々は人間を殺し、人間はそれに抵抗した……その結果……私はこの男どもに鹵獲された……』


「そ、それって無事……じゃ、ないですよね」


『当たり前だ……このオタンコピンク……』


 パチンと泡がはじけるような音が鳴ると、また景色に変化が起きる。

場所は同じ……だと思う、そして今度は軍服の人たちもいない。


 代わりに床へ隙間なく並べられているのは、生きているのか死んでいるのかわからないほどやせ細ってボロボロになった人たちだ。


『やつらは考えた……鹵獲した()をどう使おうか……そして結論を出した、怪物には怪物をぶつけるのだと』


「それって、まさか……!?」


 私は知っている、床に敷き詰められた人たちがこれからどうなるのか。

泣いて、叫んで、許しを請いて、最後には死を願うほど苦しんで……ドロドロに溶けて消えていく。

クラクストンの中で垣間見た、幽霊船の記憶だった。


『私という核に……幽霊船を肉付けしたんだ……お前たち、人間が……!』


 軍服の人たちは自分たちを殺そうとするノアちゃんの力を逆に利用しようとしたけど、失敗したんだ。

制御できなくなって暴走した幽霊船は人々を襲い、海を奪った。 

そしてこの力はノアちゃんの上から勝手に取り付けられたもので本人すら制御できない、それこそ2号が言ったように“核”を潰さない限り終わらない。


『私は……お前たち人間が憎い……! だから殺す、殺してやる……お前も止めるなら全力で掛かって……』


「よし、じゃあ一緒に脱出しましょう!」


『はっ?』


「えっ?」


「仕組みはよくわからないですけど、ようはノアちゃんの上にかぶせた洋服が幽霊船ってことですよね? なら脱げないか色々試してみましょう、だから私たちへの攻撃は止めてください!」


『いや、だから……コントロールできな……』


「でも近づいた私たちを呪い殺そうとはしましたよね? オンオフは出来なくても強弱は制御できませんか?」


『くっ……』


 ノアちゃんを見つける直前、急に息苦しくなったのはきっと近づく私たちを警戒した彼女の攻撃だ。 私もコルヴァスちゃんも弱めの呪いなら十分耐えられる。

それに幽霊船の中で動ける人間は初めてのはず、方法を探す時間はある。


「方法はないかもしれませんけどあるかもしれません! まずは一緒に脱出して、美味しいものでも食べましょう! それでも怒りが収まらないなら、私が全部受け止めます!」


『………………』


「だから幽霊船を倒す協力をしてください、ノアちゃん!」


髪の隙間から覗くノアちゃんの目は、まるで人生で一番のバカを見るような目つきだった。

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