誰かこいつらを止めてくれ ①
「へっきちっ!」
『わふ?』
「あー……気にするなダイゴロウ、ただのくしゃみだ。 レグルスに比べて冷えるからな」
心配そうな声で鳴くダイゴロウのために、焚火の薪を追加する。
ここはどうも草木が茂っていないせいか土地に保温能力がない、そのため日射が陰れば途端に空気も冷え込んでいく。 くしゃみのひとつも出てしまうものだ。
「なんだか悪寒もしてきたな、風邪でも引いたか?」
なんだか背筋に冷たいものが走る、レグルスとの寒暖差で体調を崩したのだろうか。
それとも虫の知らせというやつか…… いや、だがそんなまさかな。
僕がいないとはいえコルヴァスが同行しているんだ、いくらモモ君でもそこまでバカな真似はしないはずだ。 きっと。
「……うん、今のうちに最悪の最悪のそのまた向こうぐらいは心構えしておくか」
――――――――…………
――――……
――…
「……で、どうやって侵入するんだでっかいの?」
「提案があります、正面はあの黒い影が守っていますよね」
「うん」
一通り街の中を探索した私たちは、再びあの恐ろしい城の前まで戻ってきていた。
正面の入り口は相変わらず真っ黒な巨人が並んで守っている、正面突破は危険だ。
だからできるだけ警備が手薄なところ、人影たちが予想していないところから侵入したい。
「なので近くの建物からこう、私が頑張ってジャンプしてお城の上から忍び込みます! 名付けて大ジャンプ作戦!」
「おぉー! でっかいの、お前頭いいな!!」
「うわー初めて言われましたそんなこと! 感激で……へっくち!」
「どうした、風邪か!?」
「いやぁ、つい最近まで砂漠にいたから……寒暖差かな?」
なんだろう、師匠が私をケチョンケチョンに言い負かしてくる幻聴が聞こえた気がした。
でもたぶん気のせいだと思う、今回の作戦はさすがに師匠でも文句の付け所がないはずだ。 コルヴァスちゃんにも褒められるほどだもの。
「じゃあ早速行動です、どこか手ごろな建物を探して屋上から飛び移りましょう」
「だけどでっかいの、ないぞ! お城の周りに建物!」
「…………盲点!」
そうだった。 そもそもフォーマルハウトは人がいなくなってボロボロだ、形を保っている建物の方が珍しい。
そのうえビルが並ぶ日本と違い、この世界ではお城より背の高い建物なんて滅多になかった。
「うーん、それなら仕方ないですね。 プランBで行きましょう!」
「おお、まだ何かあるのかでっかいの!」
「はい、大丈夫です! 建物がないなら目いっぱい助走をつけてジャンプします!!」
「おぉー!!」
「というわけで掴まっててくださいコルヴァスちゃん!」
「わかった、頑張れでっかいの!!」
コルヴァスちゃんを背負い、一度息を整えてから物陰を飛び出す。
十分な助走距離を取れるのはこの広くて平らな大通りぐらいだ、もちろん身を隠すものなんてない。
だから城門を守る2人の人影も当然私たちに気づく。 黒くてよくわからないけど、こっちに首を動かした気する。
「ふぅー……よし、覚悟決めた! いっきまーす!!」
いやでも速くなる心臓をなだめ、一気に石畳を蹴り出す。
一歩、二歩、三歩、踏みしめるたびにギュンギュン加速していく身体はあっという間に周りの景色を置き去りにした。
「大丈夫ですかコルヴァスちゃん!!」
「うぅ゛ー! 平気だ、気にするな!!」
「よーし、じゃあ舌を噛まないようにしてください……ねっ!!」
四歩、五歩、六歩――――棒を構えた人影たちまであと一歩というところ、前に向かうエネルギーを全部真上に向け、跳ぶ。
そして私たちの身体は人影たちの頭上は余裕で越え、城門も越え、お城の2階まであっという間に届いてしまった。
「よしよし、ここまでは完璧です!」
「すごいぞでっかいの、ガジガジより速かったぞ!」
「そしてここからが問題です!」
「う?」
「着地のことまっっっっったく考えてませんでした!! どうしましょう!!?」
「う゛ぅ゛ー!!?」
「ごめんなさーい!!」
一度跳んでしまった身体はどう頑張っても止まってはくれない。
残念ながら屋根よりも高く跳べなかった私は、そのまま城壁に突っ込んで無事(?)にお城への侵入に成功したのだった。
――――――――…………
――――……
――…
「うぐぐ……ぺっぺっ! も、盲点その2……! 大丈夫ですかコルヴァスちゃん!?」
「うぅ゛ー……なんとか……」
「よ、よかったぁ……えーと、それでここはお城の中ですよね?」
口に入った砂利を吐き出し、辺りを見渡す。
ボロボロに朽ち果てた絨毯が敷かれた長い廊下には、枯れた花を生けた花瓶やクモの巣だらけの甲冑などが並んでいる。
朽ち果ててはいるけど、どことなくレグルスのお城と似た雰囲気を感じる。 侵入にはちゃんと成功したみたいだ。
「うぅ゛ー! でっかいの、お前はしばらく作戦考えちゃダメだ!」
「ど、どうしてぇ……」
「どうしてもだ! いくぞ、私についてこい!」
「はい……」
やらかしてしまった以上、もう私はコルヴァスちゃん相手に強く出られなくなった。
ナイフを構えた彼女に先導されて、静まりかえった廊下を抜き足差し足で歩く。
「……でっかいの、止まれ。 なんか来るぞ」
「えっ? なにかって……いやなにか来ますねこれ」
じりじりと進んでいくと、曲がり角の向こうから何か水っぽいものを引きずる音が近づいてくる。
廊下は一本道で隠れるような場所はない、逃げ場は後ろに引き返すか窓から飛び降りるくらいだ。
だから、ナイフと息吹を構えて待ち伏せた私たちの判断は間違ってなかったと思う。
『…………ゲ コ ォ』
……だけそれは曲がり角から顔を出したものが、廊下いっぱいを埋め尽くす巨大なヒキガエルみたいな生き物じゃなかったらの話だけど。