呪われた地 ③
「ん……私も行く」
「駄目だよシュテルちゃん……」
「やだ」
もうじきお別れになることを伝えると、やっぱりシュテルちゃんからは強い反発を受けた。
気持ちは痛いほどわかる、リゲルからレグルスまで師匠を追いかけてきた仲だもの。 私にとってはもう可愛い妹みたいなものだ。
「シュテルちゃん、私たちがこれから向かうのはとっても危ない場所なんです。 ちょっと油断するだけで死んでしまうような」
「頑張る」
「駄目です、シュテルちゃんに何かあったら私たち親御さんに顔向けできません」
「…………」
「わー! 泣かないで泣かないで!」
頑張れ私、心が罪悪感に負けそうだけど絶対にイエスといっちゃいけない。
幽霊船の恐怖は嫌というほど知っている、フォーマルハウトにシュテルちゃんを連れて行くのはとてもすごく危険が危ない。
だから寂しいけど、ここでお別れしなきゃいけないんだ。
「……私、なにもできてない。 せんせを追いかけてきただけで」
「シュテルちゃん……そんなことないです、師匠を想う気持ちは届いてますから! 届いてなかったら私が怒ります!!」
「そうですぞ、シュテルさん。 誰かを案じて行動したあなたの意思は何よりも尊いものです」
「あっ、ミンタークさん! 徹夜でダウンしていたはずでは!?」
「今しがた蘇りました、話はアルニッタから聞いておりますゆえ」
死の行軍から復活したばかりとは思えない足取りで客間の扉を開けたのは、完璧に身だしなみを整えたミンタークさんだった。
お風呂にも入ってきたのはどこかさっぱりしている気がする、シュテルちゃんの前に立つその姿は教師の風格満々だ。
「シュテルさん、あまり迷惑をかけてはなりませんぞ。 ライカ様たちにも目的があるのです」
「で、でも……」
「もし今回の旅路に向かう際、あなたの学友が同行したいと言えばどうしますか?」
「…………断り、ます」
「同じことです。 ライカ様はあなたのことが大事に思っている、その身を案じているからこそ同行させたくない」
「…………むぅ」
シュテルちゃんはまだ納得していない様子だけど、「大事に思われている」という言葉が効いたのか少し嬉しそうだ。
おかげでそれ以上は何も言わず、涙を拭って諦めてくれた。
「ミンタークさん、ありがとうございます。 それでその……すみません、ちょっと急ぐ事情があって師匠はリゲルに戻れないんです」
「わかっていますとも、胃が絞られる思いですがなんとかいたします。 ライカ様はよく勤めてくれた、これ以上は望みませぬ」
「ミンタークさん……メイドさんに頼んで胃薬貰ってきます?」
「なんのこれしき……わが学園は不滅ですぞ……!」
ミンタークさんは胃の当たりを抑えて血涙を流している、よほど優秀な教師を失うのが惜しいみたいだ。
学生たちも悲しむだろうな、とくにプレリオン君はとくに師匠のことを気にしていた。
師匠、あなたのことを好きな人ってこんなに多いんですからね。
――――――――…………
――――……
――…
「やだー!! 私もついて行くのー!!!」
「星川さぁん……」
王様が用意した特別個室でギャン泣きしながら床を転がっているのは、シュテルちゃんよりずっと年上な大人のはずだ。
なのになぜだろう、シュテルちゃんよりずっと連れて行くのに不安を感じる。 なにより師匠が絶対に良い顔をしない。
「うん、ダメですね」
「そんなぁ! 私なら大五郎君も整備できるよ!?」
「うーん……やっぱダメ! というか星川さんはわざわざ危険な目に合うこともないでしょ!」
「私も悩んだけど身分不相応なお城生活より推しを追いかけたいの!」
「アルデバランでのお仕事頑張ってくださいね」
「ヤダー! ライカちゃんのそばで彼女が吐いた二酸化炭素を摂取していきていたいのー!!」
ちょっと変な人かなと思っていたけど、ここまで様子がおかしい人だったっけ。
アルデバランで別れてから会えなかった時間が彼女をここまでおかしくしたのかもしれない。 師匠、罪深い人だ。
「ぐぬぬ……しょうがない、代わりにこれを私だと思って持って行って」
「えっ、ありがとうございます。 なんですかこれ?」
涙目の星川さんから託されたのは、毛糸を編みこんで作った人型の人形だ。
胸の中心には照明の灯りを受けてきらきら光る石が埋め込まれてる、まさか宝石だろうか?
「お守り人形だよー、モモちゃんって魔力が少ないって嘆いてたでしょ? その宝石にちょっとだけ魔力を充電しておけるの」
「えー、すごい! ありがとうございます!」
「あはは、そんなすごいものじゃないけどねぇ。 あと人形はちょっとした呪詛除けになってるから、できるだけ身に着けておいてね」
「すっごぉい……」
至れり尽くせりだ、王様が星川さんを雇いたい気持ちもわかる。
もしこの人がアルニッタさんたちと手を組み、ゴーレムや魔導機を作ったらいったい何が出来上がるんだろうか。
「でも私がもらっちゃっていいんですか? 師匠に渡した方が良いんじゃないです?」
「あはは、私が作ったものだってわかるとイヤがられそうだから」
「あー……」
「それにライカちゃんよりモモちゃんの方が危険な目に合いそうだもの、同郷の好だと思って受け取って」
「星川さん……ところでこの胸の宝石って私の杖に使われたものと同じじゃ」
「アッ……ッスー……ちょっと端材が出たのでぇ……借りちゃったというかぁ……」
やっぱりこの人もアルニッタさんたちと同じモノづくりマニアだ、たぶんあの王様なら許してくれると思うけども。
そしてもしかして私、身に着けてるもののお金にするととんでもない額になるんじゃないだろうか。
「おっと私ちょっと用事思い出したから~じゃあね~」
「ほ、星川さーん!」
気まずくなってしまった星川さんが風のような身のこなしで部屋から逃げる、どこで身に着けたんだろうあんな動き。
追いかける気すら起きないあっという間の出来事だ、私だけぽつんと部屋に取り残される。
「……なんだ今の? 変質者が変な動きで逃げて行ったが、何かしたのか君は」
「あっ、師匠……と、王様」
逃げた星川さんと反対側からバスローブを着た王様を連れた師匠がけげんな顔で部屋に入ってきた。
「邪魔するぞ、桃髪の。 少し余と話さぬか?」
「えっ、私とですか?」




