呪いと竜とバカ弟子と ③
「……さて、うるさいのがいなくなって人心地つけるな、いやあ静かだ静か」
モモ君がいなければなんとまあ平和なことか、いっそ寝転がって昼寝でもしたい気分だ。
だがいくらダイゴロウがいるとはいえ、こんなところで眠るわけにもいかない。 東西南北どこに目を向けても呪いの山だ。
『くぅん……』
「ん、なんだダイゴロウ? ああこの腕か、焚き火の炭を擦り付けただけだから気にするな」
『わぉん!?』
腕に塗りたくっていた煤を叩いて落とす。
モモ君も見事に騙されてくれたものだ、さっさと僕を置いて進んでくれるならこんな回りくどい真似もしなくて済んだのだが。
『わっふぅ……』
「なんだその目は。 騙しはしたが僕だって不本意なんだぞ、あの2人に命を預けるのは」
『わふんふ』
「僕がこれ以上フォーマルハウトへ接近できないのは事実だ、だからあの2人に預けるしかないんだ。 あるいは僕の命を左右しかねない使命をな」
自分の命を他人に預けるというのは心地がいいものではない、まして相手はあのモモ君なのだから。
……不安だ、不安でしかない。 道草や寄り道程度ならまだいい、だが彼女がやらかすトラブルはいつも想像の10倍斜め上をいく。
無事に帰って来るのか? いやまず間違いなくなにかやらかしてくるはずだ、今のうちに胃薬でも飲んでおこうか。
「はぁー……モモ君、そこのバッグから薬草を……」
『………………わん』
「……なんだその目はダイゴロウ」
まったく不愉快だ、もはやそばにいるのが当たり前だからつい名前を呼んでしまった。
早く戻ってこいバカ娘、目の届かないところにいると気が気がじゃない。
――――――――…………
――――……
――…
「な、な、なにあれぇ……?」
「うぅ゛ー……“女王”の一部だ、黒いのたちもあんまり近づかない」
「女王って……もしかして幽霊船のこと?」
言われてみれば、あの黒いゼリー状のドームにも見覚えがある気がする。
アルデバランで幽霊船に襲われた時、飛び散った触手の破片もあんな感じだった。 色はもっと濃かったし中身も透けてはいなかったけど。
「それでその……あれは触っても大丈夫なやつですか?」
「わからない! でも私は平気だぞ!」
「うーん、そうだよねぇー……」
そもそもこの距離までフォーマルハウトに近づけるのがコルヴァスちゃんくらいだ、わからなくてもし仕方ない。
彼女が大丈夫なら聖水を蓄えた私も平気……だと思いたい、師匠を信じよう。
「よし、ここでまごまごしてても日が暮れる! 師匠の命がかかっているので早め早めに行きましょう!」
「よくわかんないけどわかった。いくぞでっかいの! でもどうやっていく!?」
「もうワーっていってガーって当たってグワーって感じで行きましょう!」
「わかった!!」
「じゃあ掴まっててねコルヴァスちゃん、いっきまっすよー!!」
コルヴァスちゃんを小脇に抱え、一気に丘を駆け下りる。 目指すはゼリーに包まれたフォーマルハウト一直線だ。
途中で何体か黒い人型も見かけたけど、聖水のおかげか向こうから逃げてくれた。 なんだかスターを取った配管工な気分になる。
そして障害物がなければフォーマルハウトまであっという間だ、見る見るうちにあのゼリーの壁が近づいてくる。
「でっかいの、あれぼよんぼよんしてるから気を付けろ! 頑張れば通り抜けられるけど頑張らないと弾かれる!」
「それは大変だ、じゃあ頑張ります!」
コルヴァスちゃんのアドバイスを受け、坂道の勢いも利用してさらに速度を上げて突っ込む。
そして衝撃に備えて目を瞑りながら壁に突っ込むと――――私たちの身体は何の抵抗もなく、ゼリーを貫いて街の中に転がり込んだ。
「うぎゃあー!!?」
「う゛ぅ゛ー!!?」
勢い余ってゴロンゴロン街の中を転がる私たちの身体は、建物にぶつかるまで止まることはなかった。
「う、うぅ……そっか、コルヴァスちゃんと私じゃ勝手が違うんだ……」
「うぅー……壁が溶けたぞ……」
さすが聖水パワー、呪いの塊でできた壁でも触れただけで浄化してしまった。
たぶん師匠が一緒にいたら呆れた顔をされているところだ、本当にこの先私たちだけで大丈夫だろうか。
「だけど面白かった! もう一度やりたいぞでっかいの!」
「うっぷ……ご、ごめん……目が回るからまた今度にしましょう……それに調査もしなくちゃ」
ゴロゴロ転がったせいで回る視界を気合で治し、あらためてあたりを見渡す。
街の中にはあの黒い人影は見当たらない、もしかして聖水パワーにおびえて隠れてしまったのだろうか。
それと外からじゃ気づかなかったけど波の音がする、どこからか潮の匂いも漂ってきた。 本当にここは海に近いんだ。
「でっかいの、長居はできないぞ。 “中”に入ると女王も気づく、いつ襲ってきてもおかしくないからな!」
「なんと、それは新情報ですね。 では早速レグルスのように遺跡を探しアバーッ!?」
「で、でっかいのー!?」
コルヴァスちゃんの手前、かっこつけて一歩踏み出したのがまずかった。
足元を見ていなかった私は、地面にぽっかりと空いた穴に気づかなかったのだ。 そのまま結構な高さから落ちて思い切り尻を打ち付けた。
「おおうううぎぎごごごふぎぃうぎぃ……! ひっひっふぅー……ひっひっふぅー……!」
「でっかいのー、気を付けろ! フォーマルハウトは地下道と穴ぼこがいっぱいだ!」
「そ、そういう事は早く言ってぇ……!」
できれば落ちる前に教えてほしかったけど、間違いは誰にでもあるからしょうがない。
でも私はもうダメかもしれない、この痛みはお尻が取れた疑いがある。 もうだめだ、私はここで死ぬんだ。
「大丈夫かでっかいの! 安心しろ、尻はくっついてるぞ!」
「あ、ありがとぉコルヴァスちゃん……もう少し立てるまで待って……」
「わかった!」
優しい子だ、悶絶する私を見かねて穴の底まで降りてきてくれた。
そして痛みが引いてきてようやく周りが見えてきた、どうやら私が落ちたのは下水道みたいな場所だ
水は流れていないけどどことなく食う気がモワっとしている、あまり長居はしたくない。
「ひっひっふぅー……よし、何とか立て……」
「ヴルル……でっかいの、待て」
壁に手を突きながらなんとか立ち上がると、コルヴァスちゃんが唸りながら腰のベルトからナイフを引き抜く。
彼女が刃を構えた先からは、水っぽい何かが這いずりながらどんどん近づいてくる音が聞こえてきた。
「運が悪いな、ガジガジだ。 あいつらは頭が悪いからお前でも襲われるぞ!」
「ガジガジ? いや、あれって……」
ずるりずるりと這いずって来る“それ”は、私でも知っているシルエットだ。
お腹を地面にくっつけた4足歩行、トゲみたいなウロコ、そして何より縦長で鋭い牙が生えた大きなアゴ。
これまで見てきた人影と同じく呪いの塊であることに間違いはないけど、それの形は間違いなく……
『 ン gI ハ゜ァ 』
「わ、ワニだぁー!?」
私たちを一口で食べられるほど大きいワニだった。