呪いと呪い ①
「ウワーッ! 地上だー!!」
『喋ってると舌噛むでー!』
ほんの数十分ぶりでしかないのに、もはや地上が懐かしい。
空は曇り空で火の光が届かないのが残念だ、それにお出迎えしてくれる人たちもかなり物騒な面子が揃っている。
『グ ギャ バアアアアアアアアア!!!!』
『キュルリイイイイイイイイイイ!!!!』
『ピヤアアアアアアアアアアアア!!!!』
『ばふぁ』
「ウワーッ! なんかいっぱいいる!!」
秘密の地下通路を飛び出した途端、動物の形をした黒い影が寄ってたかって襲ってくる。
ワニ、虫、鳥、(たぶん)サンショウウオ、よりどりみどりだ。 こんなうれしくない動物園も初めてかもしれない。
「うぅ゛ー!? どうするんだ、囲まれてるぞ!?」
『頭下げとき、目にもの見せたらぁ!!』
2号さんが運転席の操作パネルをポチポチ推していくと、車の天井が開いてパラボラアンテナみたいなものが展開される。
そしてアンテナの中心になにやらバチバチした光が収束し……黒い影たちに向けて発射されると――――立ちふさがるすべてが一瞬で木っ端みじんに砕け散った。
「う、うわあぁ……!」
『うはははは!! 今日という日まで温存してきたリソースの大盤振る舞いや、たんと喰らっていき!!』
「うぅ゛ー! 怖いぞあいつ!」
「大丈夫コルヴァスちゃん、2号さんは味方です! ところでこの車どこに向かっているんですか!?」
『決まってるやろ、幽霊船の懐や!』
「ということは……海!?」
言われてみればキャンピングカーはまっすぐこの街の外を目指して走っている。
私たちが街に入ってきた方向とは真逆、この先にあるのは海だけだ。
『ええか? 幽霊船の中には“核”がある、このバカげた呪いを溢れさせとる心臓や、そいつを潰せば全部終わる!』
「つ、潰すって……どうやって!?」
『直接船に乗り込んで叩くしかない! それができるのは呪いに耐性のあるお姫様と……なんかよく分からんけど耐えとるあんただけや』
「よくわからないけどって!」
たしかに私自身も理屈はよくわかってないけど、他人から雑に扱われるとなんだか傷つく。
いや、私のことはどうでもいいんだ。 それよりもこのまま海に突っ込むというのは聞き捨てならない。
「ちょっと待ってください2号さん、コルヴァスちゃんに幽霊船へ飛び込めと!?」
『ああそうや、恨むなら恨め。 これしか方法がないんやからな』
「駄目ですよそんなの、危なすぎます! コルヴァスちゃんだって……」
「別に私はいいぞ!」
「コルヴァスちゃーん!?」
大反対の私とは違ってコルヴァスちゃんは見るからに乗り気だ。
すでにナイフを抜いて構えている、実に危ない。
「私は大丈夫だ、呪いは効かない! だからでっかいのはここで待ってろ!」
「いやいや、着いて行きますよ! 私だって呪いはへっちゃらなんですから!」
『それはどうやろなぁ』
「えっ?」
『嬢ちゃんは聖水を飲んで呪いと拮抗しとるって話やろ? わけわからん理屈やけどそれなら限度はあるはずや、腹の中にどれだけ聖水が残ってるか理解しとるか?』
……そういえば、あれだけちゃぷちゃぷしていたお腹もいつの間にか軽くなっている。
フォーマルハウトに到着してからだ、この呪いの中で活動する間にどんどんため込んだ浄化の力を消費していたに違いない。
なら今はどれだけの聖水が残っているんだろう? もしも途中で浄化の力を失ったら……
「…………」
『怖いか? せやけどこの車から降りたら黒い連中の餌食や。 悪いけどこのまま地獄の底までランデブーしてもらうで』
「いえ、考えてました。 どれぐらい急げば間に合うかなって」
『……ほぉん?』
「ここで逃げたら師匠を治す手がかりが全部なくなります、だから進むしかないんです。 ガス欠までにはなんとか全部片づけて、フォーマルハウトを元に戻します!」
死ぬのは怖い、だけどこのまま何もできずに師匠の死を看取るのはもっといやだ。
ここには私にできることがまだある、ならアクセルから足を話す理由なんてない。
『OK、気に入ったで嬢ちゃん。 まあ元から途中下車なんて許す気はなかったけどな』
「ひどい」
『言ったやろ、手伝ってもらうって。 ここまで来たら一蓮托生、2人とも幽霊船へぶち込んだるわ』
「2人とも……って、それだと2号さんはどうするんです?」
『ワイは無理や、そろそろ機体が持たん。 まったくけったいな呪いやでホンマに』
「えっ……?」
すると、突然嫌な音を立てて2号さんの腕が砕け落ちた。
それに2号さんの身体はボロボロにひび割れている、いつの間に? 黒い影たちから攻撃を受けることはなかったはずだ。
『部屋の外出た途端これかいな、めっちゃ魂に浸食してきとるわー……全身機械化してもダメとか、どないなっとんねん』
「き、機械化……? 2号さん、あなたってまさか……」
『おっと、それ以上は厳禁や。 うちの姫さんに余計なこと教えんでええねん』
「なんだ、なんの話だでっかいの!? 真っ白いのは大丈夫なのか、ボロボロだぞ!」
『大丈夫や、ワイちょっと乾燥肌やねん! ……さて、ワイは見ての通りやさかい。 あんたらを目標に届けるんで精いっぱいや』
「ど、どうしてそこまで……」
『はっ、そんなん決まっとるやろ。 今この世界に生きる人のためや……見えてきたで』
2号さんが残った腕で指を刺した先に見えたのは、巨大な壁だ。
いや、壁じゃない。 真っ黒い呪いの塊がどこまでも高く伸びているせいでそう見えるんだ。
この距離からでも肌でわかる、“あれ”がこの街で最も強い呪いだと。
『ええか嬢ちゃん、幽霊船の呪詛ならあんたの師匠に起きた魂の劣化もなんとかなるかもしれん。 けど欲張ったらあかんで、どうにもならん時は迷わず殺すように』
「い、いやです! だって私、アルデバランで見たんです。 幽霊船だって……」
『あーもーゴチャゴチャ言うな、時間無くなってもうたわ! ほな行ってこーい!!』
「えぇーっ!? ちょっと待っ――――」
しかし2号さんは一切待ってくれず、こぶしを握り締めて操縦席に設置された一番大きいボタンを押した。
ドクロマークが書かれたそのボタンが押し込まれた瞬間、キャンピングカーの天井は吹き飛び、私たちの体が座席シートごと宙を舞う。
「うぅ゛ー!!?」
「わあああああああああ!!?」
『達者でなー! お土産はいらんでー!!』
「2号さああああああああああん!!! 後で覚えておいてくださいねえええええええええ!!!!」
恨み言は届いただろうか、乱暴に射出されてぐるんぐるん回る視界じゃそれもよくわからない。
車の勢いも乗せて吹っ飛んだ私たちは、そのまま黒い壁の中にドプンと沈みこんだのだ。