死する者から生きる者へ ②
「……よかったのか? 最期の会話を僕に譲って」
「なに、友の頼みだ。 それにあいつからはしっかりと託された」
空に昇っていく火の粉を見送る王の頬には、涙の一滴も流れていない。
むしろ彼の顔には笑顔が浮かんでいた。 友とは呼んでいたが、自らの庭から邪魔な竜が消えたことがそんなに嬉しいか。
あるいは、笑顔で死を見送るほどの絆を竜と育んでいたのか。
「……僕はあの時、どんな顔して見送ったのかな」
「ぶええぇえへえええぇえうぇえあああ……し、師匠今何か言いました?」
「いや君は君で泣きすぎだろ」
「し、仕方ないじゃないですか! こんな形でお別れになるなんて、心の準備がヴええええええ……!!」
「気にするな桃髪の、もとよりヴァルカは老体であった。 それに竜としての抗い、気高く天へ登ったのだ」
「そうだそうだ……あと、そろそろ休ませてくれ……次は僕が限界迎えそうだ……」
「あっ、そうでした! 王様、師匠を……いやその前にシュテルちゃんたち! このままじゃ生き埋めになっちゃう!!」
「心配するな桃髪の、そのための手は打ってある」
『お、王様ぁー! 皆さんの救助終わりましたー!』
ガッションガッションとやかましい音を鳴らしながら、地面の大穴から這い出てきたのはキョダイゴロウだ。
たしかあれは最初にテオが地下天井に開けた風穴か、声からしてキョダイゴロウの搭乗者はあの変質者で間違いない。
ゴーレムの両手には、ぐったりとしたシュテル君たちも抱えられている
『ごめんなさーい、巨大五郎回収して全員掘りだすまで時間かかっちゃいました!』
「ほ、星川さーん! みんなは無事なんですか!?」
『大丈夫、ちょっと酸欠気味だったけどちゃんと息してるから! 王様、念のためみんなを治療……ってライカちゃんも大変なことになってるー!!!』
「うるさいな……」
「ははは、賑やかなのは良いことだ! 案ずるな、皆を運ぶ手はずは用意してある!」
「王よ、準備が整いました!」
ふと、空から見知らぬ声が下りてくる。 ふわりと髪を揺らす風は自然のものではなく、魔術で生成されたものだ。
脂汗で霞む目で風の発生源を辿ると、モモ君たちの前に舞い降りてきたのは、数名の魔法遣いが乗った絨毯だった。
「これこそ我が秘宝の一つ、空飛ぶ絨毯だ! 負傷者が多かったのでな、王宮から引っ張り出してきたのだ!」
『「うわー!? 魔法の絨毯だー!!!」』
「魔法じゃなく魔導具だろ……」
渡来人2人がなにやら盛り上がっているが、たしかに珍しい道具とはいえなんの琴線に触れたのか。
「ゴーレムは余が回収していこう、これはどうやって操縦するのだ? 変形は? ビームは撃てぬのかビームは?」
『あー困ります王様困ります! そのようなかように無邪気な顔をなされると私の心臓が死んでしまいます!!』
「モモ君、あのバカは放っておいて絨毯に乗せてくれ……いい加減意識が遠のいてきた……」
「も、もう少し頑張ってください師匠! すみません、師匠のことお願いします!」
モモ君の手で乗せらせた絨毯は、極上の肌触りだ。
人を乗せて飛行するだけでも相当金のかかった魔道具だろうに、無駄なところまでしっかりとこだわって作っているなこれは。
「お任せください! 発熱もありか、ポーションのストックをくれ!」
「その者は竜毒と拮抗するための病に侵されておる、接触者は浄化作業を怠るな!」
「はっ! それと王よ、ゴーレム弄りもほどほどにしてくだされ!」
「うむ、満足したら帰る!!」
「ほ ど ほ ど に !!」
「うむ……」
よりにもよってそのしょぼくれた王の背中が、気絶する前に僕が最後に見た景色だった。
次に目を覚ますときは、せめてこの痛みか病はもう少し緩和してほしいものだ。
「……ごめんなさい、師匠。 私がもっと、強かったら……」
――――――――…………
――――……
――…
「ちょっと……ちょっと! 離しなさいよ、一人で歩けるわ!!」
「あぁ? なら先に言えよ、運び損じゃねえか!」
「さっきから言ってたけどあんたが聞かなかったからでしょこのバカ妹!!」
私の腰を抱く戦闘狂の腕を振り払い、自らの足で砂漠の砂を踏む。
負傷はない、痛みだってほとんどない。 腹立たしい、このバカたちが邪魔しなければまだ戦えたはずだ。
バベルの皮を被った人間をこの手で殺し、あの遺跡すら跡形もなく破壊できたはずなんだ。
「なんのつもりなのよ、ほんと……! 私はできた、あいつらを殺せた! 余計な水を差すことがトゥールーのやることか!?」
「まあまあまあ、姉御も大姉ちゃんも落ち着いて……」
「お前の負けだよ、あのアホピンクに手加減されたのが分からなかったか?」
「……なんですって?」
手加減なんて、あんな状況でできるものか。
そもそもあのピンク頭にそんな余裕はなかったはずだ、だって戦況は常に私が……
「―――――……」
「おそらくお前が一方的に攻め続けたってところか。 それで、お前の攻撃は一発でも奴に当たったか?」
「…………当たってない、けど紙一重よ。 あのままなら私が勝ってたはず」
「ピンクバカはずっと防御と回避に徹してただろ、当たんねえよ。 あのバカは強いくせに殺意がねえ、だからイヤなんだよ」
「あんたはそれを知った上で、オルゲイユたちを見殺しにしたの……?」
「ああ、おかげで竜玉も手に入った。 元から竜は道具だったろ、割り切れよ」
「っ……!!」
「お、大姉ちゃん? 駄目っすよこんなところで隕石降らせちゃ!?」
「分かってるわよ、うるさいわね……あんた、これからどうするの?」
「バベルを探す、ムカつくがあの塔がなけりゃなんもできねえからな」
ラグナが見上げた空には、いつもと変わらぬ塔がそびえている。
いつもの空、何の異常もない晴れ渡った空。 大丈夫だ、もうあの空にノイズが走るようなヘマはしない。
「今回の人類はだいぶ早い、だんだんと周期も短くなってきた。 ……急ぐぞ、やつらが宙を知る前に」




