砂中の星、墜ちる星 ⑤
「ひえ……」
「君たちは下がってろ、僕の仕事だ」
私と星川さんがお互いの肩を抱き合って震えていると、師匠が一歩前に出て足元の頭蓋骨を調べようとしゃがむ。
だけどその手が骨に触れると、砂のように崩れて持ち上げることすらできなかった。
「駄目だな、相当劣化している。 念のため吸い込まないように気を付けろ、恨みつらみが重なって呪詛を纏っているかもしれない」
「そ、そういう事もあり得るんですか……」
「ら、ライカちゃんも気を付けてね!」
「自然発生した呪詛程度なら対処法も心得ている。 しかし足の踏み場もないのは困るな」
師匠の言う通り、フロア一杯に重なった骨は避けて歩くなんて難しいほど密になっている。
この上をザクザク踏みつけていくのは罪悪感がひどい、それこそバチが当たりそうだ。
「師匠、魔術でビューンと飛べませんか?」
「やってもいいが、僕にできるのは風の力で体を浮かせる力技だ。 真下に吹き付ける風で人骨は悲惨なことになるぞ」
「……やっぱりほかの方法を考えましょう」
「あっ、モモちゃんあそこ。 なんだかあそこだけ骨がない!」
星川さんが指を差した部屋の中央には、たしかにそこだけ穴が開いたように床が見えるスペースがある。
あの距離なら私がジャンプして届くかもしれない、もしくは……
「よしモモ君、あそこまで僕を投げろ。 君の腕力ならできるはずだ」
「えぇー……なんとなくそういう気はしてましたけど、危なくないですか?」
「なに、狙いがそれても大量の骨がクッションになる。 それに着地は魔術でどうにかするから気楽に投げろ」
「気を引き締めて投げさせてもらいます……!」
師匠を骨まみれにするわけにはいかない、代わりに跳ぼうかと思ったけど私が調べてわかることの方が少ないと思う。
見た目以上に軽い体を抱きあげて、勢いをつけるため左右に大きく揺らす。
この重量は本気で投げると部屋の中央どころか反対側の壁まで飛んでしまいそうだ、程よく加減しなければ。
「なんだかモモちゃんが小さい子をあやすお姉ちゃんみたい……」
「ははは、その先は慎重に言葉を選べよ」
「はいっ! 失礼しました!!」
「いいから行きますよ! はい、1・2の……3っ!!」
綺麗な放物線を描いて飛んで行った師匠の身体は、吸い込まれるように中央のスペースへと飛んでいく。
これなら誰かの遺体を破壊してしまう心配もない、力加減“は”完璧だ。
問題だったのは師匠の運動神経で、着地に失敗して派手にずっこけたのがこの距離からでもはっきりと見えた。
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「し、師匠ぉー!!」
「無地の……白!!」
「星川さん!? そんなこと言ってる場合じゃないですよ、大丈夫ですかー!?」
呼びかけても返事がない、師匠は起き上がりもせず突っ伏したままだ。
自分の顔からさっと血の気が引いていくのが分かる、もしかして打ち所が悪かったんだろうか?
どうしよう、今すぐ駆けつけて何か治療を。 でも頭を打っていたら下手に動かすのは危ないかも、こんなときにロッシュさんがいてくれたら……
「ど、どどどどうしましょう星川さ―――――……星川、さん?」
慌てて助けを求めようと伸ばした腕が空振る、さっきまで隣にいたはずの星川さんの姿がいつの間にか消えていた。
ずっと背後を警戒してくれていた大五郎もだ、こんな一本道で見通しが良いのにはぐれるなんてありえないのに。
「ほ、星川さーん! だいごろーう!! ど、どこに行ったの!?」
返事はない、しかも目を離した隙に師匠の姿まで消えている。
廊下の先からは真っ黒い闇が迫り、私の見える世界を狭めていく。
さらに部屋のガイコツたちはカタカタと震え、まるでみんなで私を笑っているみたいだ。
「な、なにこれ……た、助けてー!?」
『―――――ワンワン! ワンワンワンワン!!!』
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「zzz…………ふぇあ!? だ、大五郎!?」
『ワンワン!! わぉーん!!』
目を覚ました瞬間、私の顔を肉球で叩き続けていた大五郎がじゃれついてきた。
頭と背中が痛い、どういうわけか床に倒れてそのまま眠っていたみたいだ。 いったいどこまでが夢だったんだろう。
「う、うーん……やめてぇライカちゃん……そんな優しくされるのは解釈違いなのぉ……」
「星川さーん、起きてくださーい! 絶対なにかおかしいです、一度撤退しましょう!!」
私の隣でまだ悪夢にうなされている星川さんの身体を揺すって起こす。
2人一緒にこんなところで眠ってしまうなんてありえない、もしかしたら気づかない間にまた大昔の罠にはまっていたのかもしれない。
「やめてぇ、まだ今年の夏コミには……あ、あれ? モモちゃん……?」
「よかった、揺すれば起こせる! そうだ師匠は――――」
「―――――モモ君、伏せろ!!」
「ほ、ほぎゃあー!?」
爆風、そして粉々になったガイコツを全身で浴びてバチ当たりな味が口いっぱいに広がる。
どうやら師匠は私たちより先に目を覚ましていたらしい、だけどいったい何があったのか。
「ゲッホゲホゴホウェッホオホ!! め、目がァー!!?」
「……なんだ、そのまま寝ててくれたら殺しやすかったのに。 ゴーレム連れてるなんて運がいいわね」
砂煙の向こうから聞こえてきた声は、師匠ではなかった。
煙が晴れた先に浮かんでいたのは、真っ赤な髪の毛と目をした女の子だ。
腰まで伸びた髪の毛は舞い散る埃を全く寄せ付けず、真上から差し込む光を目いっぱいに浴びて火の粉のように輝いている。
そう、彼女の真上には地上までつながる大きな穴がぽっかりと空いていた。
「初めまして人間、私はテオ。 あんたらをこれから最っ低で最っ高な方法で殺してあげる厄災よ、覚えてから死になさい」




