竜の姫 ②
「紹介するわ。 バクビリードとオルゲイユ、まあ覚えたところであんたには意味がないけど」
『――――グオオオオオオオオ!!!!!!』
赤髪の少女が2体の名を告げると、バクビリードと呼ばれた竜が咆哮を上げる。
岩肌のようにごつごつした表皮と分厚い肉体、羽は飾りと言わんばかりの剛体はクラクストンが子供に思えるほどに堅牢だ。
たとえモモ君が全力で殴ったとしても鱗一つ剥がせないだろう、僕の魔術もろくに通じる気がしない。
『バクビリード、品位に欠ける振る舞いは控えよ。 姫の御前であるぞ』
「いいのよ、謙られるのも肩が凝るから」
対照的にオルゲイユと呼ばれた竜は、細く流線的な肉体をしならせ、まるで泳ぐように空を飛んでいる。
風に踊る長い尾ひれや広げた羽に浮かぶ目玉模様は、視認するだけで軽い頭痛に苛まれる。 幻術の類か、長時間の視認は目を持っていかれる。
それにひらひらとした挙動はつかみどころがない。バクビリードよりは肉質も柔そうだが芯で捉えることが難しい相手だ。
「この怪物2体を僕一人で相手しなくちゃいけないのか、骨が折れるな」
「あら、私のこと忘れてる? 絶望的な追加情報だけど、あんたが相手しなきゃいけないのは3人よ」
「おっと失礼、3体だったか。 ところでこの砂漠の主はどこに行ったのかな」
「……その減らず口、やっぱりあいつじゃないのね。 本当喋れば喋るだけ腹が立つわ」
軽く世間話に花を咲かせているだけだというのに、少女の機嫌はどんどん悪くなるばかりだ。
どうも僕の姿に誰かを重ねている……いや、この肉体の持ち主と顔見知りなのか。
「ヴァルカの奴なら殺したわよ。 掟を破って人間どもにこの忌地を見せるなんて、馬鹿な奴」
「忌地ね……冥途の土産に聞かせてもらいたいが、この場所はいったい何なんだ? 相当古い建築物の割に見知らぬ技術が散らばっている。 これではまるで」
「黙れ、それ以上口を開くな」
少女が指を鳴らすと、オルゲイユが飛翔したまま弓なりに上体を逸らして胸を膨らませる。
竜が大きく息を吸い込んだ際、次に襲ってくるアクションは明白だ。
「おいおい、まだ何もわかってないんだから壊さないでくれよ。 まあ所詮ここにあるのは……」
『―――――グゴアアアアアアア!!!!』
オルゲイユの口から放たれたのは、見るからに体によろしくない紫色のガスを纏った吐息だ。
風圧だけでも人間を押し潰すには十分な威力だろうに、そのうえ毒なんて威力過剰にもほどがある。
天井の穴目いっぱいの横幅で放たれた吐息は逃げ場もない、通路へ避難したところでまた天井を破壊されて生き埋めになるのもごめんだ。
「……ガラクタばかり、なんだがな」
紫色の竜巻が部屋ごと僕の身体を飲み込む。 周囲に散らばる骨はたちまちに粉砕され、ガスに触れたところから黒く変色していった。
骨でこれなら人体が触れて健康にいいはずもない。 できるだけ吸わないように袖で口を覆いながら、掌に生成した空気弾で周りの暴風を弾き飛ばす。
「ふぅー……少し臭うな、さては虫歯か?」
『……姫よ、私は耄碌したのでしょうか』
「あんたに衰えはいっさいなかったわよ、オルゲイユ。 どうやらただの生意気なガキってわけじゃなさそうね」
「ガキでもないけどな。 しかし見上げてばかりで首が痛い、そろそろ僕もそちらに行こうか―――“荒れ狂う11番”」
詠唱とともに掌へ吹きかけたそよ風は、次第に螺旋を描いて木枯らしへと変わり、やがて巨大な竜巻を形作り部屋全体を飲み込んだ。
さすがに2体の竜を飲み込むほどの規模は作れないが、邪魔立てされずに地上へ戻るためには都合のいい防壁になってくれる。
「やあ、竜をこれほど間近で見るのも何度目かな。 嫌な記憶ばかり思い出してうんざりする」
「本当、生意気ねお前」
ざふり、と踏みしめる砂の感触。 肌が焼けそうなほど容赦のない日射。
地上に戻ってきた感動よりも砂漠の劣悪な環境に気が滅入りそうだ、お前に目の前には機嫌が悪い竜どもがこちらを睨んでいる。
「さて、交渉の余地がないのは重々理解したが勝手に喋らせてもらうぞ。 まずあの建物だがいつ建てられたんだ?」
「うるっさい!!」
こめかみに青筋を浮かべた少女が、突然爪を振りかざし襲い掛かる。
紙一重で首筋への攻撃は回避したが、鋭く伸びた爪が僕の頬に赤い切り傷を残していく。
「悪いがこちらも黙って殺されるだけでは納得できない、なぜ僕らを殺そうとする? 君たちの目的はなんだ? あの遺跡に何が残されているんだ?」
「口が減らないわね、聞きたいのはこっちの方よ! なぜその身体を持っている、お前はいったい何者だ! 一体何を知っている!?」
「名前はライカ・ガラクーチカ、この身体は1000年の刑期を超えて朽ちた肉体の代わりに与えられたものだ。 知っていることなど埃をかぶった歴史ぐらいだよ」
「ライカ……ガラクーチカ……?」
振り向き、さらに爪を振るおうとした少女の動きに動揺が走る。
彼女と面識はないはずだ、これほど特徴的な赤い髪を一度見たら忘れるはずがない。
しかし彼女の反応は僕の名前を知っているような素振りだ。
「お前……まさか、あの忌々しいユウリ・リンの教え子……か?」




