呪われた地 ④
「急に呼びつけてすまないな、旅立ちの支度で忙しいだろうに」
「いえいえ、気にしないでください! 正直旅支度といっても何すればいいかわからないので!」
「それはそれで不安になるではないか」
王様に招待されたのはあの壁から水が流れる立派な部屋ではなく、窓から街の景色が一望できる小さな個室だった。
小さいといっても狭いわけじゃなく、家具やテーブルだって立派だ。 たぶん王様が内緒話をするときに使う部屋なんだと思う。
壁も防音性だ、グラスの音や私たちの話し声も響く感じがしない。 何より部屋には王様に付き添うメイドさんや護衛の人もいなかった。
『モモ君、何か妙なことをされたらぶん殴っていいぞ。 遠慮は無用だ』
「ふはは、容赦がないな純白の! そのうえやすやすと防音を超えてくるとはな」
「もー、師匠ったら……」
ただ部屋の外では不機嫌な師匠が待機しているので、この個室はお城の中で最も安全な場所だ。
たぶん王様を暗殺しようとする人が今来ても大丈夫だと思う、扉越しでも師匠の不機嫌オーラをビンビン感じる。
「……ふむ、向こうから音は飛ばせるがこちらの声は届かないようだな。 安心した」
「えーと、つまり師匠には聞いてほしくない話をするんですか?」
「まあそうなるな、とりあえず一杯どうだ? 安心せよ、酒ではない」
王様が水差しからグラスに注いでくれたのは透き通った液体だ、匂いもアルコールやジュースのようなものじゃない。
勧められるままにそっと一口飲んでみると、水だった。 すごい美味しい水、なにこれ。
口当たりも軽くてほんのり甘い、私が日本で飲んでいた水道水ってすごく薬臭かったんだなと思わせられる。 いやこれペットボトルの天然水よりずっと上だ、なにこれ。
「なるほど、王様は師匠に内緒で美味しい水を飲ませてくれるために私を!?」
「違うな」
「そうですか……ではどうして?」
「単刀直入に聞こう、純白のの限界はあとどれほどだ?」
つい口から水を噴き出すところだった、間一髪で全部飲みこんだけど変なところに水が入ってむせる。
そして隠すこともできなかった私の動揺を見て王様も察してしまったのか、少しだけ悲しそうな顔を見せた。
「ゲホッ、ゴホゲホウェッ!! な、なななんなんなんのことでしょうかぁ……!?」
「そなたは隠し事が下手であるな。 それもそなたの美徳ではあるが、用心した方が良いぞ」
「ず、ずみばぜん……」
「うむ、許す。 それで彼奴の限界はいつまでだ?」
「……半年と言ってました、本人は」
半年のタイムリミットを正直に告白すると、王様の眉間にできたシワがもっと深くなる。
ごめんなさい師匠。 ここまできたら隠すのも誤魔化すのも無理です、私にはできない。
「そうか、思ったよりも短いな」
「あのぅ、つかぬことを聞きますけど王様はどうして師匠の異変を?」
「なに、魔術師としての勘だ。 それに桃髪のが蔵書室に入り浸るなど何かあるに違いないと踏んでな」
「ひどい」
「……して、話を戻そう。 どうにか純白のの命を伸ばす術はないのか?」
「それをこの半年間で探さなくちゃいけないんです」
師匠の体調に気づいたのはついこの前の話で、進捗もなにもない。
今の私では正直何をどうすればいいのかすらわからない状態だ、できれば王様にも助言がもらえたら助かるけども……
「……魂の劣化か、余も聞いたことがない状態だ。 済まぬ」
「そうですか……いえ、王様が謝ることじゃないです」
期待して事情を話してみたけども、結果は空振りだった。
やっぱり師匠の問題を解決するのは簡単なことじゃないんだ、本当に私にできるんだろうか。
「余も調べられるだけのことは調べよう、魂など禁忌に触れる術であろうと余の地位ならば多少無理も聞く」
