亜竜の主 ①
『わんわんおーん!』
「大五郎! よかったぁ、元気だったんだ!」
「なんだ、僕が雑にゴーレムを扱うとでも思っていたのか?」
もう一度(必要以上に)天井を壊して飛び出した師匠の後を追うと、屋根の上でお座りしていた大五郎が飛び掛かってきた。
師匠が無茶な仕事をさせていないか心配だったけどリゲルを出た時からなにも変わっていない、むしろどことなく綺麗になったくらいだ。
「ほう、良い油を差してもらってるようじゃな」
「おい製作者、こいつ一度高いもの与えると味を占めるぞ。 どうにかならないのか?」
「ガハハ、そりゃ躾けが大変じゃな! ……して、あの王様はどこにいった?」
豪快に笑うアルニッタさんの顔が一瞬で険しくなり、消えてしまった王様の姿を探し出す。
ラプトルをけしかけたのがあの王様なら、アルニッタさんにとっては仲間の仇みたいなものだ。 気持ちは分かる。
「焦らなくてもいい、あの阿呆の居場所ならすぐにわかる。 あの愚王の魔力ならすでに覚えた」
「しかしライカ様、この広い土地で人ひとりの魔力を探すなど……」
「大丈夫だ、この都市で騒ぎが起きればそこがやつの居場所になる」
「騒ぎといっても、ここから聞こえるますかね?」
「音は聞こえずとも魔力のうねりは捉えられる。 ……言ってるそばから見つかった、あそこだな」
私にはちっとも感じ取れない感覚で、師匠が何かを見つけたらしい。
私たちが入ってきた門とは逆の方角を見つめ、大五郎の背に飛び乗って今にも跳び出そうとしている。
「ラプトルについて知りたいならついてきた方が良い、答えはあの王が握っている」
「師匠、星川さんはどうしたら!?」
「放っておけ、もしくは君が担ぐしかないぞ。 僕はできるだけ関わりたくない」
「おいミンターク、ワシを担いで飛べるか?」
「無理を言うなアルニッタァ! 自分だけでも制御に手いっぱいだぞ!」
「一人ぐらいなら僕が飛ばせる、壁に衝突しても文句は言うなよ」
――――――――…………
――――……
――…
「誰か! 誰か手伝ってくれ、人手が足りない!!」
「くそっ、水ならこんなにあるのにどうして消えないんだ!!」
「か、火事です師匠!」
「ああ、見ればわかる」
師匠の後を追いかけて目的地に到着すると、水路に沿って立ち並ぶ住宅の一つからすごい火の手が上がっていた。
周りの人たちが水路から水を汲み上げてバケツリレーを繰り返しているけど、火の手は全く収まる気配がない。 火の勢いが強すぎるんだ。
「なんじゃ、レグルスには消火設備もないのか!? ええい、水はあるんだからポンプとホースさえ仕立てれば……」
「待て待て、僕らが手を出すと邪魔になる。 あれを見ろ」
「―――――はーっはっはっは! 待たせたな、余の民たちよ!!」
火事でパニックを起こしている人たちを超える声量で、王様の笑い声が響き渡った。
自然とみんなが声の聞こえた方を見上げる。 そこには建物をすっぽりと飲み込む大きさの水球と、それを片手で支える王様が宙に浮かんでいた。
「許せ、十分な水量を集めるだけの時間がかかった! 疾く離れよ、飛沫を浴びるぞ!」
「お、王よ! いけません、まだ中に私の子どもが取り残されております!」
「むっ、危うくまるごと沈めるところであったな。 しかし安心するがいい!」
王様は振り下ろしかけた水球をもう一度持ち上げなおすと、空いた片手を使って指笛を鳴らす。
するとその独特な音色に呼ばれたのか、民家の隙間や水路の中から見覚えのある無数のトカゲが現れた。
「あっ、あれってミニ恐竜じゃないですか!?」
「そうだよ、あれは愚王が指揮を執っているらしい。 これがどういう意味か分かるか?」
「……ワシの工房を襲ったのも、王の指示だと?」
「その可能性が高いと考えて僕はこの都市までやってきた、死者の遺言とラプトルに残ったわずかな魔力の痕跡を辿ってな。 実際に顔を合わせてみれば案の定、魔力の気配は合致した」
師匠とアルニッタさんが話し込んでいる間にも、ミニ恐竜たちは息ピッタリのコンビネーションで燃え盛る住居に突撃していく。
堅い鱗のおかげで元々熱に強いのか、ミニ恐竜たちにおびえる様子はない。
そのまましばらく固唾を飲んで見守っていると、男の子の襟首を咥えたミニ恐竜が窓を突き破って出てきた。
「わあ、やったやった! 助かりましたよ師匠!」
「あーはいはいそうだな、わかったから僕を揺するな君の力で振り回されると首が折れる」
「ラプトルよ、よくやった! 取り残されたものは他に居らぬな!?」
「ああ……ああぁ! ありがとうございます王よ、私の子どもはこの子一人だけです!!」
「では疾く離れよ、余は微細な調整が苦手であるからな!」
今度こそ王様は腕を振り下ろすと、ゆっくりと下降する水球が燃える建物をとっぷりと飲み込んだ。
水に沈んでも火災はしばらく燃えていたけど、その勢いも次第に収まってやがて完全に鎮火する。
その途端、役目を終えた水球はシャボン玉のようにはじけてあたり一面に水しぶきをまき散らした。
「……後始末ぐらいもっと大人しく済ませられないのか、全身ずぶぬれだ」
「ま、まあこの気温と天気ならすぐに乾きますって。 それより師匠、王様に話を聞かないと!」
「うむ、余もまだ積もる話は数え切れぬほどあるのだ!」
「ウワーッ! 急に目の前に!!」
さっきまで火災現場の真上に浮いていた王様が、いつの間にか私の目の前まで瞬間移動していた。
これもお城で見せた固有魔術というものなのだろうか、全然仕組みがわからない。
「それで純白の、余の魔術はいかがであったか?」
「馬鹿げた魔力量と出力には目を見張るものがあるが、制御と調整については課題だらけだな。 大雑把すぎる」
「ははは、手厳しいな! では……あの火災についてはどう考える?」
「そこのバカピンクと同じものを感じた」
「へっ?」
師匠が迷わず私を指さすものだから、つい変な声が出てしまった。
私と同じようななにかを感じる火事……ということはつまり
「あの炎は竜の息吹によるものだ、火事は今回が初めてか?」
「いや、これで5度目である。 そもそもこの街では燃えるような建材をそれほど使っておらぬ」
「人為的な臭いがプンプンするな、そしてもう一つ……」
「うむ。 おそらく放火の犯人は余のラプトルをかすめ取り、リゲルへ放ったものと同一であろう」




