はじめてのおつかい ③
「あらあらごめんなさい、まさか冒険者様だとは思わなくて……」
「気にしないでください、師匠の見た目がややこしいのが原因ですから」
「文句なら僕をこんな姿にした奴に言ってくれ、そしてこいつらを何とかしろ!」
「すげー白髪! ばあちゃんじゃん、ガキなのに!」
「ねーねーあっちでおままごとしよー、おひめさまやらせてあげるね」
「お前弱っちいなー! しょうがねーから子分にしてやるよ!!」
ミーティアさんに着いて来た子供たちにより、師匠はあっという間にもみくちゃにされていた。
同い年くらいの子供相手でも完全に力負けしている、本当に師匠って体力面はからっきしなんだなぁ。
「はいそこまで、師匠は身体が弱いんでここらで勘弁してねー」
「ゼェ……ハァ……! 運が良かったな、もう少しで僕の黄金の右が飛ぶところだったぞ……!」
「止めた方がいいです師匠、腕折れちゃいますよ」
「そこまで貧弱ではないからな!!」
子どもたちの中から引っ張り上げた師匠はすでに疲れ果てていた、肩で息をしている。
それに師匠が本気で怒るとパンチよりも魔術が飛び出すかもしれない、早めに回収した方が安全だ。
「あれ? 師匠、背中の本どうしたんです?」
「ああ、依頼とは別に君の分を写本してきたんだ。 後で読め」
師匠の背中には表紙に「かみさまのおはなし」と書かれた薄い本が紐で括られていた。
イラストは特にないけどタイトルからして子供向けの本だと思う、だけどなんで私に?
「渡来人である君はこの世界の事を何も知らないだろ、何でもいいから知識として吸収しておいて損はないぞ」
「わぁ、ありがとうございます! じゃあ皆に読み聞かせながら……」
「「「「わーい!!」」」」
「あとにしろ! まだ依頼が残ってるって言っただろ!!」
そうだった、初めて師匠からプレゼントをもらって浮かれてしまった。
時間は多分お昼丁度ぐらい、お昼ご飯を食べてから向かえば作業開始は13時ぐらいになるだろうか。
そう考えると何だかお腹が空いてきて、キュルルと腹の虫も鳴きだした。
「……はぁ、仕事の最中に倒れられても困るな。 昼食にしようか」
「ああ、それなら一緒に食べませんか? 簡単なものでよければお昼ご飯の用意ができているので」
まだ師匠に群がろうとする子供たちを抑えながら、ミーティアさんがそう提案した。
そういえば孤児院の中から良い匂いが漂って来る、たぶん私が草むしりしている間にみんなで調理を進めていたんだ。
「ミーティアさん、いいんですか?」
「ええ、ここまで根こそぎ草を毟ってくれた上に畑まで耕してくれたのですから。 こちらかも何かお返しをしなければ罰が当たってしまいますね~」
「それじゃお言葉に甘えて……いいですか、師匠? お昼ごはん代浮きますよ」
「まあ節約できるのはありがたいが、この短時間に随分と仲良くなったものだな」
「話せばみんないい人ですよ、師匠含めて!」
「そうか、一度目玉取り替えてこい」
――――――――…………
――――……
――…
「でも師匠、早かったですね。 二冊分書き写すならもっと時間かかりそうなものですけど」
「ああ、まともに書き写してたら日が暮れるからな。 魔術を使った」
孤児院で出された食事はふかした芋とパン、それと色の薄いスープだった。
スープには茹でた小麦粉の塊とクズ野菜が申し訳程度に浮いている、お世辞にも美味そうとは言い難い品ぞろえだ。
経営状況が芳しくないのだろう、モモ君も何かを察して口に運ぶ匙も遠慮気味だ。
「ほぇ、勝手に文字を書いてくれる魔術があるんですか?」
「まあ似たようなものだ、インクも液体ならば魔力を通して操れる」
ためしに匙に魔力を通し、掬ったスープを宙に並べ文字を作ってみせる。
これと同じことをインクで行い、本に張り付ければ複写本の完成だ。 2冊合わせて1時間もかからない。
「うおーすっげー、お前魔法使えるのか!」
「いーなー、私にも教えてー!」
「こらこら、駄目ですよ食事中に騒いじゃ。 ごめんなさい、お二人とも」
「はっはっはっ、せめて魔術と魔法の区別をつけてから教えを請え子供どもめ」
「師匠も大人げないこと言わないでください、精神年齢同じですよ」
「なんて事を言うんだ君は」
時にちょっかいをかけてくる子供たちを適当にあしらいながらも食事は進む。
とはいってもこの身体に入る量などたかが知れている、とスープを浸したパンを一つに小さめの芋を半分食べれば十分だ。
「え゛っ、師匠そんなので足りるんですか!?」
「あの、そこまで遠慮せずとも気にせず食べていただいて結構なので~……」
「いや、十分満足できる量だったが?」
モモ君だけならともかく、まさか他にも非難の声が上がるとは思わなかった。
しかし周りを見ても子供たちは自分以上の量を食い散らかしている、もしや僕の方が異常なのか?
「師匠、ちゃんとご飯食べないと背も伸びませんよ?」
「余計なお世話だ! 胃にこれ以上詰められないんだから仕方ないだろう!」
「あらあら、お二人はとても仲がいいんですね~」
今のやり取りを見て仲がいいだと、もしやこの女性は目が不自由なのだろうか。
「この後何がご予定が? 師匠さんは随分急いでいるようですが……」
「はい、まだ午後に依頼が残っているので! えーと、たしか西の通りにある屋敷の清掃ですね」
「ああ、もしかしてランドリーさんの屋敷でしょうか~? あの人魔導学に随分とご執心だったようなので」
「「魔導学?」」
ついモモ君とセリフが被ってしまった、しかしそれより気になるのは今の単語だ。
名前からして魔術・魔法に関連するものなのだろうが、とんと聞き覚えがない。
「ああ、モモさんは渡来人でしたね~。 詳しくは屋敷に到着すればわかるかと」
「なるほど、楽しみですね師匠!」
「意見が揃うのは非常に不愉快だが、気になるのは確かだな」
「なになに、おまえらお化け屋敷にいくのか!?」
「……お化け屋敷?」
僕らの話を横で聞いていた子どもが、飯を食べる手を止めて目を輝かせ始める。
するとミーティアという女性も「しまった」と気まずそうに口を押えてそっぽを向いた。
「ねえねえねえ、俺たちも連れてって連れてって連れてってー!!」
「あの屋敷って爺さんが死んでからお化けが出るんだって!」




