死する者から生きる者へ ①
「…………ぅ…………いっ、つぁ……!」
「あっ、師匠!! よかった、目を覚ましてくれたんですね!!!」
「……君の声量でまた意識が飛ぶところだったぞ、モモ君」
寝起きの鼓膜へ優しくないボリュームに頭がくらくらする、だがそれ以上にひどいのは気絶すらできない激痛だ。
モモ君に膝枕されている現状は癪だが、指一本動かせる気がしない。 体を起こそうものならその瞬間に全身がバラバラになりそうだ。
「モモ君……僕は何時間寝ていた……そして状況はどうなった……?」
「えっとですね、寝てたのは多分1時間ぐらいです。 ペストちゃんが応急処置してくれて、その間に王様が魔法遣いの人たちを呼んでくれました」
「そうか……ひとまず、死ぬことはないか……」
少しだけ首を動かしてみると、そこはまだ戦闘の痕が残る砂漠のど真ん中だ。
治療するにも移動させる余裕もなかったのだろう。 あの聖女には及ばないだろうが、王宮に仕えるアスクレス信徒なら腕前は相当だ。
それでも完治に至らないのは、それだけ僕の負傷が重いということか。
「師匠を治すと、ラグナちゃんたちはすぐにどこか行っちゃいました。 その、ドラゴンの遺体も回収して……」
「ああ、あの王は約束通り竜を討ったか。 よくもまあ一人でやり遂げたものだ」
「むっ! 余の話をしたか純白の!」
「していない、そしてどこから湧いて出た」
首の可動域をギリギリ超えた視界の外からやかましい声が聞こえてくる。
どうやら残念なことに、僕に比べて負傷どころかほぼ無傷らしい。 なんだこの差は。
「うむ、息を吹き返したようで何よりだ。 ただ血色が悪い、余の城で滋養を取るべきだな」
「悪いがろくに飯も喉を通る気がしない……全身が痛いし気怠いしなんだか頭がくらくらする……」
「あっ、ペストちゃんが言ってました。 毒の作用に拮抗する強い病気を埋め込んだからしばらく熱が出るって」
「……疫病による絶滅、か」
「はい?」
「いや、なんでもない……それより僕に病がかかっているなら君は離れた方が良いだろ、うつるぞ」
「大丈夫です、なんでも私には感染しない病気だとか!」
「ああ、バカはなんとやら……」
それ以上の言及はさすがに哀れなのでやめておいた、世の中には知らないことが幸せなこともある。
1時間も接触していたのならどのみち手遅れだ。 彼女が発症に気づくまで僕も回復しておかねば、共倒れになりかねない。
「というわけだ、君の宮殿を疫病で汚すのは気が引ける……僕は僕で勝手に治すから気にするな……」
「その恰好で言われてもまるで説得力がないぞ、純白の。 安心しろ、子ども一人の風邪などなんの問題にもならん!」
「誰が子ども……ゲホッ、コホッ……!」
「ああ師匠! 無茶しちゃダメですよ、一回心臓も止まっちゃったんですからね!」
「クソ……なにもかもままならん……!」
1000年前なら風邪の1つや2つ、適当な食料を胃に詰め込んで寝ていたら治ったはずだ。
だがこの肉体の強度では、同じような荒療治ではそのままくたばりかねない。 腹立たしいほどに脆弱が過ぎる。
「……それで、渇炎竜は?」
「うむ、会うか? こっちだ」
王が手招きすると、モモ君が僕を担いでその後ろを追う。
その背で風を浴びることでようやく気付いたが、うだるような砂漠の暑さはどこかへと消え失せていた。
「ヴァルカよ、連れてきたぞ。 まだ息はあるか?」
「…………これで死んでいないのか、つくづく竜とは規格外だな」
連れてこられた先に待っていたのは、くすぶる炎が失せた黒焦げの大穴だ。
その中央には細長い首が中ほどから千切れかけ、胴体には深々と馬鹿でかい“杭”が突き刺さっている。
金属製か? 竜の胴体を串刺しにしている杭の素材は不明だが、そのサイズは少なくともモモ君がキョダイゴロウと呼ぶあのゴーレムよりも大きい。
「……えっ? はい、わかりました! 師匠、私の手を握ってください。 ヴァルカさんが師匠とお話ししたいと」
「なんだ、お互い死に体だというのに無茶をするな」
少し迷ってから、差し出されたモモ君の手を握る。
竜なりに会話のチャンネルを合わせるための方法なのか、途端に僕の脳内へ見知らぬ者の声が伝播した。
――――やあ、お互い激戦だったようだな。 バベル
「……その名を知っているか、だがあいにく中身は違うぞ」
――――知っているとも。 魂の形が違う、それにだいぶ擦り切れているね。
「…………」
――――もう長くはない、この身体はじき炎に還る。 地下遺跡は見たのか?
「ああ、少しだけな。 あれはいったい何なんだ?」
――――以前に滅びた人類の痕跡だ。 きっと今に生きる人類の益になる、そう信じて今まで隠し通してきた。
「……なぜ竜である君がそんな真似を?」
――――死ぬ前に見せびらかしたかったんだ、昔はこんなことがあったんだと。
死体としか思えない竜の鼻先から幾ばくかの火の粉が舞う。
もはや命が風前の灯火だというのに彼は笑ったのだ、心の底から。
―――……あるいは、守りたかったのかもしれない。 せっかく2人も面白い人類に出会えたんだ、今の人間たちを消すのはもったいない。
「……テオたちは、人類を滅ぼすつもりなのか?」
――――遅かれ早かれそうなるだろう。 竜姫たちの信念は破綻している、人類とは相いれない。 だが……
「だが?」
――――彼女たちは、人を滅ぼすための術を失っている。 2人の仲間が裏切ったがゆえに、な。
そこまで話すと、すでに死にかけだった竜の身体から炎があふれ出す。
いや、死を迎えた竜の体を構成するすべての要素が炎と変わっていくのだ。
――――数奇な運命の子よ、先に逝く。 この火をどうか、絶やさないでくれ。
「……善処はする、だが期待はするなよ」
――――ああ、君は怖がりだな……ふふ、だが大丈夫だ。 きっと、君は――――……
その言葉を言いきらぬうちに、ヴァルカ・ムェッタの身体は火の粉となって空を舞う。
それこそが人を愛した奇妙な竜の最期だった。




