はんにんさがし ①
「えーっ!? ギルド長さんとステラさんって結婚しているんですか!?」
「声が大きいぞ、それに指を見ればわかるだろ」
ギルドで食事も済ませて宿に戻ると、元気を取り戻したモモ君が騒ぎ始めた。
一度は死にかけたというのにあきれるしかない図太さと回復力だ、彼女の胃袋と消化能力はどうなっているんだ。
「昔じゃ信じられない話だがな、1000年も過ぎれば多少なりとも変わるところはあるということか」
「でも素敵だと思います、種族を超えた愛ですよ愛!」
「僕には縁のない話だがな、“水よ”」
興奮するモモ君の話を話半分に聞きながら、生成した水を体の表面に滑らせ、一日分の汚れを拭いとる。
服を脱ぐ手間も無く短時間で清潔性を保てる便利な術だ、汚れた水は邪魔にならないよう外へ捨てれば良い。
「師匠、お風呂入りたくならないんですか……?」
「そんな贅沢なものが使いたいなら君が水と燃料と風呂桶を用意しろ」
「うぅ、私も早く魔術が使えるように……ちべてっ!」
もう一つ作った水球をモモ君に投げ、同じように汚れを拭いとる。
衛生は大切だ、疫病にでもかかりでもしたら余計な体力と時間を浪費してしまう。
「魔術を使いたいなら見て覚えろ、はじめは水か風を扱うように」
「うーん、小火になったり床をボコボコにするのはまずいですもんね。 うーんうーん……」
モモ君は両手を虚空にかざしてうんうん唸るが、雫の一粒すら生み出される気配もない。
そもそも渡来人である彼女に宿る魔力は微々たるもの、環境の変化でどれほど伸びるかは未知数だが、あまり期待はしないほうがいい。
目標である「元の世界に帰る魔術」なんて夢のまた夢の話、そもそもそんな魔術が実現できるのか……
「うーん……! 師匠、なにかコツってないんですか!?」
「……ん? ああ、コツか。 才能」
「私って才能ありますか!?」
「今のところはまったくない、だが神の恩寵とやらがあるんだろ。 この先は未知数だ」
「やったー! じゃあ頑張ります!!」
言外に絶望的だと言ってやったのに、なんとまあ前向きな事だ。
だが落ち込んで部屋の空気が悪くなるよりはマシか、単細胞で助かった。
「魔力の練り方は人それぞれだ、これに関してはセンスとしか言いようがない。 何度も反芻して自分の感覚を掴め」
「分かりました! ……ってあれ、こんな時間にどこか出かけるんですか師匠?」
「僕も僕の日課があるんだ、君はそのまま続けておけ。 すぐに戻る」
「はい、あまり遠くに行っちゃ駄目ですからね!」
「子供扱いするんじゃない! まったく……」
部屋の窓から身を乗り出し、生み出した風に乗って宿の屋根に飛び移る。
灯りもまばらな街景色は、頼りない星明りに照らされながらすっかり闇に溶け込んでいる。
実にいい夜だ、闇に紛れて奇襲するには十分すぎる。
「そこのお前、いい加減出てこい。 さっきからちょろちょろと目障りなんだよ」
「―――――……」
返事はなかった、代わりに死角から飛んで来たのは黒い刀身のナイフ。
風で巻き取りあらぬ方向へ逸らすと、屋根に刺さった部分から建材がみるみる腐食していった。
ずいぶんご機嫌な挨拶だ、それに逃げ足も速い。 微かに感じ取れた気配もすでに消えている。
「師匠ぉー、なんの騒ぎ……わー!? 屋根が腐ってる!」
「ああ、雨漏りは避けられないだろうな。 ナイフには触れるなよ」
服の端を切り裂き、手に巻き付けて慎重にナイフを回収する。
刃の部分にはひどい悪臭を放つ黒い液体が付着している、特殊な素材とオーカスへの祈りによって調合できる腐食液だ。
襲撃の原因は幽霊屋敷のスペクターを退治したからか? だがなぜ今、このタイミングで襲われたのか。
「うへぇ、なんですかそのネチョネチョの液体……しかもくっさ!」
「オーカス信徒が扱える腐食の魔法液、処理にも困る劇物だよ。 威力はご覧の通りさ」
「オーカスって……屋敷の犯人が襲ってきたんですか!?」
「確証はないがおそらくな。 逃げたが追撃がないとも限らない、君は部屋に戻って……おい、引っ張るな」
「師匠も戻りましょう、危ないですって! こんなの当たったらケガじゃすまないですよ!」
「僕なら大丈夫だよ、何本飛んで来たって訳ないってバカ落ちる落ちるあーもうわかった降りるよ降りる!!」
半ば強引な腕力で引きずり降ろされ、部屋へと戻る。
そして僕が部屋に入るとモモ君は素早く窓を閉め、木製のテーブルを扉の前に運んでバリケードを作る。
「師匠、一緒に寝ましょう! いや寝てください!」
「寝相で抱き潰されそうだから断る」
「大丈夫です、寝相は良い方ですよ私! 現に枕もベッドも今まで無事じゃないですか!」
「だからと言っても淑女として弁えろよ、忘れてるかもしれないが僕の中身は男なんだぞ?」
「でも今は女の子ですし腕力じゃ私に敵わないですよね?」
「君は失礼な奴だ!!」
たとえ腕力で敵わなくても僕には魔術がある、いやそんなバカバカしいことに魔術を使う気もないが。
しかしモモ君は引く気がない、だからといって万が一でもサバ折りにされるのはごめんだ。
「……はぁ、心配なら先に寝ろ。 夜間は僕が見張りをしておく」
「えっ、でもそれだと師匠が眠れないじゃないですか?」
「誰が朝まで見張ると言った、3時間交代だ。 しばらくしたら起こすから今のうちに寝て置け」
「はぁーなるほどぉ、頭いいですね!」
「良いからさっさと寝ろ、それとも物理的に寝かしつけてやろうか?」
「はい、おやすみなさい!!」
掌に魔力を集めて脅すと、モモ君はあっという間にベッドへ潜り込んだ。
そのまま待つこと数十秒、深く毛布を被ったふくらみは深い呼吸と寝息をたてて微睡の中へと落ちて行った。
「……寝つきが良いのは才能だな、羨ましい限りだ」
だらしない寝顔だ、さきほどまで顔を蒼く染めていたというのに図太い神経をしている。
……それとも、自分なんかに背中を預けているから安心して眠っているのか。
「うーん……師匠ぉ……大丈夫ですかぁ……私が付いてますからぁ……」
「それにしてもどんな夢を見ているんだこいつは」
弟子の癖に師匠を守ろうとするとは無礼な奴だ、立場が逆だ逆。
そもそも実力なら僕の方が上だろう、運動神経なら百歩譲って劣っているかもしれないが、魔術の腕なら負けやしない。
「まったく……」
とはいえ、起こして問い詰めるわけにもいかない。 寝ている今だけは大人しいのだから。
結局その日は最初の襲撃以降何事もなく、予定通りモモ君を寝かせたまま平和な朝を迎えたのだった。




