ゆうれいさわぎ ④
長耳種、人間の3倍ほどの寿命を持ち自然を愛する友好種族。
種族として皆が魔術の素養が高く、反面肉体面の能力は低い。
魔術師として優秀な種ではある、だが人類の文明圏にはなかなか顔を出さない生物のはずだ。
「申し遅れました、私はエドゥアール・ツィオルキン。 エルナト冒険者ギルド支部長です」
「驚いたな、時代も変わるものだ」
支部長と名乗るだけあり、男の実力は相当高いことが伺える。
佇まいからして隙が無い、いつかの盗賊が10人集まったとしても5秒と持たないだろう。
さて、自分が戦うとしたらどう切り崩すか……
「えーと、たしかライカ・ガラクーチカさんですね。 私の顔に何か……?」
「ああ失敬、エルフが珍しかったものでね。 しかし支部長様まで出てくるとはずいぶんな大ごとだ」
「無論です、10年前のオーカス信徒が起こした事件はまだ記憶に新しいですから」
おっとどうやら僕が知らない何かがあったようだ、とりあえず曖昧な表情で頷いておこう。
「……で、これからの対応は?」
「まずは件の屋敷周辺の聞き込み、そして教会と連携して周辺の浄化作業を至急。 それと明日にはギルドにて全体クエストを発布いたします」
「はい、受けます!」
「黙れ、君は口を挟むな」
これまで静観していたモモ君が突然名乗りを上げる。
記憶力がないのかこいつは、自分がどんな目に会ったか忘れた訳じゃないだろうに。 ……いや、忘れている可能性もあるな。
「けど教えてくれたじゃないですか師匠、そのオーカスって神様は危険なんですよね? なら早く捕まえないと!」
「それは君の仕事じゃない、第一君じゃスペクターに触れる事すらできないだろ」
「だから師匠も手伝ってください、お願いします! 弟子のピンチです!!」
「誰が誰の弟子だ、僕は認めた覚えはないぞ!」
「えーっ!? でも私が襲われた時弟子だって言ってくれたじゃないですか!!」
「はァー? 言ってないがー? そんなこと何年何月何時何分この星が何回……」
「ちょっとあんたら、ギルド長が困った顔してるからそろそろ話を戻しな」
少々ヒートアップし過ぎたところ、ステラからの仲裁が入る。
たしかにギルド長を蔑ろにしすぎた、本人も口がはさめず困った顔でほほ笑んでいる。
「ええと……クエストの参加は自由です、人手が多いほど助かるうえ情報提供だけでも報酬は支払うので」
「師匠、エドゥアールさんもこう言っていますし!」
「…………絶対に先走った真似はするなよ。 今回は運が良かっただけだ、次は見捨てる」
「はい、ありがとうございます!!」
どうせ言っても聞かない、それならある程度ガス抜きさせたうえで首輪をつけた方がマシだ。
それに駆け出し冒険者のモモ君よりも他の優秀な人材が先に黒幕を暴く可能性の方が高い、適当に日銭を稼ぎながら事態が収束するまで待てばいい話だ。
「それとあなた方が初めに受注した屋敷の清掃に関してですが、現場保存が必要なため一度保留とさせてください」
「妥当だな、だが中断したとはいえ仕事した分の報酬は貰えるだろう?」
「そうですね、ではこちらをお納めください」
「……本来の報酬よりも多いようだが?」
支部長は初めから用意していたのか、硬貨の詰まった革袋を卓上へと置いた。
だらしなく開いた袋口から覗くのは金貨銀貨、軽く見積もっても依頼書に掲示されていた報酬の10倍はある。
「あなた方が早期に発見してくれたおかげで被害も最小で済みました、そのお礼です」
「……わかった、受け取っておくよ」
本来なら辞退したいところだ、だがこの金額にはおそらく「期待」も込められている。
ここで断ってしまえばギルド長の面子を潰すことになる、貴重な収入源のリーダーに悪印象を与えても良い事はない。
「話は以上かな? そろそろモモ君も限界だ、僕たちはここで失礼するよ」
「ええ、お忙しい中ありがとうございました。 気を付けておかえりください」
「ご厚意痛み入るよ。 モモ君、終わったぞ、表で夕飯を済ませて宿に戻ろう」
すでに腹の虫が暴れはじめているモモ君を連れ、個室を後にする。
しかし扉を閉めてその姿が完全に消える瞬間まで、ギルド長の視線は僕らの背中を捉えて離さなかった。
――――――――…………
――――……
――…
「………………はぁー」
2人が退室したことを確認し、手付かずだった紅茶を一気に飲み干す。
冷や汗と緊張で喉がカラカラだ、面と向かった時間はほんのわずかだったが酷く長く感じられる。
「お疲れだねギルド長、どうだい? あんたから見てあの2人は」
「明日までに三つ星に昇格させておいてください、とてもじゃないが二つ星に収まる器じゃないですよ……!」
「相当だね、二つから三つは本来なら数か月はかかる昇格だよ」
「率直に言いましょう、あの幼子の方は化け物です」
気配も魔力も消していた自信がある、なのに部屋に入る前から勘付かれていた。
そして体の内に秘めた尋常じゃないほどの魔力、エルフの比ではない。 あの達観した喋り方と言い底が知れない。
「魔術師としての本能でしょうか、対面の席に座った途端に品定めされましたね。 全っ然生きた心地がしませんでした!」
「はいはい、良い男が泣くんじゃないよ情けない。 本当に殺されたわけじゃあるまいし」
「泣きますよそりゃあ! 彼女の魔力が薄ーく部屋に充満してたんですよ、全身にナイフを突きつけられたようなものです!」
100回奇襲したとして99回は死に、奇跡的に1回は刺し違える事もできるかもしれない程度の実力差だ。
エルフとして、そしてギルドを治める長としての自信が粉々に砕けてしまいそうだ。
魔術師としての次元が違う、あの年で辿り着くほどの才能と呼ぶには異質なほどに。
「まるでエルフを超える年月の全てを魔術の鍛錬に注ぎ込んだかのような……何者ですか彼女?」
「さてね、経歴は真っ白だよ。 だけど悪い子じゃないさ、アタシの勘がそう言っている」
「はぁ……愛する妻の勘なら信じますよ、あなたの手腕にはなんども助けられていますし」
「アッハッハ、嬉しい事言ってくれるじゃないかダーリン! それで、教会と協力する段取りはこっちで進めて良いのかい?」
「ええ、構いませんよ。 それに近々彼女も来訪するはずです」
頭の中に広げたスケジュール帳を確認し、明日の予定に二重丸を記しておく。
オーカス教の魔法遣いが使役する死霊の類には、皮肉な事に魔法が最も有効だ。
その中でも聖者と呼べるほどの敬虔な人間の力ならば、この街の破滅は間違いなく避けられる。
「……ロッシュ・ヒル。 アルデバランの聖女が訪れるなんて、まるで神が仕組んだような幸運ですね」




