ゆうれいさわぎ ②
「し、師匠おぉおぉぉ……!!」
「喋るな、ひっつくな、鼻水をつけるな。 まったく君は厄介ごとを引き寄せる天才か?」
抱き着く私を今度は引き剥がそうとする師匠だけど、圧倒的に私の腕力の方が強い。
恐怖で泣きじゃくった私の顔は酷い有様だったと思う、それでも寒くて凍えて心細くて師匠のそばから離れたくなかった。
「まったくスペクターとはな、こんな街中で何の冗談だ?」
『オオオ……オオオォォオオォォ……!!』
縋る私には一切目も向けず、師匠が見つめた先には発光する煙のようなものが浮いていた。
不気味に光る輪郭はうにょうにょと蠢いていて、煙の中心には酷く苦しそうな人の顔が浮かんでいる。
「な、ななななんですかあれ……お化け!?」
「悪霊、死体に残留した魔力を宿にする寄生虫のような存在さ。 生きる人間から生気を吸い取って殺してしまう」
「お化けじゃないですか!!」
「幽霊ではない、不定形だがれっきとした生き物だ。 決して死人が蘇ったものじゃない、間違えるなよ」
師匠は断言するが、私にはあれが幽霊としか思えない。
浮かび上がる人の顔は老人のように見える、あれはもしかしてこの屋敷の主人では?
きっと勝手に家探しする私達を怒って化けて出た……
「恐れるな、呑まれるぞ。 すでに随分吸われただろ、君は休んでろ」
「あっ……はい」
身体の震えを察してか、師匠は私の頭を撫でて落ち着かせてくれる。
すごい、改めて至近距離で師匠の顔をまじまじで見ると本当に顔が良い。 恐怖なんて忘れてしまう。
まつ毛長いし色白だし二重だし目もパッチリしてるし、うわあ一度ちゃんとおめかししてほしい絶対すごいことになる。
『あ゛ア゛ア……ウウウ゛ォォオオォ゛ォ……!!』
「さて、言っておくが俺は怒っているんだ。 容赦はないと思え」
苦しそうに吠える悪霊を前に、師匠は一歩も引かない。
それどころか彼女の背後から立ち上る熱気は火力を増している、これは明らかの先ほどの比じゃない魔術が……
「……って、駄目ですよ師匠! この屋敷まで燃えちゃいます!!」
「チッ、面倒だな。 なら“爆ぜろ”」
慌てて止めると、師匠は呪文を切り替えて、目の前まで迫っていた幽霊を爆発で吹き飛ばした。
盗賊のボスが使っていた魔術と同じだ、けどなんというか繊細さが全然違う。
目の前で爆発が起きたというのに私たちに火の粉の欠片すら飛んでこない。
『アアア……ウウオオアアァオウア……!!』
「覚えておけモモ君。 相手は見ての通り実体がない、大抵の攻撃はほとんど効かないと思え」
「えっ、じゃあどうするんですか!?」
師匠の言う通り、爆発で散り散りになったはずの幽霊の身体はあっという間に戻っている。
煙みたいな体ではこちらが殴ったり蹴ったりしても効くはずがない、もしかしたらかなりピンチじゃないだろうか。
「魔法遣いがいれば楽なんだがな、ない袖は振れない。 故にごり押しで行こうと思う」
「と、いいますと……?」
「ほとんど効かないと言っただろう? “穿て、焔の矢―――並べて、十”」
師匠が詠唱を紡ぐと、私達と幽霊を挟む空間いっぱいに、炎をねじって作られたような矢が現れた。
そして息を飲んだ瞬間、一本も余すことなくすべてが幽霊に襲い掛かる。
霧散した欠片すらも逃さずに貫きながらも、屋敷には焦げ跡ひとつ残していない。
「スペクターは人間の生気……まあ熱量と言い換えてもいいものを吸収している、だからこちらから矢継ぎ早に熱を加え続けたらどうなるとおもう?」
「えーっと……ご飯を食べ過ぎたようなものですから、倒れる?」
「優しい表現だな、もっと正確に言うなら吸収できる許容量を超えてパンクするんだよ。 ほら“爆ぜろ爆ぜろ”」
『ウオオオオオオアアアアアア……!?』
「ひ、ひえぇ……」
炎の矢と花火のような爆発が隙間なく幽霊を襲い続ける、可愛そうになるくらい一方的な暴力だ。
……たぶん、私の背中に走るこの寒さは幽霊だけのせいじゃないと思う。
『ウ……アアァ……ギャアアアアアアアアア!!!!』
そして師匠に指一本すら触れないまま、最期の絶叫を残して幽霊は爆発四散した。
私は凍えて死にかけたというのに、師匠はその場から一歩も動かず汗一つかいていない。
「……おいモモ君、終わったぞ」
「へっ? ……あ、ああはい、そうですね!」
「ふん、少し目を離すとすぐこれだ。 ロスした時間はすぐに取り返せよ」
額に触れたり脈を計ったり、一通り私の体調を確認すると師匠はすぐに私を突き放した。
それでもまだ肌寒いけど、いつの間にか現れていた火の玉が私の周りをグルグル回りながら温めてくれている。
「あ、ありがとうございます師匠……えへへ」
「何笑っているんだ、良いから仕事に戻るぞ。 手伝え」
「えっ? 手伝うって何をです?」
師匠は休む暇もなく、足の踏み場もない廊下をかき分けて進んでいく。
そういえばなんで彼女は二階まで登って来たんだろう、私は助けを呼ぶことも出来なかったのに。
「ちょっとちょっと、今の爆発音はいったいなんだ!?」
「あっ、依頼人さん。 いやー話すと長くなるんですけども……」
するとそこへ血相を変えた依頼主さんもやってきた。
やっぱりあの激しい爆発音は外まで聞こえていたらしい、なんて説明すればいいんだろうか。
「スペクターが現れた、この屋敷の主に寄生していた個体だろう。 何か身に覚えは?」
「す、スペクター!? 身に覚えも何もあるわけないじゃないですか! なんでこんな街中に!?」
「その答えを今探している、はじめは他のガラクタが邪魔で気配が分からなかったが……この辺りだな。 モモ君、この辺りを掘り返してくれ」
「はい? わ、わかりました!」
師匠に呼ばれ、指示された辺りの遺品を一階と同じ要領で運び出す。
発掘される品物も今までとそこまで変わりはない、元の世界で見たことがあるようなデザインのものばかりだ。
「……モモ君、一度止まれ。 見つけたぞ」
そのまま何度か同じ作業を繰り返していると、何かを見つけた師匠が私が抱えた遺品の山に手を突っ込む。
細い腕で器用に探り、やがてゆっくりと引き抜かれた腕には丸い鉄板らしきものが握られていた。
「そ、それはまさか……!?」
「やはりか。 依頼人、驚いているところ悪いが教会から人を呼んでくれ」
師匠が引っ張り出したものを確認すると、依頼人さんは蒼い顔をして後ずさる。
その鉄板の表面には、丁寧に掘られたドクロとヘビの絵が刻まれていた。
「―――邪神教の聖刻印だ、早く手を打たないと被害が増えかねないぞ」




