フォーマルハウトの姫君 ②
「お、女の子……!?」
「フゥーッ……!!」
這いつくばるような低い姿勢から鋭い視線で私を睨んでくるのは、手足に擦り傷をたくさん作った中学生ぐらいの女の子だった。
肩にかかるほどで乱暴に切った髪は土に汚れても燃えるように赤く、犬歯をむき出しにして唸る姿はまるで野生児だ。
なにより目を引くのはその額に生えた角。 師匠の火球で照らされた真っ黒い角はコーヒーゼリーに似た光沢を放っている。
「お前、なぜ死なない!?」
「へっ? いやチクッとしましたけどそこまで痛い傷じゃないですし」
「毒でも塗っていたんだろ、あいにくモモ君には効かないけどな」
「そんな私をまるで怪物みたいに」
そういえば首にナイフが当たってから、腕のグローブがほんのり暖かくなった気がする。
もしかして毒を浄化してくれているのだろうか? だとしたらすごく便利な機能だ、ちょっと傷んだ食材でも美味しく食べられる。
「どうせくだらないことを考えている気がするから忠告しておくが、やめておけよ」
「くだらなくなんてないですよ! 師匠だって食料は大事って言ったでしょう!?」
「あーはいはい。 それでこの野生児が何なのか説明してもらえるかな」
「す、すまねえ……オラたちの姫様だ。 この土地に捨てられた連中を束ねてるだ」
「ヴゥ゛ーッ!! どういうことだお前たち!?」
「あー、とりあえず落ち着け。 まずはお姫様とやらの言い分を聞かせてもらおうか、なぜ僕たちを襲ったかについてな」
――――――――…………
――――……
――…
「……なるほど。 仲間の帰りが遅いから様子を見に来たら、僕たちに捕まっていたと」
「うー……!」
お姫様はいまだに師匠へ威嚇しているけど、私と盗賊の皆さんが間に入ることでなんとか話をすることができた。
まず彼女の名前は「コルヴァス」ちゃん、生まれた時からこの場所で生きてきた唯一の女の子らしい。
なんでも捨てられていた赤ちゃんをこの人たちが拾い、育てているうちに自然と姫様と呼ぶようになったとか。
「彼女の境遇は分かった、それでひとつ気になるんだが……その“角”はいったい何なんだ?」
「えっ、師匠もわからないんですか?」
「僕だって何でも知っているわけじゃないからな? 少なくともただの人間にこんな角が生える事象を僕は知らない」
「ウゥー!! 触るな!!」
師匠がコルヴァスちゃんの角に触ろうとすると、すばやく盗賊おじさんたちの後ろに隠れてしまった。
遠目で見る感じだと彼女の角は間違いなく頭から生えている、骨や脳がどうなっているのか心配になるぐらいしっかりと。
「姫様の角はオラたちもよくわがんね、命にかかわるもんじゃねえのはたしかなんだけども……」
「じゃあ大丈夫なのかな、師匠はどう思います?」
「……仮説は立てられるが、自信をもって話せるほどの確証がないな」
「すごい、名探偵みたいなセリフ初めて聞きました」
「ヴルル……! でかいのとちっさいの、お前たち何者だ?」
師匠と謎の角について話し合っていると、私たちを警戒するコルヴァスちゃんからごもっともなツッコミが入ってきた。
今のところ私たちは呪われた街を目指す命知らずにしか見えない。 けど……いったいどこまで話していいんだろう?
「僕らは訳あってフォーマルハウトを目指しているんだ、正確にはその街に隠されているものを探している」
「飯か?」
「違う、詳しくは話せないが建物だ。 君たちは何か知らないか?」
「知ってるもなんも、これ以上海に近づくのはよっぽどの阿呆か狂人ぐらいだ」
「そうだぞ。 私以外は近づけば死ぬ、呪いで体がぐにゃぐにゃだ」
「やっぱりか、どうしますか師匠……って、私以外は?」
「そうだぞ」
コルヴァスちゃんは当たり前のように頷き、周りの盗賊おじさんたちは「しまった」というように顔を手で押さえる。
「詳しく教えてくれ、君ならフォーマルハウトに近づけるのか?」
「ヴゥーッ!!」
「師匠、なんだか嫌われてますね」
「嫌われてない、腹が減っているんじゃないか? しょうがない、貴重な備蓄だが君だけ空腹を抱えるのも不公平だろう」
「ヴゥーッ!!」
師匠が荷物からパンを一つ取り出し、コルヴァスちゃんに渡す。
しかしその手は払いのけられ、零れ落ちたパンは地面に叩きつけられた。
「こ、こいつぅ……!」
「コラー! 駄目ですよ食べ物を粗末にするのは!!」
「ヴ……!?」
「モモ君、怒るところはそこじゃないだろ」
「いいや、ここは怒らないといけないところです! もったいないもったいない……」
すぐにパンについた土を払って自分の口に突っ込んだ。 うん美味しい、3秒ルール3秒ルール。
「もふがもがもがははふ! はももふんももふもっふがもが!」
「食べるか話すかどっちかにしろ」
「お、お前……そんなの食べてばっちぃぞ」
「もごもご……汚くないですよ、大事なパンです! 盗賊のおじさんたちも食べ物に困っていたんじゃないですか、なのにこんな粗末にしちゃもったいないですよ!!」
「ヴ……うぅ……」
「おお、姫様が押されてるべ」
しまった、あまりにもパンに失礼な態度を取られてつい大人げなく怒ってしまった。
コルヴァスちゃんも完全に怯えておじさんたちの背中にしがみついている。 どうしよう、このままじゃ私のせいで交渉失敗だ。
「モモ君、いいからそのまま話せ。 君が聞けば彼女も話してくれるはずだ」
「えぇ、でも……」
「大丈夫だ、見たところ姫様とやらは獣に近い格付け意識を持っている。 君に叱られたことでどちらが上か身に染みたところだろう」
「なるほど、師匠は嫌われていたんじゃなくてただ嘗められていただけなんですね」
「君と僕の上下関係もここで一度はっきりさせておくか?」
「コルヴァスちゃん、ちょっと聞きたいことがあるんですけど良いかなー!?」
危なかった、口が滑ってしまった。
師匠なら間違いなくやる、こうなったら何としてでもコルヴァスちゃんから話を聞き出さないと。
「な、なんだでっかいの! 私に何の用だ!?」
「でっかいのじゃなくて私は百瀬かぐや、こちらはライカ・ガラクーチカ師匠です! よろしく!」
「よ、よろしく……?」
私が手を差し出すと、コルヴァスちゃんも混乱しながら片手を差し出してくれた。
その手を両手でつかみえ返してブンブン振れば握手は成立、これで私たちは友達だ。
「それじゃ教えてください、コルヴァスちゃんならフォーマルハウトに行けるんですか?」
「あ、ああそうだ! 私ならあの場所まで案内できる!」
「だが彼の地は呪いで汚染されているんだろう? なぜ自分なら大丈夫だと言い切れるんだ」
「大丈夫ったら大丈夫だ! だって私はあの場所で生まれたんだから!!」




