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異世界ベテラン幼女師匠  作者: 赤しゃり
本編

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雨に紛れてしまえばいいのに ②

 強い魔術を使うたび、身体から力が抜けるような違和感があった。

それでもただ疲れているだけだと目を逸らした、信じたくはない現実から。


「僕の命は長く生きすぎた、繰り返される肉体への移植で摩耗していた。 そうだろう?」


「……はい、ペストちゃんも同じような話をしてくれました」


「やはりか、ただの運動音痴と思っていたが魂の劣化が原因とはね」


「劣化すると、どうなるんですか?」


「どうもこうも、死ぬだけだよ。 まあ1000年生きたんだ、これ以上望むのは欲深いというものさ」


「っ……!」


 モモ君はまるで自分の身体が引き裂かれたかのように顔を歪める。 おかしな子だ。

出会ったときからそうだった、お人好しで考え無しで向こう見ずで余計なトラブルばかりを引っ張ってくる。

まるで他人の痛みを自分のことのように背負い込むせいで、何でもかんでも首を突っ込んでは、いくら損を被ろうと反省しない。 


「方法は……方法はないんですか!? ほら、師匠なら頭もいいですし何かきっと方法が!」


「ないな、そもそも魂を他者の肉体に移植するなんて術が禁忌の域なんだ。 方法があったとしても君の倫理で許容できるものとは思えない」


「だ、だったら……だったら…………」


 モモ君の声がしぼんでいき、雨音にかき消される。

僕ですら思いつかない方法が、この世界の知識に疎い彼女に思いつくはずもない。

そもそも人がいつか迎える「死」という限界を退けるなど、神の奇蹟でもない限り不可能だ。


「なに、体感だが魂の摩耗は魔力の消費に比例している。 少し不便だが強い術を抑えて過ごせば少しは寿命は延びるさ」


「伸びたうえでどれぐらいなんですか?」


「…………持って1年、いや半年ぐらいかな」


「は、半年!?」


「だから僕には時間がない、死ぬ前に君を送り返さないと墓前でも煩そうだ」


「い、いやです! 泣きます、というか私は、師匠に死んでほしくない!」


「だったらどうする、君はいつも文句ばかり付けて具体的な方法を示さないじゃないか」


「それは……これから考えます!」


「そうか、せいぜい僕が死ぬ前に見つかると良いな」


 興味が失せたモモ君から視線を外し、遺跡の入口へ意識を向ける。

こうも雨がひどいと水が流入して内部に影響が出かねない、今のうちに地面を盛り上げて防水壁を作らなければ。


「師匠はそれでいいんですか!? たった半年で死んじゃうんですよ!」


「失礼だな、世の中には半年も生きられずに死ぬ人間だっているんだぞ。 たった半年なんて簡単に言うもんじゃない」


「そういう話をしていません!!」


 後ろから振り抜かれた拳が、せっかく建築途中だった砂の壁を木っ端みじんに破壊する。

珍しく乱暴な手段を取ってくるじゃないか、これは話をつけないと簡単には帰ってくれない。


「……これでいいかと言われたらいやだというのが本音だな。 だがどうしようもないだろ」


「そんなのまだわからないですよ! 探せば何か方法が……!」


「ある()()()()()()な。 だがそんなものは無いかもしれない、可能性としては後者の方が高い。 そんな不確かな希望を探すために残り少ない余命を使えと?」


「それ、は……」


「何度も言わせるな、時間がないんだ。 残り半年で渡来人の帰路を探すという前人未到を果たさなければならない、無駄な寄り道をする暇はゴババゴボァー!!?」


「し、師匠ぉー!?」


 突然、なだれ込んできた激流に全身が掻っ攫われる。

しまった、モモ君の会話に意識を引っ張られて油断していた。 砂漠の雨はこれがあるから怖いんだ。


「うわー! しっかりしてください師匠、なんで急に水が!?」


「ゴボボボ……か、乾ききった砂漠の砂は水を吸いにくい……おまけに戦闘の余波で一部の地表がガラス化している、吸水量を降雨量が上回ればこうなボボボ……」


「師匠ぉー!!!」


 濁流で沈みかけた身体が、モモ君の手によって救出される。

 そうか、この身体は泳げないんだな。 一つ勉強になったおのれそれぐらい教えろバベル&ヌル。


「ゲホッ! ゴホッ……! も、モモ君……このまま少し僕の身体を保持してくれ、遺跡の入り口を砂で塞ぐ……!」


「何言っているんですか、魔力を使うと寿命が縮むんですよね!? それに水を飲んでしまったんですよ、無茶しないでください!」


「あの中には君が帰るための手掛かりがあるはずなんだ、ここで台無しにするわけにはいかない!」


「いい加減にしてください、師匠の命より優先する価値なんてないです!!」


「わがままを言うな、君はさっさと帰れ!!」


 雨と濁流にのまれる中、互いが互いの胸ぐらを掴みかかって意見が交錯する。

取り繕うような余裕もなく、感情をむき出しにするその様はまるでケダモノの喧嘩だ。


「鬱陶しいんだよ、君のなにもかも! 僕の目の前でウロチョロするな、危なっかしくて見ていられない!!」


「だったらなんで気にかけてくれるんですか、一緒にいてくれるんですか、助けてくれるんですか!! 私何回も師匠に迷惑かけてます、謝りたくてもお礼がしたくてもバカだからウロチョロしかできないんです! 恩の返し方を教えてくださいよ!!」


「いいとも、黙って僕の言うことを聞いて大人しくしていることだ! 元の世界に帰れ、こんな世界に未練を持つな、僕のことなんか忘れてしまえ!!」


「いーやーでーすー!!!」


「こんのバカがあ!!」


 渾身の張り手はぺちりと気が抜けた音を立てて、モモ君の頬を撫でるだけだった。

力もなければ魔力を使うだけ命をすり減らす、欠陥品のでくの坊だ。 こんなものが師匠と呼べる器であるはずがない。

いざという時に僕じゃモモ君を守る自信がない。 1000年前と同じように、長く過ごすほどいつか零れ落ちてしまう。


「……僕が死ねば君はどうなる? この世界は優しくはない、君の知らない理不尽がいつだって牙をむく」


「師匠……」


 肩が震える。 雨が冷たくて寒いせいだ。

あの時と同じだ。 妹も、どこぞの迷惑な酒飲みも、いなくなったときは寒かった。


いつか失って凍えてしまうようなものなら、最初からこの手には何もいらない。 だから全部突き放してしまえば楽だったのに。


「…………わかりました、師匠は師匠のやりたいことをしてください」


「……はっ、なんだ。 君の頭でもようやく理解が追い付いたか」


「その代わり、私も私がやりたいことをします」


「はっ?」


「師匠は私が元の世界に帰る方法を探してください。 その代わり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」


「…………はっ?」


 雨音のせいで聞き間違えたのかと耳を疑った。 

いや、聞き間違えであってほしかった。


「1000年生きたとか、関係ないです! 私は師匠に生きてほしいから、駄目でも無理でも方法を探してみたいと思います!」


 どうやらこの子は、僕が想像以上に――――常識知らずだったらしい。

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