呪いと呪い ②
「――――ごぼぼ!?」
車から投げ出された私は、次の瞬間には暗い水の中にいた。
なんで? たしか私たちは黒い壁に突っ込んで……
(う、海に落ちちゃったとか? というかこれ溺れ……!)
「しっかりしろでっかいの! 大丈夫だ、息をしろ!」
「……ぷ、っはぁ!? あれ、息できる!?」
後ろからコルヴァスちゃんに肩を掴まれた驚きで肺の空気を全部吐き出して気づいた、水の中なのに息苦しくない。
身体を包む浮遊感や手足にまとわりつくような抵抗は、水の中にいる感覚で間違いない。
なのにしっかり呼吸はできるし、真っ暗闇の中でもだんだん視界が開けてきた。
「でっかいの、これ全部呪いだ。 濃すぎて触れるぐらいねっとりしてる!」
「の、呪いってそんなジャムみたいな感じなの!?」
「私の角とおんなじだ、あまり吸い込みすぎると危ないぞ!」
「おっとっとそうだったそうだった……」
慌てて口を塞いで飲みこまないように注意……する意味はあるのかな、呼吸するときにどうしても吸い込みそう。
でも何もしないよりはマシか、服の襟を引っ張って口を押える。
「えーっと、ここは幽霊船の中ですよね? 2号さんの話ではこの中に核があるとか」
「ならこっちの方だ、ずっと呪いの気配が濃い。 早くしないと危ないぞ!」
「わわわ、待って待って!」
呪い慣れしているおかげか、コルヴァスちゃんは水中のようなこの闇の中をすいすい進んでいく。
一方私は手足をいくらバタつかせても全く進めない、これでも水泳はそれなりの得意な方なのに。
「でっかいの、これは水じゃないぞ。 気持ちで泳ぐんだ!」
「気持ち……気持ち……!」
コルヴァスちゃんからのアドバイスに従って目を瞑って念じてみると、あれほどまとわりつくような抵抗が消え、身体がすいすい前に進む。
なるほど、よくわからないけど分かった。 水みたいだけどこれはあくまで呪いなんだ、気持ちの強さで負けると何もできなくなる。
私の中にたまっている聖水もいつまで持つかわからない、心を強く持って挑まないと。
「コルヴァスちゃん、核までどれぐらい距離があるかわかります?」
「よくわからないけどだんだん気配が強くなってくるのは分かるぞ、方向は間違ってない!」
「了解です、ならこのまま進んで……」
……進んで、どうしたらいいんだろう?
2号さんの指示に従うなら“核”とやらを目指して潰せばいいはずだ、けどそれはなんだか違う気がする。
なんだろう、ずっと胸の中でもやもやがグルグルしてる。 これまでの経験からこういう時の勘は信じた方が良い。
「……でっかいの、聞いてるかでっかいの! なんだかおかしいぞ!」
「へっ? あれ、ここどこ!?」
だけど私がグルグルのもやもやに気を取られている間に、目の前では新たなトラブルが発生していた。
墨を溶かしたような真っ暗闇の中、いつの間にか私たちはギシギシと軋む床の上に立っている。
水をかき分ける浮遊感はない、しっかりとした足場と重力が身体を支えてくれている。
「急にこうなった! なんでだ!?」
「コルヴァスちゃんが説明できない現象なら私もお手上げ……待って、何か聞こえる」
『―――――れは――――で――――うとう――――』
壁も天井もなく、闇の中に床だけが現れた空間に私たち以外の声が聞こえてきた。
次に複数人の足音、湿った物を叩くような音、そして男の人の怒号が響き……なにもなかった空間に何人もの人が現れる。
軍服のようなものを着た屈強な人たちと……その中央で縛られたまま座り込む、血まみれの女の子が1人。
「っ……! 何やってるんですかってウワアァー!!?」
「で、でっかいのー!!?」
思わず反射的に軍服の人たちに飛び掛かるけど、肩につかみかかろうとした手はすり抜けて床の上を転がる。
どうやら女の子も軍服たちもみんな立体映像的ななにからしい、危うく床から落っこちるところだった。
「しっかりしろでっかいの、はぐれると危険だぞ!」
「ご、ごめんなさぁい! でもこれ、何の映像……?」
縄で縛られた女の子は頭を殴られているのか、額から赤い血が流れて床にしたたり落ちている。
俯いているせいで顔はよく見えないけど、身体は震えているし息苦しそうな呼吸も聞こえてくる。 決していい状態ではない。
どう見てもこの軍服の人たちに寄ってたかっていじめられているようにしか見えない、でもなんでこんなことに?
「うぅ゛ー……たぶん、この呪いの中に沈殿した“記憶”だ。 イヤの感情をビシビシ感じるぞ」
「記憶……? ああ、そっかこれ見たことある!」
思い出した、たしかアルデバランでクラクストンに飲み込まれた時も同じ格好をした人たちの幻影を見た覚えがある。
つまりこれは幽霊船の根っ子に近い記憶だ、でもどうしてこんなタイミングで?
『……これが我々を苦しめていた災厄の正体か? バカげているな』
『しかし映像に遺された交戦記録とも合致する、おそらく水害をもたらしたのがこの個体だ』
『バカな、こんな子供に人類の4割が殺されたとでも言うのか!?』
「よ、四割……?」
軍服の人たちはひどく興奮した口調で怒鳴り合いのような議論を繰り広げている。
話題はまさしく縛られたままの女の子についてらしい、俯いたままの彼女を見下ろす視線には怒りを超えて殺意が籠っている。
そして話の内容から考えると、この女の子はテオちゃんたちと同じ……
『クソッ、よくも俺たちの仲間を……殺してやる……!!』
『やめろ、せっかく鹵獲した手がかりだ! 無駄に殺すな!』
『必要な情報をすべて吐かせろ、まだこいつには利用価値がある』
『聞いているか? お前の知っていることをすべて話せ、なぜ貴様らは人間を殺すのだ?』
「っ……!」
軍服の一人が女の子の髪を鷲掴みにし、無理やり顔を上げさせる。
その顔は元々は綺麗だったはずだ、けど青痣と血にまみれて腫れあがっているせいで原形をとどめていない。
『お、ま……え……ら、が……!』
「し、喋っちゃダメ……死んじゃう……」
『おまえらが、先に……殺゛した……!』
『なんだと? 何を殺した、私たちが! お前に何をしたというんだ!?』
『殺゛した、くせ゛に……!!』
思わず目をそむけたくなるほどひどいケガだというのに、それでも女の子は何かを喋ろうと口を開く。
『――――お前たちが、神を殺したんだ……!!』