亜竜の主 ②
「う、うーん……はっ!? 夢にまで見た推しの幼女が目前に!!」
「おお、目覚めたかホシカワよ! いやはや、無事で何よりである!!」
「ミ゜ッ 。 顔が良い」
「星川さーん! 気絶しないで戻ってきてくださーい!」
「もう放っておいていいだろそいつは」
「はっ! 今度こそ幻聴じゃないライカちゃんの声!! おはようございまぁす!!!」
「見ろ、君が起こすから面倒なのが目を覚ましたぞ」
火事騒ぎからしばらくして、私たちは王様を連れてひとまず落ち着ける場所まで移動していた。
とはいってもこの人数がこっそり集まれる場所なんて限られているから、巨大五郎の中に集まっているだけではある。
「え、え、え? ライカちゃんに王様に……モモちゃん、これどういう状況?」
「星川さん、後で説明するので今はちょっとシュテルちゃんと一緒に遊んでいてください……」
「わあい役得、この命に代えても使命を全ういたす」
「………………」
すごく嫌な顔をするシュテルちゃんには申し訳ないけど、星川さんはすごく上機嫌だ。
これで私も大事な話に集中できる。 もっと正確に言うと、今にも喧嘩が始まりそうなこの空気をなだめることに。
「して王様よ、本当なのか? お主のラプトルが盗まれたというのは」
「うむ、ここのところ個体数が減っていたのはたしかだ。 もとより日ごろはこの都市と砂漠を好きに走らせている、ゆえに多少の増減はあるものと見過ごしていた」
「そ、それって危なくないんですか?」
「ラプトルは人を襲わぬ、余がそう命じた。 無論いたずらに手を出し、彼奴らの怒りを買った場合は知らぬが」
「しかし王よ、アルニッタの工房でラプトルの怒りを買ったとは考えにくい。 誰かが人為的に輸送し、嗾けなければ不可能だ」
「で、あろうな。 故に何者かが余のラプトルを簒奪したと考えている」
「ラプトルを……サンダー?」
「簒奪、奪われたということだ。 そもそもなぜおまえがラプトルを従えられるんだ?」
「これも我が友ヴァルカとの盟約である。 竜は亜竜を従えることができる、その権限の一部を余が手に入れたのだ」
「なるほど、“権限の一部”ということはそのヴァルカという竜もラプトルを使役できるんだな?」
「ちょ、ちょっと待ってください師匠! それじゃまるで……」
ここまで情報を整理してもらえれば、私でも師匠の言いたいことは分かる。
ミニ恐竜たちに工房を襲わせた犯人が王様じゃないなら、残る犯人は一人しかいない。
「ヴァルカではない、余が保証する」
「だが今日を含めて5件の放火事件はなんだ? あの炎は竜の息吹に起因する特殊なものだ、多少の水では消える気配すらなかった」
「で、でも師匠! ヴァルカさんに工房を襲う理由はないはずです!」
「竜の思考を人の尺度で考えるな、君もクラクストンを見ただろう。 あれは相互理解など不可能だ」
「だけどヴァルカさんとは話ができました、それにいい人です!」
「君なぁ……」
「ふははははは!! そうかそうか、そなたは竜を“良い人”と称するのか! 面白い!!」
話の流れを遮って、突然王様が高笑いし始めた。
「では行くぞ、ゴーレムを動かせ! 変形するのだろう、疾く見せよ!」
「行くって……どこへ?」
「無論、余の友が待つ砂漠へ。 疑問があるのならば当人に聞くしかあるまい、お供せよ桃髪の竜姫よ!」
「モモ君、そういえばさきほどから君は砂漠の竜と出会ったかのように話していたが、まさか?」
「ああ、そういえば師匠には話していませんでしたね。 じつは……」
――――――――…………
――――……
――…
「まったく、君という人間は毎度のことながら僕の期待を下回っていくな……」
「いやあそれほどでも!」
「モモセ様、褒められておりませんぞ」
ヴァルカさんの住まいまで巨大五郎が走る間、師匠にこれまでの旅路についておおまかに話すと、頭が痛いのか額を押さえて黙り込んでしまった。
風邪だろうか? リゲルからレグルスにきて急な寒暖差で体調を崩してしまったのかもしれない。
「シュテル君。 もし君が将来薬草学に興味を持ったらぜひ作ってくれ、バカにつける薬を」
「せんせが言うなら……頑張るっ」
「シュテルちゃん、苦いのはいやなのでできれば甘い薬にしてください」
「ツッコまんぞ。 それで、ヴァルカとやらの巣はこっちで合っているのか?」
「はい、あっちにめっちゃ熱い場所があったのでめっちゃ熱いんですよ!」
「悪いがもう少し知性を上げて話してくれ。 僕には魔力のかけらも感じ取れないが、竜同士の共感覚みたいなものか?」
「ははは! ヴァルカは身隠しの天才だ、本気で砂塵に紛れられると余でも姿が掴めん! ゆえに最近は会いたくとも会えず苦労していたところである!」
「嫌われているじゃないか。 どうやら君の感覚だけが頼りだぞ、モモ君」
「任せてください!」
昨日の出会いとは違い、今度は近づくほどにはっきりとヴァルカさんの存在が肌で感じ取れる。
目を閉じていたって方向を間違える気がしない、このまま直進し続ければもうすぐ到着するはずだ。
「あっ、そういえばめっちゃ熱いので師匠は気を付けてくださいね。 体力ないとすぐバテちゃいますよ」
「君は僕のことをなんだと思っているんだ、たかだか気温が数度上がったところで音を上げるような人間に見えるのか?」
「はい!!」
「即答か、良い度胸だ表出ろ」
「せんせ……たぶん、先輩弟子の言い分が正しい……」
「はぁい、それじゃこんなもの用意してみたのでちょっと着てみてくださぁい」
「むっ、なんだこれは?」
ぷりぷり怒る師匠の後ろから星川さんが被せたのは、日よけフード付きのマントだ。
なぜか猫耳がついたそのマントは、師匠の背丈に恐ろしいほどぴったりで良く似合っている。
「可愛いー! 星川さん、これは!?」
「あはは、即席で作った遮熱マントぉ。 内部の気温を一定で保ってくれるように作ったから」
「……これを、即席で? すごいな、この耳は何か機能が?」
「趣味です」
「やっぱ捨ててしまおうか」
「まあまあまあ! せっかくなのでお借りしましょうよ、それにもうすぐ着いちゃいますよ!」
ヴァルカさんの気配が近づくにつれ、車内の温度もだんだんと上がってきた。
それでも私やシュテルちゃんの額にじんわり汗が浮かぶ中、師匠は涼しい顔をしているのだからマントの効果は本物だ。
「うむ、ここまで近づけば余でもわかる。 では、久しい再会といこうか友よ!」
―――――ああ、来てしまったのだな。 我が盟友よ。
やがて目的地まであと100mそこそこというところで、嬉しそうで悲しそうなヴァルカさんの声が頭の中に響いてきた。




