誰かこいつらを止めてくれ ⑤
「反撃って……幽霊船にですか?」
『アホ、ほかに誰がおんねん。 この街を滅ぼしてくれた仕返しはたんとしてやらんとなぁ!!』
イカロス2号さんは拳を握りしめて怒りか喜びに震えている。
彼から見れば幽霊船は親の仇みたいなものかもしれない、けど……
「……あの、そもそも幽霊船って倒さないとダメなんですか?」
『あぁん? 何言うてんねん嬢ちゃん、ってかいまさらやけどなんやねんお前。 なんでこの呪いの中で生きてんねん』
「あはは、それにはいろいろ事情があるというかなんというか……かくかくしかじかでして」
そうだった、2号さんが待っていたのはあくまでコルヴァスちゃんだけ。 私は完全に部外者だ。
なのでここに来るまでの事情を端折って説明してみたけど、話が進むほどどんどん2号さんの顔が奇妙な動物を見つめるものへと変わっていった。
『……1号から多少は情報共有しとったけど、変な子やな嬢ちゃん』
「どうして」
「でもでっかいのは悪い奴じゃないぞ!」
『覚えとき姫様、悪い奴とろくでもないやつは別問題やで。 まあそれはそれとして、自分とこの師匠助けるために命張ってるのは気に入ったわ』
「ありがとうございます、ではついでに魂の治し方を教えてください!」
『そして図々しいやっちゃな、んなもん知らんわ。 少なくともここにはないで』
「そんなぁ……」
頼みの綱だった2号さんは首を振るばかりだ、こうなるといよいよ手掛かりが無くなってしまった。
どうしよう、師匠の限界まであとどれだけ時間がある? いやでもまだもしかしたら2号さんが知らない何かがこの遺跡にある可能性も……
『おーい嬢ちゃん、人の話は最後まで聞いとき。 ワイは知らんけど方法はあるかもしれんで』
「えっ!? ほ、本当ですか! 詳しく聞かせてください!!」
『めっちゃ食いつくやん。 まあそもその話や、人の魂をこねこねする方法なんて外法か奇跡ぐらいやねん』
「魂をこねこね」
『茶化すな。 せやから人どころか人に作られたゴーレム風情にはどうにもできん、けど身近におるやろ? 魂ごと形を捻じ曲げる呪いの塊が』
「それってもしかし……うわったぁ!?」
2号さんとの話を邪魔するように、ズンと響く衝撃が遺跡を揺るがす。
地震……じゃない、地面が揺れているより頭上から衝撃を咥えられている感じだ。
『チッ、気取られたか。 一瞬開けただけやのに鼻が良いやつらやの』
「2号さん、これってあれですか。 幽霊船が仕掛けてきた感じですか!?」
『せやろな、奴らにとっちゃこの場所は目の上のタンコブみたいなもんや。 潰される前に脱出するで』
2号さんが部屋の壁に隠されていたカバーを開き、その下のボタンをポチっと押し込むと、突然床が消える。
真下は底が見えない真っ暗闇、次の瞬間には3人仲良く奈落の底へ真っ逆さまに落ちて行った。
「うぅ゛ー!!?」
「うわあああああああああああ!!? なに、なんなんですかいきなり!!!」
『喋ると舌噛むで! 着地の衝撃に備えとき!!』
「せめて心の準備ぐらいさせ……ふぎゃんっ!!」
言いたいことは山ほどあったけど、お尻から着地した衝撃で全部吹き飛んだ。
なんかデジャヴだけど今度は硬い床じゃなく、クッションの上に落ちたようでまだ痛みもマシだった。
ここはどこだろう? さっきよりコルヴァスちゃんたちとの距離も近い、落ちてくる前の部屋よりかなり狭い空間だ。
『うっし、メンテサボってたけどまだ動くわ。 ほな嬢ちゃんとお姫様、しっかりベルト巻いといてな!』
「ベルトってことは……まさか!」
2号さんの返事は、ドルルンというエンジン音だった。
エンジンが点いたことで車内のライトも点灯し、私たちが乗り込んだものの全体像が見えてくる。
それは運転席の代わりにいろんな制御盤がくっついた……キャンピングカーみたいな車だった。
「で、でっかいの! なんだこれ!? 鉄のガジガジか!?」
「えーっとね、コルヴァスちゃんこれは車といって……」
『えーとギアをこっちでアクセルはこれでハンドルはこれで……うっし、ワイも初めて乗るから事故った時はドンマイってことでええな?』
「よくないですけど!?」
『まあこんなもん動かせばどうにかなるねん! ほんじゃ行くでー!!』
「ちょっ、待っ……」
運転席に埋まりこんで制御装置と一体化した2号さんが合図を出すと、焼けたゴムの臭いを立たせながらキャンピングカーが急発進する。 無慈悲。
ただ直進しているだけのに下手なアトラクションより怖い、道の先が見えないってこんなに恐ろしいことなんだ。
そもそも私たちは地かにいたはずなのに、このままじゃ壁にぶつかるのでは?
『安心しい、これは緊急用の脱出装置みたいなもんや。 本番じゃ使う暇すらなかったけどな』
「と、ということは地上に出るんですかこれ!?」
『ああ、上じゃ呪いの塊どもがワイたちを血眼になって探しとるはずや。 捕まったら最後、骨も残らへんで』
「うぅ゛ー! なんでそんなに恨まれているんだ!?」
『この世の中に存在しちゃいけない技術やからな、あいつら厄災どもはこの世界を発展させたくないねん』
「でも詳しくは話せないんですよね、NGワードがあるとかで」
『おう、よう知ってるな嬢ちゃん。 せやから詳しくは幽霊船本人から聞き、もうすぐ上に出るで』
2号さんが指さした先には、真っ暗闇の中にポツンと浮かぶ白い光が見えた。
それもグングン近づいてくる、いったいこの車は今何Km出ているんだろう。 怖くて聞けない。
「うぅ゛ー……わかんない、でっかいのたちが何話してるかわかんないぞ!!」
「そうだよね、ごめんねコルヴァスちゃん……後でちゃんと説明するから」
『すまんなお姫様、とにかく今はワイの仕事を手伝ってくれ。 フォーマルハウトに掛かった呪いを解きたいんや』
「いいぞ!」
「軽い!」
「呪いが無くなればおじじたちも苦しまなくて済む、あと私の故郷でもあるからな! それと、もう一つだけ聞かせろ!」
『ええでお姫様、ワイに答えられるならなんでも聞いてくれや』
「――――私は、捨てられたわけじゃないのか?」
『…………ああ、あんたはちゃんと愛されてたで』
2号さんはコルヴァスちゃんの目をまっすぐに見つめ返し、真摯に答える。
それが表情の変わらない彼なりに表現したまっすぐな誠意だった。
『おっとわき見運転厳禁厳禁っと、ほな納得してくれたなら腹括ってな――――話の続きは、生きて帰った時や!』