「あ、ありがとうございます……けどどうしてそこまで?」
「知れたことよ、余は欲しいと思ったものは絶対に諦めぬ」
王様はグラスに注いだ水を一息に飲み干す、それこそまるでお酒みたいに。
「しかしあれは頑固だ、説得するにも半年などではまるで足りぬ。 それにすぐに死んでしまっては悲しいではないか」
「師匠が聞いたらきっと怒りますよ、そんな言い方」
「ふはは! では言い方を変えようか、余は彼奴の在り方が好きなのだ」
「わ、わあ……!」
あまりにもストレートな告白に思わず頬が赤くなる。
でもいいんだろうか、人の恋路に口出しするのはウマに蹴られてしまうけど、師匠の身体は小学生くらいの幼さだ。
それに今こそ女の子の見た目だけど元々は男性と本人も言っている、私はこの恋を応援するべきかどうか。
「ひとつ言っておくが惚れた腫れたという話ではないぞ、この感情は魔術師としての尊敬に近い」
「尊敬、ですか?」
「うむ、この部屋に風魔術で包んだ音を届けるなど針穴に触れず砂粒を通すような神業だ。 それを平然としてやってのける、あれほどの術師は世界を探しても居るまい」
「そうなんですか? さすが師匠です!」
「そうだ、そなたは魔術師としてこの世で最も運が良い。 あれほどの師を口説き落とすとどのような手を使った?」
「別に私は死にそうで必死だっただけですよ、師匠が優しかったんです!」
物忘れがひどい私でもあの日のことははっきりと思い出せる。
どこまでも雪しかない世界に落ちてきた、星のように輝く髪の師匠との出会い。 あの時命を救われたからこそ、今度は私が師匠を助ける番だ。
「うむ、やはり余の目に狂いはない。 純白のは自由だからこそ美しいのだ、しかし余の元に欲しいという気持ちもある」
「じゃあどうするんですか?」
「自由に飛ぶがいい、そして何もかも果たしたときにはこのレグルスで再び羽を休めよ。 余はいつでもそなたたちを迎えよう」
すると王様はグラスを下げ、代わりに一枚の金貨をテーブルに置いた。
磨いたばかりのような光沢で輝くその金貨には色とりどりの宝石が埋め込まれている、見ているだけで目がくらみそうだ。
「餞別だ、遠慮せず持っていくがよい」
「こ、これっていくらぐらいのお金なんですか……? というかお金なんですかこれ?」
「うむ、世界で唯一かつ最高額レグルス硬貨であるぞ! おそらく単品では使えぬから旅先で換金するがよい」
「使えませんよそんなの!?」
「フハハ! では大事に持ち歩くがよい、その額ならばどこまで遠かろうと余の固有魔術が捉えられる!」
そうか、王様の魔術があれば金貨と自分の位置を変えられる。
つまりこれも星川さんが暮れた人形と同じ、旅先の安全を願うお守りということだ。
「そなたは友の死期を余に伝えてくれた、恩にはさらなる恩で返すのが世の流儀だ」
「……ヴァルカさん」
私の腕に装着された杖をそっと撫でる。
気のせいか、触れた温度は部屋の気温よりも少しだけ熱く感じられた。
「うむ、良い杖だ。 職人の腕がいいな……触れてもよいか?」
「ええ、好きなだけ触ってください!」
差し出した私の腕を王様が優しく触れる。
まるで赤ちゃんを撫でるときのように、とても優しく。
「……これも天命かもしれぬな、そなたたちなら何かしでかしてくれると余は期待している。 ヴァルカよ、2人の護衛は任せたぞ」
返事はない。 窓の外に見える夜空のどこか遠くから、竜のような鳴き声が聞こえた気がした。
なんだか元気が湧いてきた。 大丈夫、根拠はないけどきっとどうにかなる。
だってこんなにいろんな人が応援してくれているんだ、絶対に絶対に師匠は元気になる。 いや、私が元気にするんだ。
 




