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異世界ベテラン幼女師匠  作者: 赤しゃり
本編

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173/296

雨に紛れてしまえばいいのに ①

「あっ、星川さん! 師匠見ませんでした!?」


「見てないな、どしたのぉ?」


「さっきまで一緒だったのに見失いました!!」


 師匠を探してお城を彷徨っていると、ちょうど散歩中の星川さんと出くわした。

王様に気に入られた星川さんは、しばらくの間VIP待遇でこのお城に宿泊することを許されている。

たぶんこのままだとズルズル王様に引き込まれることになると思うけど、星川さんは気づいているのかな。


「あらら、まだ病み上がりだよねぇ? 心配だから一緒に探そうか?」


「いえ、ご心配には及びません! 行先はなんとなくわかるので!」


「そっか、さすが一番弟子ちゃんだね。 シュテルちゃんが褒めてたよぉ?」


「シュテルちゃんが?」


「ん……ここにいる」


「わっ、一緒だったんだシュテルちゃん」


 星川さんの背中からシュテルちゃんの顔がにゅっと現れる。

あの遺跡で窒息寸前だった彼女たちは、救助されてから師匠と同じように治療を受けていた。

幸いにも体へのダメージは少なかったが、「危険に追い込まれた責任は自分にある」という王様の言葉に甘えて、完治するまで泊ることを許されているのだ。


「せんせ、逃げた? 手錠ならある」


「手錠はいらないかな……師匠ならたぶん抜けられると思うし」


「ごもっとも……」


 残念そうに唇を噛みながら、シュテルちゃんは取り出した手錠を引っ込める。

いつも持ち歩いているんだろうか、最近の学生ってすごい。


「うーん、ライカちゃんが行きそうな場所ってどこだろ? 本がいっぱいある場所とか?」


「図書室は何度か確認したけど戻っていませんでした。 お昼時なのにキッチンにもいないんですよ!?」


「せんせは……小食……」


「そ、そっか……!」


 私基準で考えていたけど、師匠ならパンとチーズと干し肉があれば一日の食事が足りてしまうほど食べる量が少ない。

それどころかほかの作業に集中して食事を忘れることもしょっちゅうだ、お昼だから必ずキッチンによるとは限らないんだ。

ちなみに私はカレーを10杯おかわりした。 とても美味しかった。


「お城の中で見つからないならもう外に出ちゃったとか? 城下町……病み上がり……女の子が一人で……」


「探しに行ってきます!!」


「し、心配ならお城の人にも手伝ってもらった方が良いと思うなぁー……」


「一番弟子……過保護……せんせは強い」


「過保護にもなりますよ! だって……」


「……だって?」


「いや、すみません何でもないです!」


 ついつい口から飛び出しそうになった言葉を引っ込める。 

星川さんたちに話すより、まず師匠へ確認する方が先だ。 もし嘘や冗談なら、それが一番嬉しいことだから。


「合羽いる? 雨が降りそうだよ、今からちゃちゃっと作ろっか?」


「大丈夫です、ビューンと行ってビューンと帰ってきます! それじゃ!」


「一番弟子……ここ2階……」


 近くの窓から身を乗り出し、全力でジャンプして屋根から屋根へと飛び移る。

星川さんの言う通り、お昼時だというのに曇った空は今にも泣きだしそうだ。 

たぶん師匠は傘なんて持っていないけど、星川さんの雨ガッパを待っている時間も惜しい。


「師匠ー! どこですかー! 早く出てこないと町中大声で呼びながら探しちゃいますからねー!!」


――――――――…………

――――……

――…


「…………ここも外れ、か」


 ほとんど風化した本を閉じ、崩れないように所定の場所へ戻す。

インクも紙質も劣化した本の内容は、現代でも口にできるような家庭料理のレシピだ。

これでも歴史的な価値はあるのかもしれないが、僕が欲しい情報が期待できるものではない。


「劣化しても読み解ける媒体、なおかつ僕が欲しい情報が記載されたものを掘り出す作業か……」


 口に出すだけでもだいぶうんざりする、それこそ砂漠で一粒の砂金を探すような作業に近い。

なにせただでさえ木の根のように入り組んだ地下遺跡だというのに、テオのせいでところどころ崩壊して余計複雑怪奇に入り組んでいる。 無事なルートを探すだけでも一苦労だ。


「今度会ったら文句を言わないといけないな、ったく……」


 1000年を牢獄で過ごしたせいで生まれた悲しき癖か、誰に聞かせるでもない独り言が自然と溢れてしまう。

それでも言葉にするだけで孤独と苦痛は和らぐ、たとえばこうして行き止まりに突き当たり、来た道を引き返さなければならない徒労感とか。


「……雨が降ってきたな」


 辛気臭い遺跡を一度脱出すると、ポツリポツリと振り出した雨粒が鼻先を叩いた。

見上げた空は今まさにスコールへ変わるところだ、残念なことに雨をしのぐ道具は持ち合わせていない。

どのみち砂漠でこの勢いの雨は危険だ、今日のところは捜索をあきらめて出直すとしよう。


「師匠! 雨が降ってきましたよ、帰りましょう!!」


「……なんだモモ君、わざわざこんなところまで来たのか。 ご苦労なことだな」


 そしてまるで僕が出てくるのを待っていたかのように、遺跡の出口にはモモ君が立っていた。

ここに来るまでほかにもいろんな場所を探してきたのだろう、彼女の服装は砂ぼこりで汚れている。


「もー、こっそり忍び込んだでしょう! 病み上がりなんですから無茶しないでください!」


「いいだろ別に、待ちきれなかったんだ。 別に金目の物を盗み出すわけじゃない、あの王だって目こぼししてくれるだろ」


「……どうしてそんなに急ぐ必要があるんですか」


「抑えきれない探求心というものかな。 目の前に謎があると解きたくなる性分で……」


「嘘つき、師匠の命がもう長くないからでしょう?」


「―――――……なんだ、気づいていたのか」


 僕を見るモモ君の眼はまっすぐだ、とても当てずっぽうで言ったとは思えない。

用意していた言い訳がすべて無駄になった。 こんな時だけ察しが良いとは、厄介な奴め。


「ペストちゃんから教えてもらいました、本当なんですか? 師匠はもうボロボロだって……!」


「余計なことを……だがまあ、嘘をつく理由もないな」


 降りしきる大粒の雨はバチバチと音を立て、肌に当たると痛いほどにまで強まってくる。

だがそんなことなどぼくたちの間には関係なく、不思議なほど互いの声ははっきりと聞こえた。


「君の言うとおりだ、僕の命は長くないだろう。 そう遠くない未来、ライカ・ガラクーチカは完全に死亡する」

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