欲深き獅子王 ⑤
「し、し、し……師匠ぉー!!」
「寄るな近づくな抱き着くな暑苦しい、砂漠を超えるまで何日かかっているんだ君は。 おかげでいらん苦労をした」
「わー、この可愛いのに可愛くないの! 絶対師匠だー!!」
抱きつこうと伸ばした腕は、魔術で作られた見えない空気の壁に邪魔される。
だけどこのそっけない対応すらも懐かしい、触れ合えなくてもはっきりとわかる。 間違いなく本物の師匠だ。
「おお、ようやく姿を現したか純白の! して、心構えはできたか?」
「黙れ愚王、貴様に渡す身柄など髪の毛一片たりともない。 女児の尻を追いかけるよりやるべきことがあるのではないか?」
「ははは、手厳しいな! だが女児の尻を追いかけるというのは心外だ、お前だからこそ余は執心なのだが」
「せんせ……ここで、殺る?」
「おちつけシュテル君。 いやなんでシュテル君がいるんだ、どうしてこんな大所帯を連れてきたモモ君」
「それはいろいろありまして……って、師匠はどうしてここに?」
「バカデカいゴーレムがやってきたと聞いてな、どうせ君がまたバカやってると思って探ってみれば案の定だ。 いい目印にはなったが、この悪趣味な王城に乗り込むのはやりすぎだ」
「余の趣味は悪くないぞ!」
王様が怒る。 怒ってはいるけど、その矛先はなんだかおかしい。
たった今天井をシャンデリアごと家を破壊されのに、自分のセンスをけなされたことに怒っている。
……そういえば、あれだけキラッキラのデッカいシャンデリアが壊されたのに、私たちは破片一つ浴びていない。
「趣味が悪いにもほどがあるだろ、自分の住処をまるごと魔力で覆うなんてな。 自分の胃袋に客を招いているようなものだ」
「心外であるな、余の城に訪れた客人への気遣いである。 このような不慮の事故にあってほしくはないのでな」
王様が人差し指を振るうと、崩れた天井やガラスの破片がひとりでに浮き上がり、動画の逆再生みたいにみるみる元の形へ戻っていく。
そしてすべての破片がぴったりとくっつくと、天井は傷も穴もない元の形を取り戻した。
「うわぁ……師匠、これも魔術なんですか?」
「信じられないことだが、自分の魔術でこの城を創り上げているんだ。 だから砕けようが崩れようが魔力を込めればすぐに直せる」
「そ、そのようなことが……いや理論上は可能ですが……ふ、不可能だ……!」
治ったばかりの天井を見上げて、ミンタークさんが口をパクパク動かす。
その反応と、苦虫を噛み潰したような師匠の顔を見ればとてもすごいことだというのはなんとなく理解できた。
「さて、これで派手な登場については気にする必要がないぞ純白の! あらためて聞くが12番目の妻となる気はないか?」
「くたばれ」
師匠が放ったサッカーボール大の火球が、王様の顔面に直撃した。
遠慮も容赦も迷いもない不意打ちに、私の頭の中に「王様、白昼堂々暗殺か!」の見出しが浮かんだ。
「し、師匠ぉー!?」
「――――はーっはっはっは! いい攻撃だ、余も今のはちょっとヒヤッとしたぞ!」
「い、生きてるー!?」
「爆破の寸前に水膜で防御したんだよ、あんなお遊びで死ぬならとっくに僕が殺している。 君もあれぐらい見切れるぐらいになれ」
「うむうむ、何度見ても惚れ惚れとする魔術の腕だ。 やはりそなたが欲しい!」
「僕は僕だ、誰のものになるつもりもない。 あんなふざけた手配書まで作ってもらって悪いがすべて焼き捨ててくれ」
「それはできない、あの肖像画はレグルスでもっとも腕が立つ絵師に書かせたものだからな!」
「なら今すぐこの城ごと焼き払ってやろうか?」
「はっはっは、それは困るな! いや、そなたなら冗談ではなく実行できてしまうから本当に困る!」
世間話を交わしながらも、息を吞む魔術の攻防は止まらない。
ノヴァさんや私に稽古をつけた時よりも一段階上の速度で打ち込まれる魔術を、王様はすべて紙一重で防ぐ。
私からすると急に空間が爆発しているようにしか見えない、もはやどうやって察知して防御しているのかさっぱりだ。
そのうえ、王様もたまに攻撃の隙をついて床や壁の一部を槍のように伸ばして反撃してくる。
だけど師匠もそのすべてを一歩も動かずやり過ごしているから負けてない、勝負は完全に互角だ。
互角だからこそ、もしもどちらかが防御に失敗したら一気に状況が傾いてしまう。
「待った待った、師匠タンマです! 王様もストップ、それ以上はいけない!」
「止めるなモモ君、どうせこの男は燃やしたぐらいでは死なない。 だがここで力の差を見せつけねば永遠に嘗められるんだぞ」
「慢心などせぬさ、そなたは強い。 ゆえに余のレグルスに迎え入れたいと心より願っている!」
「ほら見ろナチュラルに上から人を見下しているんだ、これだから王というのは嫌いなんだ!」
「はいはいヒートアップしない! 師匠はちょっと深呼吸して、どうしてそんなに王様に突っかかるんですか?」
「だがなモモ君、リゲルの工房にラプトルをけしかけたのはこの男だぞ」
「…………えっ?」
「な、なんじゃと!?」
師匠の爆弾発言に、今まで距離を置いて静観していたアルニッタさんが声を上げた。
「ふむ、その件については少々語弊が……む? 純白の、申し訳ないが少し急用が入った」
「ま、待て! 王よ、貴様はワシの工房に何をした!? 話によってはこの命に代えてもただでは済まさぬぞ!!」
「そなたは……工房の主か、すまぬことをした。 だが今は急を要するのでな、あとでまた会おう」
王様が指を鳴らすと、その姿が一瞬で消えてしまった。
代わりにチャリンと音を立てて1枚の金貨がその場に落ちる。 周りを見渡しても王様の姿はどこにもない。
「……詠唱もなしに固有魔術か。 いや、すでに発動していたのか? どのみち規格外だな」
「し、師匠? あの王様が工房を襲った犯人なんですか!?」
「少なくとも僕はそう考えている、真相が知りたいならここで待つより彼の後を追うぞ。 どうせこの都市のどこかにいるはずだ」
「ま、待ってくだされライカ様! 我々はもう色々と混乱して、説明が……」
「説明なら現物を見てもらった方が早い。 モモ君、そこの変質者を抱えてついてこい」
「変質者……? あっ」
そういえば、師匠が現れてからもっとも喜びそうな人が一切声を上げていなかった気がする。
私の隣を見てみると、喜びのあまりテンションが降り切れて気絶した星川さんが横たわっていた。




