杞憂の空 ②
「待ってください! まずは話っ、合いをっ! しま……しょっ!」
「クソッ、こいつすばしっこい!!」
目の前を鋭い爪が掠めるたびに生きた心地がしない、お母さんのお気に入りだった包丁より切れそうだ。
間一髪で避け続けるだけでも精いっぱいだ、それも師匠のサポートがないとたぶん何度か死んじゃっている。
このテオって女の子、私と同じかそれ以上に速いんだ。
「えーっと、テオちゃん! その爪危ないから引っ込めてください、ケガしますよ!」
「ケガどころか殺すつもりで振り回してんのよこちとら! いい加減とっとと心臓ブチ貫かれなさい!!」
「やだー!!」
間一髪、紙一重、そんな言葉がピッタリくるようなスリルの中で、じわじわとドラゴンとテオちゃんの距離を離していく。
だけどもっとだ、王様たちの戦いを邪魔できないところまで引き離さないと。
「よそ見できるなんて、相当余裕あるじゃないあんたァ!!」
「いやそういうわけじゃな……おわぁ!?」
突然、砂地を踏んだはずの足に何か絡みついてひっくり倒される。
なんだなんだと下を見ると、地面の下から生えたニョロニョロしたものが私の足首に巻きついていた。
ウロコが生えてヌラヌラと輝くそれは、ヘビやトカゲのしっぽに見える。
「ウワーッ! 気持ち悪い!?」
「失礼ね、人の尻尾に向かって!!」
「えっ、これテオちゃんの尻尾!? いつの間に生えたの!?」
「気やすく名前で呼ぶなぁ!!」
たしかに怒った彼女の背中からは、私の足に絡みついているものと同じ尻尾が地面に伸びているのが見える。
何度も爪で襲ってくる間に、こっそり地面の下から尻尾を伸ばしていたんだ。 すごい頭がいい。
「バカ、気を抜いてる場合か……!」
「ご、ごめんなさーい!!」
師匠に怒られると同時に視界がコマのように回転し、その勢いで脚に巻きついていた尻尾を引きはがす。
おかげでぎりぎり間に合った。 すぐにその場を飛びのくと、1秒前まで私が尻もちをついていた場所にズドンと何かが落ちてくる。
師匠を狙ったものよりも衝撃は小さいけど、それでも当たっていたら無事では済まない威力だ。
「ぷぇっぺっぺっぺっ! 口に砂入ったぁ!」
「……やっぱり魔力の予兆が読めない……あれは魔術や魔法の類ではないのか……?」
「師匠でもわからないんですか? なんかこう、魔力パワーで空の隕石を引っ張ってきてるとか」
「その隕石、というものを僕は知らない……渡来人特有の現象か?」
「空から岩が落っこちてくることです! えーっと、宇宙を飛んでる星が地球の重力に引っ張られて……」
「それ以上喋るなあああああああああああああ!!!!」
「うわあぁ!!?」
砂埃の壁を突き破って、爪を構えたテオちゃんが私の顔面目掛けて飛んできた。
とっさに両手でテオちゃんの腕を白刃取りしたけど、勢いは殺しきれずに身体ごとどんどん押し込まれる。
長い爪や尻尾の続き、テオちゃんの背中にはドラゴンのような翼が生えていた。 これはもう押し込まれているというより、テオちゃんに掴まって半分飛んでいるような状態かもしれない。
「な、なんで急に……っ!」
「空を見るな、何も知るな! お前たちは地を這いつくばって生きろ、無知蒙昧のまま死ね!!」
「何言ってるか全然わかんないです! 死にたくないし、知らないことならもっと知りたい! 空を見ることの何が悪いんですか!?」
「うるさい、お前は……渡来人どもはだから邪魔なんだ!! お前たちがいると、また……!!」
「モモ君……そのまま抑えていろ、僕がとどめを刺す……」
「師匠もダメ! お互いのこと何も知らずに殺し合うなんて、間違ってると思います!!」
「いうと思ったよ、このバカ……なら話しながら殺し合おうか。 空を見上げられたくないから、リゲルの工房を破壊したのか?」
「そうよ、あいつらはこの世界の禁忌に触れた! だから殺した、それが私の役目だから!!」
「……ウォーは渡来人を、ラグナは無差別に人間を殺すと言っていたな。 なるほど、君たちにも役割分担があるのか」
「いだだだだ!! 足が、足が削れる!!」
「モモ君ちょっと黙ってろ、今大事な話してるんだ」
「そんなこと言われても! テオちゃんもっと高度上げてー!!」
「うっさいバカ! このまま削り降ろしてやるわ!!」
背中の師匠をかばいながらテオちゃんの爪を両手で受け止めているせいで、どうしても足元がお留守になってしまう。
会話しながらテオちゃんが高度を落としているので、さっきから足が砂の上を何度も弾んでいた。 こんな状態じゃ集中して会話にも混ざれない。
「それはそれとして、合点がいった。 君たちは僕らから空を……いや、この星の外を隠したいんだな?」
「…………っ」
「顔に出やすいぞ、気を付けると良い。 もし君に次があればの話だが」
「次はないわよ、ここであんたらを殺すんだからね」
「口先だけじゃないのか、怪しいところだな。 なにせ君はすでに1体仕留め損ねている」
「……なに?」
「なんだ、竜を従えているぐらいだから知っていると思ったが。 あいつらはかなりしぶといぞ、脳と頭を潰そうとも決して油断はするな」
口から血をこぼしながら笑う師匠の目線は、テオちゃんに向けられてはいない。
そのずっと後ろ、もはや豆粒ほどにしか見えない2体のドラゴンたちを見つめていた。
「――――――! オルゲイユ、バクビリード!!」
「もう遅い、どうやら向こうは上手くやってくれたようだ」
その師匠の言葉が合図だったかのように、この距離からでも眩しいほどの光線が、2体のドラゴンを貫いたのがはっきりと見えた。




