遥かな遺産 ⑤
「……モモ君、こいつは何だと思う?」
「何って……ノートですかね」
師匠と一緒に地下遺跡の村を探索中、変化が起きたのは3軒目の家だった。
室内は今までの2軒と同じように綺麗に整頓され、家具やベッドの上には埃もない。
ただしほかの家と違って今回は机の上に一冊のノートが置かれていた。 私にとって懐かしさすら覚えるシンプルなデザインのキャンパスノートが。
「これ、私の世界にあったノートです……もしかして渡来人さんが住んでいたんですかね?」
「かもしれないが、状態が新しすぎるな。 これはリゲルと同じく……」
師匠が罠がないかノートの周りをチェックすると、一息にページをめくった。
ノートなので当たり前だけど文字が書いてある、だけど私にはアラビア語めいたそのヘニャヘニャした文字を読むことができない。
「やはり加護で保存されているな、バベルの効力外だ」
「びっしり書いてありますけど全然読めませんね。 師匠はわかりますか?」
「……1000年前でうろ覚えだがこの字は知っている、たしかかつて滅びた国で使われていた古代文字だ」
「師匠の時代で古いって、何年前の話になるんですかそれ」
「さあな。 少し待て、解読できるかもしれない」
「わっかりましたー! じゃあ私は邪魔にならないように……うん?」
『オソージシマス! オソージシマス! オソージシマス!』
なんだかガンガン音がすると思ったら、私の足にモップが生えたルンバみたいなロボットがぶつかっていた。
「ウワーッ!? 師匠、なんか可愛いのがいます!」
「ん? なんだ、非戦闘用のゴーレムも動いているのか」
『オソージシマス! オソージシマス! オソージシマス!』
決められたルートしか走れないのか、私が足を退けるとルンバゴーレムは家の中を隅々まで走りながらモップを掛けていく。
ちっちゃいアームを伸ばして窓ガラスは水拭きから乾拭きまでキッチリ済ませ、私たちが乱してしまったベッドシーツも整える。
一家に一台欲しい仕事ぶりだ、持って帰っちゃダメだろうか?
『オソージシマス! オソージシマス! ノートヲ! ノートヲ!』
「あれ、もしかしてこの子ノートを探してませんか?」
「放っておけ、どうせ清掃以外の作業は設定されていないだろ」
『ノート発見! ノート発見! 神ヨー!』
「うわー!? なんだこいつ!」
『更新完了! 更新完了! 次ノ家ー!!』
ルンバゴーレムが祈るようにアームを組むと、師匠が持っているノートが一瞬ピカっと光る。
そしてノートを光らせたことを確認すると、掃除を終えたゴーレムは次の家に向けてすぐに飛び出して行ってしまった。
「師匠、大丈夫ですか!?」
「いや、僕はなんともないが……まさか今のゴーレム、このノートに保護魔法をかけ直したのか?」
「あー、なるほど。 賢いゴーレムさんなんですね」
「いや賢いどころの話じゃないだろ、あんな雑な祈りで魔法が扱えてたまるか」
「でも実際に扱えていたんですよね?」
「それはそうだが……ああもう、君も暇ならさっきのゴーレムを追いかけろ。 その間に僕は解読を進める」
「わっかりましたー! 寂しくなったら呼んでくださいね、すぐに駆け付けます!」
「誰が呼ぶか」
謎のノートも気になるけど、そちらは師匠を信じて解読を待とう。
どうせ仕事がないなら身体を動かす方が性に合っている、師匠も何か気になることがあるようだから素直にゴーレムの観察を頑張ろう。
「まったくあのピンクは……さて、続きは――――」
――――――――…………
――――……
――…
■月■日
変な女の夢を見た、起きたらこの白紙の本が枕もとに落ちていた。
まあ世界が終わるならこういう事もあるだろう。 せっかくなので俺の日記に使う。
こんな男の雑記に使うにはもったいないほど良質な紙だが、いまさらそんなことを気にするやつもいない。
人生最後の贅沢にはちょうどいいじゃないか、俺にはこれから死ぬまで暇つぶしが必要なんだ。
■月■日 晴れ(これいるか?)
今日の天気も書き加えることにしたが、どうせこの偽物の空には晴れしか映らないから意味がないな。
乾パンを齧って水を飲んで寝る、他にやることがないから困ったもんだ。 日記に書くことが増えない。
仕方ないからゴーレムたちに交じって農作業をしてみた。 こんなことのために鍛えた体じゃないんだけどな。
■月■日
くそが、筋肉痛だ。 農夫たちのありがたみが分かった、来世があるなら反省する。
今日は少し天井が揺れた。 外ではまだ諦めの悪い連中がドンパチやってやがる。
昨日避難してきた連中が言ってたが、一夜にしてバカでかい塔が立ち始めたらしい。 なんじゃそりゃ?
■月■日
今日は最低の日で最高の日だ。 俺が生き延びたのは幸運か? それとも不運か?
チクショウそういうことか、直接的な言及はあの塔に見つかる。 俺たちは言葉の自由すら奪われた。
俺たちは成し遂げただけだ、なのになぜこんな仕打ちを受ける? どうして数人のガキから逃げ回らなくちゃならないんだ。
エリアCはもうダメだ、Eまで撤退する。 この本だけは持ち出せてよかった、念のため保護もかけておこう。
■月■日
人類はあとどれほど生き残っているんだろうか、もしかしたら俺たちが最後かもしれない。
ちょっとだけ覗いてみたが外は相変わらず吹雪と業火が覆ってる、この世の終わりか? 終わりだったわ。
何もなければゴーレムたちのおかげで俺の暮らしは安泰している、問題はすぐそこまで奴らの手が迫っていることだが。
自決用の毒薬は用意してある。 心残りはこの本ぐらいだ、できればすべてのページを埋めたかったな。
■月■日
寝不足だ、昨日は竜の嘶く声がうるさくて寝付けなかった。
だんだんと近づいてきている気がする、俺たちの余命も秒読みだろう。
となりのコミュニティでは聖人に頼めばこの地獄から解放され、極楽の夢を見続けることもできるらしい。
魅力的だが俺は止めておくことにする、寝たら日記が書けない。
■月■日
清掃ゴーレムを改造して祈りを代行してもらうことにした、これで俺が死んでも保存がきくはずだ。
もしもこの日記を読む誰かがいるなら教えておく。 空は諦めろ、「あの言葉」すら呟くな、一発で見つかる。
何か奇跡が起きて人類が再興したときは地に足つけて生きろ、もしくはあのバカデカい塔を探してみろ。
この世に神なんていないんだ。
■月■日
今日はなぜか外が静かだ。 まさか竜が負けるとは思えない、とうとう外の人類が絶滅したのか?
このコミュニティも人が減ってきた、みんな“安楽死”を望んだようだ。
俺は最後まで生きるからな、それまで付き合ってくれよ相棒。
■月■日
くそが
だめだ
■月■日
相棒は清掃ゴーレムに託す、最後に祈りを込めて。
別に長生きできるとは思ってない、俺たちの番が回って来ただけだ。
だけどこんな終わり方はないだろ。
空から
チクショウ
あの塔は
相棒、お前に書くこともこれが最後か。
死にたくない。 俺たちはまだ死にたくなかったんだ。
頼む、だれかあのクソッたれの塔をへし折ってくれ。




