オアシスを目指して ⑤
「ど、ど、ど……ドラゴンさん!」
―――――いかにも、吾輩は純竜種である。
大穴からメラメラ沸き立つ陽炎と一緒に顔を出したのは、首だけで巨大五郎の身長に並ぶ大きな竜だった。
見た目は何というか昔図鑑で見たことがある「首長竜」に似た感じだけど、穴に隠れた首から下はどうなっているのかわからない。
なぜなら大穴からはすごい熱気があふれ出し、これ以上近づくことができないからだ。
「じ、嬢ちゃん……どういうことじゃこれは……」
「 ヴ ぁ 」
「えーと……って、シュテルちゃんがまた溶けてる!」
――――小さき子、吾輩から離れよ。 その身体では堪えるだろう。
「そ、そうさせてもらいまーす! アルニッタさん、バックお願いします!」
「お、おう!」
なんとか耐えられる距離まで下がると、クーラーも復活して巨大五郎内の気温も戻ってくる。
そもそも考えてみれば直接テレパシーで会話していたんだ、無理に近づく必要はなかった。
――――小さき子、竜の気配を持つ娘。 よくぞ来てくれた、まずは感謝を。
「ど、どうも……それでその、ヴァルカさんって呼べばいいんですかね?」
「モモセ様、まさか竜と対話ができるのですか!」
「なんかできちゃいます! 皆さんには聞こえないんですよね?」
――――竜同士、波長の合うものにしかこの声は拾えない。 故に、なぜ小さき子が拾えたのか謎なのだが。
「いやあそれにはいろいろと事情がありまして……」
じつはクラクストンというドラゴンさんが死んだときに出てきた竜玉を飲み込んじゃいました、なんて言い出しにくいし信じてもらえるかどうか。
だけど原因があるならこの竜玉しか考えられない、私でもそれぐらいのことは分かる。
「まあ私のことはいったん置いといて、なんでヴァルカさんは私たちをここに?」
――――ああ、そうだ。 見ての通り、吾輩はもう年老いていてね。
「見ての通り」
あらためて穴から跳び抱出たヴァルカさんの顔を観察するけど、私じゃ竜の年齢は分からない。
言われてみれば重なった黒い鱗がほうれい線にも見える気がする、それでも頭に響く声以外は全然お年寄りって感じがしない。
「嬢ちゃん、さっきからなんて言っとるんじゃ? ワシらはもう生きた心地がせんわ」
「ヴァルカさん、じつはお年寄りらしいです!」
「ええい結論から話さんでくれ、それに見れば何となくわかるわい」
「分かるんだ……」
――――ああ、なるほど。 小さき子、君は渡来人か。
「はい、渡来人です! 帰り方探してます!」
――――ならば、吾輩の願いを聞いてくれるなら一つ良いことを教えよう。 聞いてくれるか?
「良いですよ、困ったときはお互い様です!」
――――ああ、小さき子。 君の魂はまっすぐなのだな。
「はい?」
胸を叩いて二つ返事でOKすると、不思議とヴァルカさんが眉をひそめるのが分かった。
人間でも竜でも表情の変化というのはなんとなく理解できるらしい、でもなんでしかめっ面になったんだろう。
――――小さき子、吾輩はもうじき天命を迎える。 この枯れた砂漠にも恵みが戻るだろう。
「テンメイ……天命? し、死んじゃうってことですか?」
――――そうとも。 だがその前に盟約を果たす必要がある、どうかあのレグルスの王と会わせてほしいのだ。
――――――――…………
――――……
――…
「しっかし竜の寿命に立ち会うとはのう、長生きはしているもんじゃな」
「わ、私は寿命が縮みましたぞモモセ様……!」
「でもヴァルカさんは悪い人(?)じゃないですよ、なんとか叶えたいです」
ヴァルカさんのお願いを聞いてから数時間後、予定のルートに戻った巨大五郎はどこまでも続く砂漠を走っていた。
たまに車輪が砂にはまったときはロボット形態に変形したり、ときどき休憩しながら走り続ければすでに外は夕方だ。
大穴に寄り道した分だけ遅くなってしまった、たぶん到着するころにはあの太陽も山の向こうに沈みきってしまう。
「あれ、そういえばこっちの世界でも太陽って呼ぶのかな?」
「おーい、嬢ちゃん。 レグルスが見えてきたぞ、そろそろ中に入っとれ」
「あっ、はーい!」
顔を出していたハッチを閉め、自分の席に戻ってちゃんとシートベルトを締めなおす。
日が沈んできたおかげで車内の温度もだんだん下がってきた、むしろこのままだと夜は寒いくらいだ。
昔、砂漠の夜は一桁まで気温が下がるとサバイバル番組で見たことがある。 師匠は大丈夫だろうか、こんなに気温差がすごいと風邪を引いてないか心配になる。
「うむ、このまままっすぐ行けば正門か。 ミンターク、そっちの書類を取ってくれ」
「おうとも、さすがに巨大五郎のサイズだと入門手続きも雑多だな。 これで良いのか?」
「それじゃそれじゃ、ほんんじゃちょいと行ってくるわい」
「はい、お気をつけてー」
大きな都市ということもあり、入るためのチェックはリゲルやアルデバランより厳しい。
メンバーの代表としてアルニッタさんがハッチを開けると、風に乗って水の匂いが漂ってきた。
「砂漠の水上都市かー、どんな景色なんだろう。 ワクワクしちゃいますね」
「先輩弟子……今ならハッチから、外見える……」
「いやいや、こういうのは後の楽しみに取っておくんですよ。 それにあんまり浮かれるとヴァルカさんとの約束がすっぽ抜けそうで……」
「おーい! 嬢ちゃん、ちょっと出てきてくれ!」
「あれ、もう手続き終わったんですか?」
ハッチ越しに呼ばれて顔を出すと、すぐ目の前に血相を変えたアルニッタさんが立っていた。
書類の束は教科書ほどの厚みがあったので、まさかこんな数分で終わるとは。
「まだ終わっとらん、けどこれを見てくれ。 大変じゃぞ!」
「なんですかこれ? ……あっ、師匠だ」
受け取った紙は師匠の似顔絵が書かれた選挙ポスターのようなものだった。
いつもの2割増しで目つきが悪い師匠の下には、この世界でお金を示す記号と0がいっぱい並んだ数字が目立つ大きさで書き込まれている。
なんだろう、こういうポスターをどこかで見たことあるような。
「どこで売ってたんですかこれ? 私も一枚ほしいです」
「頼めばそこの検問でもらえるわい。 嬢ちゃん、お前さんの師匠じゃが指名手配されとるぞ」
「…………はい?」
「そいつは手配書じゃよ、額にして5000万かけられておる。 いったいこの都市で何をやらかした?」




