ゆうれいさわぎ ①
「で、ここが件の幽霊屋敷か」
「幽霊屋敷というか……ゴミ屋敷ですかね」
時刻は昼下がり、大通りから外れた道の先に待っていたのは他の民家に比べて一回りは大きい屋敷だった。
ただお世辞にも手入れがされているとは言いがたく、窓や出入り口からは何に使うかも分からない鉄くずが溢れ出している。
内部の惨状はもはやどうなっているのか見当もつかない、これはいくらモモ君でも骨が折れそうだ。
「師匠、これはとても今日中に終わるとは思えないんですが……?」
「なんだ、君の馬力ならギリギリ行ける気もするが」
「ろ、労働基準法……いや、この世界にはないんだ……!」
まあこの依頼はもとより数日掛けても問題はない内容だが、時間がかかるほど日給効率も悪くなる。
大変心苦しいがモモ君には馬車馬のように働いてもらおう、師匠として大変心が痛むことだが。
「とにかく一度依頼人と話をしなければな、幽霊屋敷の件も含めて聞いておきたい」
「ですね、たしか向かいの宿屋にいるはずですが……」
「―――ああ、もしかして依頼を受けてくれた方ですか!?」
と、そこに丁度いいタイミングで宿屋から出てきた青年が声をかけて来た。
おそらく捨てる前提の服は油や埃に汚れ、手に持った麻袋からは鉄くずが飛び出しているのが見える。
自分たちが依頼を受ける前から一人で掃除を進めていたのだろう。 ……ということは本来はもっとひどい有様だったのか、あの屋敷。
「よ、良かった……流石に腰が限界で……えと、依頼を受けてくれたのはお嬢さんだけですか?」
「はい、私と師匠の二人です! 頑張ります!」
女子供だけと聞き、彼の表情は露骨に落胆の色が見て取れた。
気持ちは分からないでもない、力仕事の救援を頼んで現れたのがこの面子では僕だって絶望する。
「安心しろ、モモ君はこう見えても力だけなら100人力だ。 それよりも先に一つ確認したいことがある」
「確認……ああ、もしや幽霊の噂を?」
どうやら件の噂は既に当事者の耳に入っていたらしく、話は早いものだった。
「僕らが聞いた話は窓に浮かぶ霊魂や光る人影を見たというものだ、心当たりは?」
「あんなのただの噂ですよ、自分は毎日掃除してますけどそんなの一度も見たことがない。 まったくいい迷惑だ!」
この散らかりように幽霊屋敷の噂も立てば、寄り付くもの好きはそうそういない。
さっさとこの屋敷を片付けたい依頼主からすれば、実に迷惑な話だろう。
「師匠……幽霊っているんですか?」
「アンデッドは存在するよ、ただ街中じゃ滅多に現われないはずだ」
死体に魔力が宿り、グールやスケルトンとなって動き出すことは珍しい話じゃない。
ただそれはろくな供養も受けずに捨てられた亡骸の場合であり、教会があるような街ではありえない話だ。
「とにかく私は父が遺したこのガラクタを片付けたいだけなんだ! そうすればこの家も売りに出せるのに……」
「依頼に沿える努力はするよ、しかしこの鉄くずの山は何なんだ?」
「ああ、なんでも魔導学ってやつらしいですよ。 生前は随分とご執心だったようで……こういうものなんですが知ってます?」
「あっ、ガラケーだ!」
青年が麻袋の中から取り出したものを見て、モモ君が反応を示す。
僕には硝子のパネルがはめ込まれた2つ折りのブリキ玩具にしか見えないが、彼女が反応したということは渡来人由来のものか?
「なんでも渡来人や旧時代の遺物を再現するための学問だとか、私にはよく分かりませんでしたけど」
「本当だ、ボタンも押せないし電源も付きません……」
「まあそんなものがゴロゴロ転がってるもんで、もしたら何か掘り出し物もあるかもしれないので良ければ持ち帰ってください」
「良いのかい? 遺産や形見になるものも眠ってそうだが」
「構わないですよ、めぼしいものはすでに回収したので」
「も、もし幽霊を見つけた場合はどうしたらいいですか……?」
「ははは、あり得ませんよこんな街中で。 よっぽどのことが無ければね」
――――――――…………
――――……
――…
「よーし仕分けは僕が受け持つ、じゃんじゃん運び出してくれたまえモモ君」
「うわーん、弟子使いが荒いー!!」
出来るだけ大量の遺品を抱えて運び出す、もう一度遺品を抱えては運び出す、また戻っては遺品を抱えて運び出す、私の仕事はただただその繰り返しだった。
外では師匠が運び出したものを確かめては「いる」「いらない」の2つに分けている。
圧倒的にいらないものの量が多いけど、掃除なのでそういうものなのだろうか。
「けど魔導学かぁ、そういうのもあるんだ……」
回収した遺品の中には、私でもわかるようなものがいくつかある。
テレビ、蛇口、ヘッドホン、炊飯ジャー、扇風機……らしきものたち。
どれもこれも似ているようで少し違う、まともに動かないものばかりだった。
「……この家の人はずっと地球の事を研究してたのかな」
壊れて中身が見えているものもあるけど、どれも機械らしい部品や回路は一切ない。
宝石のようなものを中心に、目が痛くなりそうな細かい模様や文字がびっしりと刻まれているものが殆どだ。
私のような渡来人から聞いた仕組みを、この世界で再現しようとした結果がこの模様なのだろうか。
「……おい、手が止まってるぞモモ君」
「あっ、ごめんなさい!」
いけない、ボーっとしていた。 今は依頼が先だ。
ただ一階の荷物は大分片付いてしまったので、師匠に急かされながら二階への階段を上った……その時だった。
「…………あれ?」
なんだか肌寒い、元から雪が積もるような土地だったけどそれを差し引いてもなお寒さを感じる。
一階に比べて2~3度は気温が低い、それに何というか空気が違う。
言葉じゃ表せないが異常な気がする、この先は私一人で進んじゃいけない。
「し、師匠ぉー……何だか様子が―――――」
外で待つ師匠にヘルプを頼もうとして気づいた、声が出ない。
喉から絞った声が震えてかすれてしぼんでいく、口から出てくるのは白い息ばかりだ。
「……ぁ…………れ…………?」
寒い、寒い寒い寒い寒い寒い震えが止まらない。
おかしい、急にこんなに寒くなるなんて。 絶対におかしいのに足も手も凍えて動かない。
階段を降りる事も出来なくて、ゆっくりと言うことを聞かない体が崩れ落ちる。
『……ハ、アァアアァァ……』
「ひっ……!」
私のそばにいる「何か」の息が首筋にかかる。
幽霊? でも師匠はあり得ないって言った、じゃあ一体なに? 怖い、分からない、寒い、やだ。
見えない何かに私の体温がどんどん奪われていくような――――
「し、ししょぉ……たすけ……」
「――――“穿て、焔の一矢”」
凍り付いてしまいそうな恐怖の中、暖かい光が私の頭上を掠め、「何か」を撃ち抜く。
途端に身体へ熱が戻り始め、それでも動かない体を小さくて細い腕がギュッと抱き寄せてくれた。
「……おい、誰の弟子に手を出してんだよ」
「し……師匠ぉ……!!」




