砂中の星、墜ちる星 ③
「むぅ……こいつは見事なゴーレムじゃな」
「おお、魔導の翁よ。 この浪漫が分かるか!」
凍ったクモロボットを観察してはアルニッタさんがうんうん唸り、王様が嬉しそうに頷く。
さっきからずっとこの調子だ、隣で核を取り出す作業を手伝っていたミンタークさんは完全に呆れてしまっている。
「おいアルニッタ、核を取ったならもうゴーレムに用はないだろう! さっさと先に進むぞ!」
「なにを言う、貴様にこの機能美が分からぬのか!? いいか、このゴーレムには主要な核のほかに関節部にサブとなる魔石が……」
「あー、なるほどぉ。 なんか関節部だけ膨らんでいるなと思ったらそういう事ですねぇ、いやーこれ作った人は相当変態ですよー」
「おお、眼鏡の嬢ちゃんは話が分かるな! それにこの背中にくっついた銃身なんじゃが……」
「あのぉー、そろそろ先に進まないとまずいと思うんですけども!」
星川さんたちの間に体を挟んで、なんとか3人をクモロボットから引き離す。
アルニッタさんと王様の話に星川さんまで混ざるともう収拾がつかない、ここで止めないとあと3時間は続くところだ。
師匠なんてもう見捨てて一人で先に進もうとしている。
「なんだ、放っておいてもいいんだぞモモ君。 生き埋めになりたいやつは好きにさせておけ」
「ふはは、優しいな純白の! だが一理ある言葉だ、未知のゴーレムも魅力的だが時には先に進まねばならないときもある!」
「む、むぅ……致し方ない。 この先はキョダイゴロウも通れんからのう」
こうしている間にも、天井からは時々鈍い揺れが伝わってくる。
一体地上の砂漠では何が起きているんだろうか、それを確かめるためにも師匠の言う通り、先に進まなくちゃいけない。
「……せんせ、歩くとまた倒れる」
「シュテル君、僕の体力を過小評価しすぎじゃないか? 僕を先生と仰ぐなら多少の敬意をだな……」
――――――――…………
――――……
――…
「モモくーん! 疲れた、負ぶってくれ!!」
「すごいです師匠、今回は10分持ちましたよ!」
「モモセ様、軽率に褒めすぎでは?」
今日は記念すべき日かもしれない、なんと師匠が浮かずに10分も一人で歩くことができた。
日々の腹筋(0回)や走り込み(50mでギブアップ)も決して無駄ではなかった、私は今日という日をきっと忘れない。
「ええい、どれだけ広いんだこの工房は! 小部屋も多くて嫌になる!」
「焦るな純白の、次はあの部屋に入ってみようではないか!」
「お前のせいで全然進まないんだよ、状況わかってるのか!!」
薄暗くて長い廊下を進んでは扉を見つけるたび、王様は意気揚々と飛び込んでは部屋の中を探り尽くしていく。
ほとんどは砂に埋もれていたりなにもない部屋なのですぐに出てくるけども、たまに何かを見つると足が止まってしまうので、師匠の怒りがとうとう爆発した。
「あー、私はちょっと気持ちわかりますねぇ。 ダンジョンマップは全部埋めなきゃ落ち着きませんから」
「でもなんなんですかね、この施設? さっきのクモロボットといい、ヴァルカさんは何を見せたかったんだろう……」
「まだわからぬ、しかしヒントはありそうだ。 これを見よ、ちっこいの」
「ん…………紙?」
王様がシュテルちゃんに渡したのは、茶色く変色した紙の束だ。
元々は一冊の本だったのか、今となっては文字が読めないほどボロボロになってしまっている。
「ほとんど風化しているな、つまりそれだけ年月が過ぎているということになる」
「それだけではない、これは“植物紙”だ。 この意味が分かるな?」
「えーっと……つまり普通の紙ということですね!」
「モモセ様、植物紙は渡来人が持ち込んだ技術なので……」
「量産が進んだのは近年か、時系列の辻褄が合わないな」
「……なるほどぉ?」
「モモちゃん、例えば紙がこれだけボロボロになるのに100年かかるとしてね? この世界で私たちの知る紙が流通したのは2~30年ぐらい前なの」
「あー、なるほど! すごく早くボロボロになったんですかね?」
「ふはははは! そうか、その可能性もあるな! 面白いぞ桃髪の!」
「この施設には現代と変わりない品質の紙を作る技術があったと、そう言いたいんだろ」
察しが悪い私を見かねてか、背中に負ぶった師匠が助け舟を出してくれた。
たしかにすごく早くボロボロになるよりも、そちらの方がありえる……ありえる? ありえるかも……
「いやいやいや、つまりここってとてもハイテクな建物ってことですか?」
「君も入り口で多脚型のゴーレムを見ただろ。 人の形から外れるほどゴーレムの駆動難易度は上がる、それを壊れかけとはいえ、今の今まで自立駆動させるなんて現代の魔導技術では不可能だ」
「つ、つまり……」
「僕にもわからない、だが火竜が見せたかったものはなんとなく理解できた。 さきほどは紙の風化に100年かかると仮定したが、ゴーレムなら何年かかる?」
「ふむ、ざっと見た限りじゃが相当丈夫な造りをしていた。 100や200なら十分耐えうるぞ」
「あれほど自壊が進んでいたならもっと古いな、500年……あるいは1000年近くまで遡るかもしれない」
「1000年……師匠、それってまさか!」
「ああ、そういうことだモモ君。 この建物は僕が知らない、“1000年の空白”を埋める答えが眠っている可能性がある」




