竜の姫 ④
「うむ、これは……面白いことになったな、わははは!!」
「笑い事ではないのでは!?」
「ガハハ、こりゃもうダメかもしれんな」
「助けてせんせ……」
地上で竜と少女たちが交戦しているころ、コル・レオニスが率いる探索チームは瓦礫の中に埋もれていた。
テオが地下天井を破壊した際、その衝撃によって遺跡内のあらゆるところで崩落が発生し、巻き込まれたのだ。
「すまんのう王様、ワシらをかばったばかりに窮屈な思いをさせて」
「気にするなご老体、余の肉体と魔術は親愛なる民と友を守るために鍛えてあるのだ。 しかし難儀なのはここから抜け出す術か」
崩落の瞬間、レオニスはとっさに魔術で瓦礫の山から全員を守り切った。
しかし安心もつかの間、生き埋めこそ避けたが頭上から降り注いだ瓦礫と砂の山は人ひとり抜け出せるほどの隙間もない。
4人はその場しのぎで構築されたドームの中、残り少ない酸素を分かち合いながら、いずれ訪れる死に手をこまねいていた。
「王よ、ここには魔術師が3人おります。 魔術を束ねれば突破口も見えるのでは……」
「ミンタークと申したか、そなたの言う通り可能である。 しかしその手段に互いの無事は保証されぬぞ」
「…………」
砂で作られたドームは寝そべる隙間もないほどに窮屈だ。
幼いシュテルでも、こんな閉所で天井を吹き飛ばすほどの魔術を使えばどうなるか、想像がつかないわけじゃない。
「あー、ワシのことは気にするな。 年功序列じゃ、未練がないわけじゃないがこの中なら優先度は低いわい」
「黙れアルニッタ! 誰のためにレグルスまでやってきたと思っている、お前には責任があるのだから最後まで生きていろ!」
「……王様、脱出は無理?」
「難しいな、小さき魔術師よ。 余は白金のよりも魔術制御に長けてはおらぬ、確実にお前たちにも余波が及ぶだろう」
「王様だけなら、大丈夫?」
「……可能だがやらぬ、お前たちを見捨てた先に王としての道はない」
コル・レオニスには固有魔術がある、この窮地を一人だけなら脱せる切り札が。
しかしその手は選べない。 欲したものは決して手放さない、コル・レオニスの矜持が選ばせない。
「瞬間移動……外に出て、せんせを呼んで。 私たちが息してる間に……」
「ほう、王を使い走りにする気か。 面白い!」
「できる?」
「その期待に応えねばなるまいな。 お守りである、しかと握りしめよ」
レオニスは腰ポケットから自国の金貨を一枚取り出し、シュテルへ渡す。
彼女がしっかりとその金貨を握りしめたことを確認すると、砂漠の王は淀みなく固有魔術の詠唱を開帳した。
「“わが手、わが身、我が足の届かぬところはない――――強欲”」
次の瞬間、王の姿は瞬く間に失せ、その場に一枚の金貨が音を立てて落下した。
『誰かああああ!! 師匠が大変なんです、助け……ウワーッ! 王様!? 今どこから!?』
『うむ、これは僥倖。 桃髪の、疾くと案内せよ!』
「……うん、大丈夫。 ゆっくり待つ」
分厚い土砂の向こうからかすかに聞こえてきた声に、シュテルは胸を撫でおろす。
この極限状態で一番冷静なのは彼女だった。 限りある酸素を無駄に消費しないように、心臓を落ち着けてゆっくりと呼吸を繰り返す。
ライカ・ガラクーチカへ対する絶対の信頼、それはきっと正しいものだ。 間に合えば、の話になるが。
――――――――…………
――――……
――…
「――――去ね、人間! お前は何もわからぬまま、塵すら残らない!!」
赤い少女が晴天の空を指し示すように、その指を掲げる。
何の真似かは知らないが、どうせろくでもない予備動作に違いない。 このままボケっと突っ立っていてはただの的だ。
しかし邪魔しようにも2体の竜が立ちふさがる。 すり抜けようにも気持ちに重い身体が追い付かない。
「“星に怖じよ、地に墜ちよ! 崩れる空は、杞憂に非ず”ッ!!」
「チッ……!」
固有詠唱――――何かはわからないが、何かがまずい。
とにかく動かねばならぬと足元に火球を放ち、その爆風に乗せて身体を後ろへ吹き飛ばした瞬間、“それ”は訪れた。
全身を丸太で殴り抜かれたような衝撃に意識が揺らされ、ガラス化した地表を何度かバウンドしながら転がる。
何が起きたのか理解が及ばない、魔力の予兆は一切なかった。 竜と少女には常に細心の注意を払っていたが、攻撃されたのかすら定かではない。
ただ確実なのは、全身を苛む痛みが致命的であるという事実だけだ。
「ぐ……ぁ……っ」
「掠っただけか、運がいいわね。 いや、勘がいいのかしら」
聞き間違いであってほしい、このダメージでも掠めただけとは。
もし直撃していたら彼女の宣言通り、塵すら残らなかっただろう。
「バクビリード、オルゲイユ、あんたらは無事? ……大丈夫そうね、さすが頑丈だわ」
『グオオオオオオ……!!』
自分を案ずる少女の言葉に、バクビリードが歓喜の唸りを上げる。
すでに勝利気分とはずいぶん腹立たしいが、指一本すら動かせる力が残っていない。
「ごめんなさいね、魔術の神髄だったかしら? ゆっくり拝む余裕もないみたい」
少女は再び空へ指を掲げる。 先ほどと違って今回はピクリとも動かない瀕死の獲物だ、外すことは期待しない方が良い。
「なに……気にするな……僕はここからでも、君たちを殺せるかもしれないぞ……?」
「虚勢もそこまで張れるならお見事ね、今楽にしてやるわ」
笑いもせず、侮蔑の目で少女が僕を見下す。
これ以上は限界だ、どうにも身体が持たない。 腹の傷は開くし全身の骨が折れたんじゃないかと思えるほど痛い。
……本っ当に心の底から癪で仕方ないが、僕一人ではここまでが限界だろう。
「―――――師匠おおおおおおおおおおお!!! 大丈夫ですかぁー!!」
「……遅いぞ、阿呆ぅ……」
知っていた、逃げろとは言ったがこの状況であのバカが大人しく指示に従うはずがないと。
ああまったく。 こんな状況だというのに、我ながら悪態だけは尽きないものだ。




