呪いと呪い ③
「……っかいの……おい……でっかいの! おい、聞こえてるか!?」
「――――はぇっ!? わ、私寝てた!?」
コルヴァスちゃんに揺すられて目を覚ますと、そこにはもう軍服も女の子もいない真っ暗闇の中だった。
いつの間に意識を失っていたんだろう、そして私が見たものはいったいどこからどこまで夢だったんだろう。
「でっかいのが急にボーっとしだしたんだぞ、覚えてないか?」
「えぇえ、覚えてない……ごめんねコルヴァスちゃん」
「いいぞ! それより何だったんだ今の?」
「ああ、景色はコルヴァスちゃんも一緒に見てたんだ。 私にもわかんないや……」
激しい暴力を受けた女の子と、それを取り囲む軍服を着た人たち。
そして最後に吐き捨てられたあの言葉の意味は……私じゃわからないけど、師匠なら何か知っているかもしれない。
そのためにはまずここを生き残らなきゃだめだ、師匠にこの話を持って帰らないと。
「たぶんあれが幽霊船だな! ちっちゃかったから若いころか?」
「えっ、あの女の子が!?」
「呪いの感覚が一緒だ、いろいろ苦しい気持ちが混じってる核はあれで間違いないぞ! 自信がある!」
「そっか、なら信じる。 よし、それじゃどんどん進みましょう!」
呪いについてなら私よりコルヴァスちゃんの方がずっと詳しい、なら私の判断よりずっと信頼できる。
あの女の子を幽霊船の核として、見つけ次第倒して……倒し……たお……
「……倒していいんですかね!? だってあんなにボロボロでしたよ!?」
「うぅ゛!? で、でも倒さないと私たちもここから出られないぞ!」
「そ、そうだけど……そうなんだけども!」
あの映像を見せられてから女の子を倒せるのは、鬼か悪魔か師匠くらいだ。
それに相手が人なら話ができる。 それなら私は拳を話すより言葉を交わしたい。
「うーんうーん……とりあえず会ってから考え……あれ?」
「う? どうしたでっかいの?」
「いや、なんか息苦し―――ゴボッ!?」
「でっかいの!?」
若干の息苦しさに違和感を覚えた次の瞬間、空気のように感じていた呪いがまた水のように喉へ張り付いた。
呼吸ができない、肺に残っていた空気が呪いの中に泡となって吐き出される。
それだけじゃない、頭が割れるように痛い。 胸の中が冷たくてズンと重たい気持ちでいっぱいになる。 なんで? こんな急に――――?
「しっかりしろ、思い込むな! これは水じゃないぞ! ただの呪……ガボッ!?」
私だけじゃない、コルヴァスちゃんも同じように苦しみだした。
ダメだ、頭が回らない、視界もぼやけてきた。 吐き出した空気は戻ってこないし酸素が足りない。
なんで――――聖水、切れ――――? でも、それならコルヴァスちゃんは――――これ――――攻撃――――空気、足りな……
「……ならいっそ飲むか!」
「えっ?」
『はっ?』
昔おばあちゃんから教えてもらったことがある、押してダメなら引いてみろと。
いくらもがいても空気が足りないならいっそ吸ってしまおう、この呪いごと。 死ぬかもしれないけどどうせダメなら同じことだ。
飲む、水なのか呪いなのかよくわからないけどとにかく口を目いっぱい開けて飲めるだけ飲む。
「し、死ぬぞでっかいの!? そんな呪いをとりこゴボバボ!!」
コルヴァスちゃんが何か喋っているけど聞こえない、今はほかのことが何も気にならないくらいひどい味が口の中に広がっている。
初めて飲んだけどドブってこういう味なんだろうな、さらに腐った牛乳とゴムとアルミを混ぜて煮詰めたようなとんでもないハーモニーを奏でている。
耐えろ耐えろ、我慢だ百瀬かぐや。 不味いってことは呪いでもちゃんと吸引できている証拠なんだ。
師匠は言っていた、私の身体は飲んだものを蓄えて自分の力にできるって。
だから聖水を飲んで呪いと対抗できた。 なら今度は対抗じゃなく、呪いに適応できないだろうか?
幽霊船の中で生まれた赤ちゃんやコルヴァスちゃんのように、呪いを飲み干すことで呪いの耐性をうぇっぷやっぱむりちょっとはきそういやだめこれはく
『や、やめろぉ……ひ、人の中に変なもの吐くな……!!』
「うぇっぷうぉえ……わ、私もまだ女子力失いたくないので頑張りますけど……うん?」
「うぅ゛ーガボゴボボ……あれ、息苦しくなくなったぞ?」
いつの間にかまとわりつく息苦しさや頭痛も、胸の中で暴れまわるイヤな気持ちもきれいさっぱり消えていた。
代わりに私たちの前に立っていたのは、ずぶ濡れの女の子が1人。 水色の長い髪の毛はベッタリ張り付いて、貞子みたいに顔を隠している。
しかもどういうわけか私に対してドン引きしている気がする、なんでだろう。
『い、イカれてる……頭おかしい……なんで呪いを飲ん……な、なんで生きてる……バカ……?』
「コルヴァスちゃん、誰ですこの子!?」
「知らないぞ、いつの間にかいた!!」
「そうですか、じゃあ迷子かな?」
「そうか、迷子か! 大変だ!!」
『イカれてる……』
どうしてだろう、コルヴァスちゃんにもドン引きするようになってしまった。
でもそうだった、ここは呪いの中だから迷子なんているわけがない。 それになんだかこの子、どこかで見たような気がする。
それもついさっき出会ったような、それでいてなんだか懐かしいような……
「……あれ、もしかして?」
『っ……!』
「お向かいに住んでた切子ちゃん……?」
『誰!?』
「違うぞでっかいの、今気づいた! こいつだ!!」
「コルヴァスちゃん、どういうことですか?」
「気配がこいつから漂っているんだ、こいつが幽霊船の核だぞ!」




