皇帝 ⑤
「どういうことだ? 君は僕らを敵視していたはずだが」
『じゃあかしい、ワイかて命令されたアルゴリズムに従っとるだけや。 こんなイレギュラー想定してへんねん』
縄を解かれたイカロスさんは大きく背伸びをし、コキコキと肩を鳴らしながら関節を回す。
人間ならそこまでおかしくないけど、ロボットの肩から音が鳴るのはどうなんだろう。
『よっこいしょっと……おうそこの兄ちゃん、ちょっとここに血垂らしてくれんか? 純粋な人間あんただけやろ』
「ほう、王の血を求めるか。 よかろう!」
『いちいち声デッカいなこの兄ちゃん』
王様は親指の腹を自分の歯で嚙み切り、イカロスさんが抱える金属板の上に垂らす。
板の表面には薄い溝が彫ってあるのか、一滴だけ垂らしたはずの血はじわじわと広がって魔法陣のような模様を生み出した。
「師匠、これって何ですか?」
「……鍵だな。 血液から何らかの情報を照合して扉を開くように組まれている」
『ほー、ぱっと見ただけでようわかるな。 まあええわ、ついでにこの板きれをそこのくぼみに嵌めといてえや』
「なんだ人使いが荒いゴーレムだなぐぎぎぎ……!」
「あーもー、無茶しないでくださいよ師匠」
師匠の手から金属板を取り上げ、代わりに壁にぽっかりと空いたくぼみにはめ込む。
スクールバッグぐらいの大きさをした板は中までみっちり金属が詰まってる重さだ、師匠に持てるわけがない。
『おどれずいぶん非力やな、そんなんで人類滅ぼせるんか?』
「だからハァ……人違いだと……ハァ……言ってるだろ……!」
『ほーん、うっさん臭いなぁ。 まあええわ、ちょっと離れとき』
くぼみにしっかり金属板がはめ込まれていることを確認すると、イカロスさんは壁から生えたキーボードを叩き始める。
そのタイピングは残像が見えるほどだ、こればかりは人間にはまねできない。
最後に(たぶん)エンターキーをタァーンと強めに叩くと、金属板を嵌めた壁が左右に開いて、その奥に隠されたものが私たちの前に現れた。
『先に言うとくけど“これ”について名前を付けたり呼んだりしたらあかんで、バベルに見つかるギリギリのライン踏んでんねん』
「……ほう、見たところ魔力の気配は感じられぬな。 それに壊れているように見えるが」
「それでこれはなんだ? ゴーレムの失敗作か?」
『ちゃうわ! ……けど知らんか、そうか』
「えっと……イカロスさん、私これ知ってます」
おそるおそる手を上げると、師匠たちの視線が一斉に私へと集まった。
そしてすぐに師匠が私の背後に回り込んで羽交い絞めにしながら、王様が私の目を覆う。
「よし、まずは落ち着けモモ君。 何もしゃべるな、君の勘違いかもしれないが万が一があり得る」
「桃髪の、まずは目を閉じて深呼吸だ。 何も見なかった、良いな?」
『待っとれ、今目隠しと猿ぐつわ用意したる! それまでなんとかその嬢ちゃん抑えといてくれ!!』
「私の信用なさすぎじゃないですか!?」
「君の前科が多すぎるんだよ」
「ひどい!!」
師匠はともかく、王様や初対面のイカロスさんまで隙のない連携だ。
さすがに私もそこまでバカじゃない、うっかりNGワードをつぶやかないように気を付けることぐらいできる。
……でも何がどこまでNGワードに当たるんだろう、なんだか不安になってきた。
「モモ君、君ははいかいいえだけで答えてくれればいい。 このよくわからないオブジェが何か知っているか?」
「はい!」
「そうか、これは僕らも知っているものか?」
「う、うーん……? たぶんいいえ」
「では君の世界にあったものか?」
「…………はい」
私も実物を見たことはない、それでも見ただけでわかるぐらいには有名なものだ。
クシャクシャに折れて焦げてしまった黒いような青いような長方形の羽に、割れてしまったパラボラアンテナ。
不格好だけどいろんな技術や工夫が施されたその機体のことを、私たちの世界では「人工衛星」と呼んでいた。
「イカロスよ。 “これ”や“それ”ではいささか呼びにくい、こやつに仮の名を与えてもかまわぬか?」
『ええけどNGに引っかかりそうな名前つけたらあかんで』
「モモ君、任せた。 僕らじゃ何が危うい名前なのかすら判断もできない」
「じゃあコゴロウで」
『誰やねんコゴロウ』
「はやぶさ」や「ひまわり」は危なそうだから頭に浮かんだ名前をぱっと口に出してみたけど、なんとなく師匠たちの手ごたえは悪い。
ダメだろうか、大五郎から連想してコゴロウ。 私は結構お気に入りだ。
「まあいい、それでコゴロウは渡来人の世界から漂流してきたのか?」
『ちゃうちゃう、この世界の人間が作り上げたもんや。 そもそも渡来人の漂流が活発になったんは厄災どものせいやで』
「なに? それは初耳だな、原因はテオか? ラグナか?」
『名前は知らん、けどアーカイブの情報によると銀色の円盤に乗った胡散臭いガキや』
「銀色、銀色かぁ……知らない子ですね」
「…………なるほど、ヌルか」
私と違って師匠は心当たりがあるのか、顎に手を当てて考え込むモードに入ってしまった。
こうなった師匠は邪魔すると不機嫌になってしまう、少しそっとしておこう。
「それでイカロスさん、このコゴロウが私たちに見せたかったものなんですか?」
『せや、あいにくワイたちが滅びた原因を直接伝えることは出来ん。 せやからこうして手掛かりを示すしかないんや、回りくどいけどな』
「ふむ、余の城に持ち帰り飾っても良いか?」
『ダメに決まっとるやろアホンダラァ、もっかい世界滅ぼす気か?』
「もう一度か。 イカロスよ、そなたはかつて人類が滅びたと申すが……余たちはこうして今も平穏な日々を過ごしておる、それはなぜだ?」
『さあな、ワイはその過程を観測してへんから何も言えへんわ。 ただ、今の世の中は決して平和なもんやないで』
「それってどういう……」
『災厄が生きている限り、遅かれ早かれ同じことが起きるやろ。 ワイから言えるのはそこまでや』
イカロスさんが再びキーボードを叩くと、開いた扉が閉じてコゴロウの姿を隠してしまう。
次に壁に張り付いたモニターが点灯すると、この砂漠からどこか遠い場所を繋ぐ地図が表示された。
『手がかりを辿れ、ここと同じような場所がほかにもある。 ワイは疲れた、そろそろ休ませてくれや』
その言葉を最後に、イカロスさんの身体はガックリと脱力して倒れこんだ。
たぶんもう揺すっても叩いても起こせない。 また私たちのような誰かが来るその日まで、彼は永い時間を眠って過ごすんだ。




