呪いと竜とバカ弟子と ④
「わ、ワニだぁー!?」
「ワニじゃないぞ、ガジガジだ!」
「そっかぁ、なら安心……」
『GUAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!』
「できないよねぇ!! 襲ってくるもん!!」
真っ黒いワニ(ガジガジ)は目いっぱい大口を開けて容赦なく私たちを食べようとしてくる。
しかも大きいのにかなり動きが早い、危うく一口で飲みこまれるところだった。
「なんで街中にワニがいるんですか!?」
「違うぞ、あれはガジガジだ。 動物の姿をしているけど生きてない、それっぽい形の呪いだ」
「生きていないんですか? じゃあなんで私たちを食べようと……うわったぁ!?」
「“呪い”だからだ! あれは生きるものを全部殺したいと思ってる、だから動くものを殺そうとする!」
「な、なるほどぉ……! それでここからどうやって倒せばいいかなぁ!?」
「頑張れでっかいの、私も頑張るぞ!」
コルヴァスちゃんと話している間に、私はワニの口にすっぽり飲み込まれていた。
なんとか噛みつぶされないように両手を突っ張って耐えている状態だ、とてもじゃないけどこんな体勢じゃ手も足も出ない……けど。
「……手も足も出ないなら、口を出す!」
もはや慣れた要領でお腹に力を込めて、竜の息吹を吐きだした。
師匠にしこたま飲まされた聖水のおかげで、私が吐き出す炎には浄化パワーが宿っている。
しかも硬そうな鱗の上からなともかく、体内からの攻撃だ。 ワニから見れば傷口に塩水を流し込まれているようなものだと思う。
『GUGYAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!??』
「うわったったった……! ぬ、抜け出せたぁ!」
「すごいぞでっかいの、あとは任せろ!」
「えっ、コルヴァスちゃん!?」
苦しむワニの口から吐き出された私と入れ替わりに、今度はコルヴァスちゃんが口の中へ滑り込んだ。
ザクザクと斬りつけるナイフの音と、血しぶきの代わりに飛び散る黒い液体。
一通り攻撃を終わると満足したのか、黒い液体にまみれたコルヴァスちゃんはすぐに飛び出してきた。
「よかった、無事だった! 早く逃げよ、聖水パワーも全然効いてないし!」
「効いてるぞ、時期に死ぬ。 私もダメ押ししてきたからな!」
「ダメ押し?」
『GU……GUGYA……!!』
ふふんと胸を張るコルヴァスちゃんの後ろで、大口を開けたワニが痙攣し始める。
もはや私たちは眼中にないようだ。 そして痙攣がどんどん激しくなると……ワニの頭上が音を立てて崩れ、巨体を埋め尽くすほどの瓦礫に押しつぶされて動かなくなってしまった。
「……な、なにごと?」
「呪いだぞ、ガジガジより私の方が濃いからな。 あいつの中に角をねじ込んできた」
「角って……まさか」
あらためてコルヴァスちゃんの頭を見ると、彼女の額から生えていた角が半分ほどの長さになっていた。
「き、救急車ー!? 大丈夫ですか、痛くないんですかそれ!?」
「平気だぞ、この角は呪いの塊みたいものだ。 でっかいのが触るとシュワシュワするからダメだぞ!」
たしかにちょっと手を近づけるだけで心なしか表面が溶けて滑らかになっている。
そうだった、あれも本当なら即死するレベルの呪いをギュっと濃縮した塊なんだ。 体内に直接撃ち込まれてただで済むものじゃない。
「ガジガジは私に呪われて不幸が降りかかった、もう動かない。 行くぞ、じっとしてるとまたいろいろ集まってくる」
「で、でもその角って放っておいて大丈夫なんですか?」
「平気だぞ、黒いやつらの肉を食べればそのうち治る!」
「そ、そっかぁ……たくましいなぁ」
「でないと生きていけない、そういう場所だぞフォーマルハウトは」
――――――――…………
――――……
――…
「私がおじじたちに拾われたのはもっと街の外だった、真ん中に近づくとおじじたちじゃ死んじゃうからな!」
梯子を見つけて地下道から脱出した私は、自然とコルヴァスちゃんの昔話を聞いていた。
別にこれといった理由があったわけじゃない、ただお互いに無言が辛かったからだ。
「そっか、お爺ちゃんたちは耐性がないから……コルヴァスちゃん一人で逃げてきたんですか?」
「違うぞ、その時はまだ赤ちゃんだ! あの真っ黒いやつらの中から出てきたらしい」
「それ、は……」
黒いやつら、というのはここに来るまで何度も見てきた人影のことだ。
うすうす感じていたけど、やっぱりあれは元々フォーマルハウトに住んでいた人たちなんだと思う。
つまり人影を浄化させるということは……
「でっかいの、あれを見てみろ」
「へっ? あっ、さっきのワニだ」
物陰から曲がり角の先を覗き込むと、黒い人影とワニが真っ黒同士が対峙していた。
ワニは地下道で見た個体よりもずっと小さい、大型犬ぐらいのサイズだ。 それに対して人影の身長は2m近い。
お互いに相手を見つめて一切動かない、何をしているんだろうと首を傾げた瞬間……人型が腕を伸ばしてワニを飲みこんだ。
「……!?」
「静かに、気づかれるぞ。 あいつらはああやって強くなる」
まるで2つのスライムを混ぜ合わせるかのように、グネグネと変形しながら人型がワニを飲みこむ。
やがて変形が泊まって立ち上がった人型の身長は、ワニを取り込む前より大きくなっていた。
「ああやって大きくなったり、たまに分裂して増えたりする。 この街じゃよくあることだ」
「び、びっくりしたー……それはそれとしてこの道を通るのは危ないですね、回り道探しましょうか」
「うぅ゛ー……たしかに見つかりたくない。 けどでっかいの、そっちの道は進んじゃダメだ」
「えっ、なんでですか?」
2m越えとなった人型に見つからないように迂回する小道へ入ろうとすると、コルヴァスちゃんが腕を掴んで止めてきた。
その顔は人型の肉を噛み千切った時よりも眉間にシワが寄っている、よっぽどこの先にはまずいものがあるらしい。
「……“お城”がある。 だからダメだ、あそこは私でも絶対に近づかないんだぞ」