杞憂の空 ①
「―――――師匠!!」
嫌な予感があった、師匠を一人で置いて逃げ出したくなかった。
だから星川さんを避難させて戻ってくると誰もいなくて、天井の穴を登ってみたら、師匠がぼろ雑巾みたいに倒れていて。
我慢できなくて、脚が勝手に前へ出ていた。
「桃髪の、腹に力を込めて少し気張れ」
「……!」
大きく息を吸って言われた通りお腹に力を籠めると、後ろからドカンと何かが爆発して背中を押し出された。
荒っぽいけどありがたい後押しだ、これなら頑張って走ればまだ間に合う。
「チッ、新手!? なによこんな時に!!」
「師匠ォー!! 上ええええええええ!!!!」
足元から槍のように伸びてくる砂を、ガラスみたいになった地面ごと踏み砕きながら進む、進む。
そして見上げるほど大きな竜の足元を潜り、赤い女の子の脇をすり抜けて、倒れる師匠に飛びついた。
服の裾を掴んで、飛び込んだ勢いのままに地面を転がる。 その背後で、背中を押した者よりずっと大きい衝撃がズドンと落ちてきた。
「……モモ君、目を口を閉じておけ」
「はいっ!」
衝撃で吹き飛んだ砂がバチバチと全身に当たる、めちゃくちゃ痛い。
転がるたびに割れたガラスが肌に刺さる、それでも言われた通りに目と口を閉じて、絶対に抱き寄せた師匠は手放さなかった。
「い、いだだだ……師匠ぉ……大丈夫ですか……?」
「――――まったく、君はいつも人の言うことを聞かないし無茶ばかりするな」
こんな時でも憎まれ口は変わらない、それでも身体は今まで見たことがないほどボロボロだ。
肌が見えるところはどこもガラスで切ったキズや青痣が見えるし、なんだかところどころ黒く変色している。
それにお腹からは血が溢れている、体温もなんだか低いし息も絶え絶えだ。 こんなことをしている場合じゃない。
「ま、待っててください師匠! 今病院に連れていきますんで、ごめんちょっとそこ退いて!」
「えっ? ああごめんなさ……って待て待て待ちなさい! はいそうですかって通すわけないでしょ!」
「通してください! このままじゃ死んじゃいます!!」
「殺すために戦ってんのよこちとら! 邪魔立てするならあんたごと……」
「ほう、それなら余も混ぜてはくれぬか?」
私と女の子の間に割り込む形で、突然目の前に王様が現れる。
私みたいに走ってきたわけじゃない、見間違いなんかじゃなくて目の前にポンと湧いて出た。 その証拠に女の子も面食らっている。
「なっ……貴様今どこから!?」
「フハハハ! この砂漠は余の庭である、どこから現れようと余の勝手だ!」
『グオアアアアアアアア!!!!』
高笑いをかき消す雄たけびを上げて、ゴツゴツしている方のドラゴンが片足を振り上げ、王様の頭上から振り下ろした。
圧倒的な体重に抵抗する間もなくぺちゃんこだ。 下は砂地とはいえ、あんなもので押しつぶされたら無事じゃすまない。
「お、王様ー!?」
「うむ、呼んだか? しかし話の途中だというのに不躾な竜だ」
「へっ!? あれぇ!?」
確かに今目の前で押しつぶされたはずの王様が、いつの間にか私の隣に立っていた。
その身体には傷どころか砂すらくっついてない、いったいどういう魔術なんだろうか。
「こ、こいつ……なんなのいったい!?」
「さて、王への礼儀を見せる気はないとみた。 白銀の、助けはいるか?」
「……正直、いらないと言いたいが、今回は……意地も張っていられないな……」
「そうですよ師匠、辛いときは誰かに頼っていいんです! お願いします王様!」
「心得た、では望まぬ賓客にはおかえり願おうか。 桃髪の、これを使え!」
王様が頭に巻いていたターバンをほどいて私に投げ渡す。
すごく高級な肌触りだけど、ねじって結ぶと師匠を背負うのにちょうどいいロープだ。 値段は気にせずありがたく使わせてもらおう。
「モモ君……やめておけ……竜にケンカを売るなんて、自殺行為だぞ……」
「でも相手が逃がしてくれません、それに私も師匠がボコボコにされて怒ってます!」
「フハハハハ! 尻に敷かれているな白銀の、よい弟子ではないか!」
「弟子なんかじゃないぞぉ……」
「あんたら人の前でベラッベラベラベラと……のんきにくっちゃべってくれるじゃない!!」
のけ者にされて怒った女の子が顔を真っ赤にして、空を指さす。
何をするのかわからないけど、首筋がピリピリするこの感じはなんだかとっても嫌な予感がする。
「モモ君……君はさきほどの攻撃が見えた、か……?」
「さっきのって、もしかしてあの隕石みたいなやつですか?」
「……っ!?」
「隕石」という言葉を口にした途端、女の子の顔色が赤から青へと一変した。
そして女の子の動揺がそばに立つ2体に移った隙を突いて、王様がバスケットボール大の火球をヒラヒラしたドラゴンの顔へ打ち込む。
『――――貴様、そこまで死に急ぎたいのか?』
「ほう、人の言葉を介する竜か。 面白い、余の相手は貴様らに努めてもらうとしよう!」
「オルゲイユ、バクビリード! その愚王は任せた、私はこいつらを殺る!!」
「……モモ君、下がれ。 竜たちから少女を引きはがすぞ」
「は、はい!」
指示を受けて全力で後ろに飛ぶと、師匠の狙い通りに女の子が私たちを追ってくる。
死に物狂いな表情は、もう後ろのドラゴンたちが目に入っていない。 何に変えてでも私たちを殺すという気迫を放っていた。
「……先に言おう、僕はあの攻撃の予兆が読めない。 頭上から襲ってきたことすらしばらく気づかなかった」
「つ、つまりどういうことですか師匠!?」
「モモ君、不本意だが共同作業だ。 君が僕の手足になってくれ、そのためにこれから勝つための方法を伝える」




