呪われた地 ⑤
「水分ヨシ! ご飯ヨシ! 着替えヨシ! あとその他色々ヨシ! 師匠、準備OKです!」
「はいはい、ちょっと待ってろ」
「はーい」
時間はあっという間に過ぎるもので、気が付けば旅立ちの日はやってきてしまった。
もうすぐこの街を離れると思うと寂しくなる、きっとレグルスを離れたら王様たちと会う機会もめったにない。
「どうだ桃髪の? 余が用意した荷馬車は」
「あっ、王様! とってもいいです……けど、馬車ではないですよねこれ?」
『わっふ!!』
王様が用意してくれた馬車(?)にはウマはいない、代わりに車体を引っ張ってくれるのはやる気満々の大五郎だ。
どちらかといえば車輪がついた犬ぞりというのが近いかもしれない、それも一人で私たちと荷物を引っ張るぐらいパワフルなやつ。 さすが大五郎。
「本来は亜竜車となる素体をそなたたち向けに改造したものだ、ダイゴロウの馬力ならば十二分に牽引できるであろう」
「力持ちだなぁ……でももしかして私が引っ張った方が力強い?」
『くぅん……』
「ふはは! それではそなたが疲れるであろう、馬車は楽をするものだ」
「そうだぞ、バカ言ってないで早く乗れ。 日が暮れる」
「あっ、師匠」
いつの間にか王様の後ろに師匠も立っていた、すごく呆れた目で私を見てくる。
「もー、師匠を待ってたんですよ。 こっちは準備万端です!」
「念のために竜の気配を探っていたんだよ、亜竜含めまるで見つからなかったけどな」
「うむ、余の亜竜は近場のオアシスでバカンス中である。 安心せよ」
「ああ、テオに操られる心配がないのはありがたいな。 それじゃ……」
「――――せんせ!」
師匠がいざ荷馬車に乗り込もうとしたその時、後ろから飛んできた声が呼び止める。
振り返るとシュテルちゃん……を担いだ巨大五郎がこちらにガッションガッションと駆け寄ってきた。
「待ってせんせー!!」
『おう嬢ちゃん、ワシらに何も言わず旅立とうとは水臭いのう!!』
「ウワーッ!? 師匠、まさかシュテルちゃんたちに出発の日伝えてなかったんですか!?」
「おっと気づかれたか、逃げるぞモモ君。 ダイゴロウ、頼む」
『わんわんわん!!』
すごい勢いで迫ってくる巨大五郎から逃げるように、私たちを乗せた馬車は走り出した。
大五郎がぐんぐん速度を上げていくと、みんなの姿があっという間に遠ざかっていく。
「せんせ……! まだ私、なにも……!」
「師匠、シュテルちゃんが呼んでますよ。 返事」
「モモ君、代わりに返しておいてくれ」
「へ・ん・じ!!」
「……まったく、死にかけの人間に鞭を打つなぁ」
私がしつこく詰め寄ると、師匠は大きなため息をこぼして折れてくれた。
だってこのままお別れじゃあんまりだ、シュテルちゃんだって師匠のためにここまできたのに。
「あー、もしもしシュテル君? ボクのことは心配するな、君は君の道を……」
『せんせ! まだ私何もお礼ができてない!!』
たぶん風の魔術を使ったんだと思う、師匠が声を繋げた途端にシュテルちゃんの声が大音量で耳元に響く。
『せんせが助けてくれた……私の命も、人生も! だから、だから今度は私が……!』
「駄目だ、君じゃ力不足にもほどがある」
「師匠、そんな言い方!」
「だから学園に戻って腕を磨け、僕が居なくても君なら良い魔術師になれる」
『……せん、せ……』
「シュテル君、やっと掴んだ君の人生なんだ。 誰かのためじゃなく自分のために使ってくれよ」
そこで一度会話を切ると、師匠は人差し指を巨大五郎の肩に乗ったシュテルちゃんへと向ける。
すると指先に水球がぷくりと膨れ上がって、矢のようにまっすぐ飛んで行った。
『わっ……!?』
「餞別だ、次に会う時はこれぐらいできなきゃ話にならないぞ?」
『う、うん……うん! 私、頑張るから……またね、せんせ……!』
この距離じゃよく見えないけど、たぶん水の球はシュテルちゃんまで届いたんだ。
それが師匠が生徒へと送る、最後の授業だった。
――――――――…………
――――……
――…
「もー、師匠ったら素直じゃないんですからもー!」
「もーもーうるさいな君は、牛になりたいならそのまま横になって寝ていたらどうだ」
「モォー!」
師匠には一生口喧嘩で勝てる気がしない、怒りのあまり手に持ったパンを一口で食べきってしまった。
うん、やっぱり焚火で炙ったチーズをのせたパンは美味しい。 これは日本じゃ食べられなかった味だ。
「シュテル君のことはあれでいいんだ、彼女は僕に過度な憧れを持っていた。 どこかで振り切らなきゃ彼女の才能に蓋をしてしまう」
「そういう誉め言葉は面と向かって言いましょうよー」
「うるさいな、それより火の番を怠るなよ。 ここらへんの木は妙に着火しにくい、また火を起こすのは手間だ」
「はいはい。 でもこんなのんきにキャンプしていいんですかね……」
レグルスから次の目的地までは遠く、私たちは初日の夜を超えるために野営の真っ最中だ。
夜の灯りが少ない世界で見上げる星空はため息が出るほどきれいだけど、やっぱり半年のタイムリミットが気になってしまう。
「時間ばかり気にして焦ってはいけない、この先はどんどん呪いの震源地に進むわけだからな。 慎重に進まなければ足元をすくわれるぞ」
「なるほど、だけどシャワーもベッドもないのは大変だなぁ」
今まで王様に甘えてお城生活を満喫していた分、貧富の差に涙が出てしまう。
まだ1日も過ぎていないのにあのふかふかのベッドと温かいお風呂が恋しい。
「我慢しろ、言えば水ぐらいは出す。 この先は村らしい村もまるでないからな」
「呪われた場所に近づくわけですからね、みんなどこか遠くに避難したんだろうな……」
「だろうな。 そして町や村がないような場所には当然治安もない、するとどうなると思う?」
「うーん……あっ、もしかして私たち襲われます?」
「そういうことだ。 というわけでそこら中に隠れている連中、いい加減出てきていいぞー」
師匠が暗闇に向かって声をかけると、ぽつりぽつりと闇の中に松明の火が灯っていく。
私たちをぐるりと囲んだ灯りはぱっと見ただけで10以上はある、どうも私たちと一緒にキャンプしたい人たちという感じじゃない。
「女……女だ……」
「銀髪のガキとバカそうなガキ……」
「いいなぁ、女は高く売れるぞ……ツラもいい……」
「いいなぁ、ムカつくなぁ。 身なりも綺麗で金も食べ物も一杯だ……」
「ふむ、おおかた村や街を追われて行き場のなくなった盗賊崩れか」
「えええぇえぇ……どうするんですか師匠!?」
囲まれているというのに師匠はのんきにパンに乗せたチーズをうにょーんと伸ばしながら食べている。
緊張感がない、というよりも自分が対処するまでもないと言うように。
「モモ君、僕はシュテル君じゃなく君を連れてきたんだ。 当然この程度の期待には応えてくれるんだろうな?」
「う、うーん……わかりました、何とか頑張ってみます!」
「何をゴチャゴチャと言ってやがる! テメェらやっちまえ!!」
全力は尽くそう、せっかく師匠が任せてくれたんだ。
できるだけ怪我はさせないように、相手から逃げてもらえるように“説得”するんだ。




